第二十一話 みすとるてぃん
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エルフの里で狼人族がともに暮らし始めてから一月ほどが経過した。
最初は居候のような居心地の悪さを感じていた彼らも、この一月の間にそれぞれの役割を見つけて、徐々に里での暮らしにも馴染んできたようだ。
狼人族は森で暮らしていた戦闘民族というだけはあり、まだ幼い幼児を除いて、女子供であっても狩りの腕前は相当なもののようである。
なので多くは狩りにて里への食肉供給に貢献したり、魔物の牙や骨、皮などを加工して武器や防具を作ったり、あるいはウォルナットやローレルたちのように里の警備をしたりと、それぞれで出来る事をしている。
加えて、タイラントベアーから助けられた時のことが余程印象に残っていたのか、あるいは回復魔法を込めた林檎を与えたのが良かったのか、なにやら俺は妙に狼人族から感謝されているようで、毎日のように貢ぎ物が捧げられるようになっていた。
まあ、貢ぎ物といっても狩りをして得た獲物の捨てる部位がほとんどだ。
加工には適さないくらいの皮や、食べられない内臓の部位、強度的に武器にはできない骨や軟骨、あとは血抜きした血など。
それだけなら体の良いごみ処理に使われているのかと邪推するところだが、それらと一緒に低級な物とはいえ、毎日魔石まで持って来るのだから、やはり貢ぎ物と言っても良いだろう。
そんな彼らに、俺はエルフたちと同じように果物を作ってあげたりしたのだが、ある日、ヴォルフという名の狼人族の戦士が、興味を示した物がある。
彼らはもともと肉食で、俺の果物は確かに美味しそうに食べるのだが、嗜好に関しては肉に軍配が上がる感じであったのだ。
だが、そんな彼らの興味は俺の作ったある物に向けられる。
それは果物ではないが、確かに俺が作った物であった。
何かと言えば、木剣だ。
より正確に言えば、セフィが毎日の鍛練で使う、子供用の短い木剣。
最初はその辺で拾った「なんか良い感じの長さの棒」を振るっていたセフィに、ふと「木製なら俺でも木剣くらい作れるんじゃね?」と思いついた俺が、実際に作ってみた代物であった。
どうやって作るのか。
簡単だ。
『種子生成』と「植物魔法」そして『変異』と『憑依』を使うのである。
……まあ、俺にとっては簡単だが、たぶん他の者には難しい方法かもしれない。
要するに、これは木剣の形をしたゴーレムであるのだ。
まずは『種子生成』で生み出した果物に「グロウプラント」の魔法をかけて発芽させる。その後も時間をかけて枯らさないように注意しつつ、「グロウプラント」で成長させていく。
生まれるのはマナトレントだ。
成長を早めるとはいっても、成木ほどに大きくは育てない。ある程度育って木剣に十分なくらい幹が太くなったところで、マナトレントに『憑依』して『変異』スキルを行使する(『変異』はマナトレントならば生来備わっているスキルらしい)。
大きく成長するよりも、より硬く頑丈になるように成長の方向を『変異』させ、さらに数日経過したところで、いよいよ「クリエイトプラントゴーレム」の魔法でゴーレム化する。
葉も、枝も、根も、樹皮もない一本の木剣になるように想像しながら魔法を行使する。
自分では動くことも攻撃することもできないが、その代わりに頑丈さだけはとびっきりで、おまけに『エナジードレイン』のスキルがあるから、真っ二つに折れても時間をかければ再生するし、何なら魔力を流してやったり栄養たっぷりな水に浸けたり地面に突き刺すだけでも再生を早めることができるだろう。
そしてこいつ、ゴー君たち同様、レベルが上がるのだ。
おそらく進化もするであろう。
あと、接触時間が短く接触面積が狭いために効率が悪いが、『エナジードレイン』で生命力や魔力を吸収することもできる。
ステータス上は俺が生み出したマナトレントなので、『憑依』することも可能だ。
そして『憑依』した時ならば、『変異』スキルを用いてウッドゴーレム――要するにゴー君たちのように動けるようにも成れるだろう。
俺はこの木剣を、密かにセフィの護衛役とするつもりで、セフィに贈ったのである。
「ふおおーっ!!」
セフィは目を輝かせて喜んでくれた。
そりゃもう嬉しそうだった。なにやら心の琴線に触れるものがあったのだろう。
木剣を高々と掲げたセフィは、きりりっと真剣な顔をして叫んだ。
「セフィは、でんせつのけんをてにいれた!!」
剣というよりは棍棒にも近い打撃武器であるのが本質だろう。
だが、せっかく喜んでいるのだ。水を差すこともあるまいと思った。
『ほう、伝説の剣か。なんて名前?』
ゴー君ブレイドとか、どうだろう。
セフィがどう名付けるのかと聞いてみると、しかしセフィは考える素振りもみせずに即答した。
「みすとるてぃん!!」
『ミストルティンッ!? なんか強そう!』
とても適当に名付けたとは思えない。
由来を聞いてみれば、
「んとねー、みすとるてぃんはねー」
と、辿々しくも教えてくれた。
何でもエルフに伝わる神話で、かつて神を殺した武器の名前がミストルティンであるらしい。天然素材100パーセントの植物製の武器であったらしく、本来は槍のような形をしていたらしいが、正確なところは不明であるという。
セフィにあげたそれが神殺しの武器になるかは分からないが、植物製であるというところは共通しているな。
――とまあ、このような経緯で生まれた木剣ミストルティン。
それを見たヴォルフ君は、大層驚いたのだそうな。
戦士として様々な武器に触れてきたヴォルフである。それが良い武器であるのか、そうでないのかは、見るだけでわかるという。
そんな彼の言葉によれば、頑丈で再生能力があり、攻撃することで吸生吸魔の効果があり、何より使用し続けることで成長し進化していく武器というのは、たとえそれが木剣であっても、かなり凄い武器であるらしい。
いやまあ、改めて他人から聞かせられると、我ながらふざけた性能だとは思うが。
とはいえ、木剣だよ? と聞き返したところ、
「木剣とはいえ使いようですし、その殺傷力が決して低いわけではないのは、守護者様を見ていれば分かります」
という返答が。
たしかヴォルフは、ゴー君1号がタイラントベアーの頭を木っ端微塵に吹き飛ばしたところを見ているのだったな。それも木剣で。
そういうことであれば、まあ、彼が「ミストルティン」を強力な武器であると考えるのも、理解できなくはない。
「精霊様、あの木剣、他に作ることはできないのでしょうか?」
何やら真剣な顔でヴォルフが訪ねて来たのは、広場でチャンバラごっこに興じるセフィを本体であるマナトレントから眺めている時の事だった。
彼はあの木剣を俺が作り出したことをエルフたちから聞き、自分にも作って欲しいとお願いしてきたのだ。
『まあ、作れるけどさ』
果物を作るのとは訳が違う。
作るのにかかる時間も、使用する魔力や生命力も、遥かに多いのだ。
セフィの護身用にと作ったものだから、手間隙を惜しまず作った。だから正直、他に作れと言われても面倒……もとい、大変なのだった。
俺はそこのところをヴォルフに説明した。
「ならば、しばらくは柿を我慢します。そして、今までよりも多くの捧げ物を持って来ます。それでどうにか作っていただけないでしょうか!?」
ヴォルフは柿にハマっていた。
今では夕食の後に食べる甘い柿が一日の楽しみなのだそうだ。
そのために毎日魔物を狩ってもって来るようになっていた。そんな彼が柿を我慢するという。これは……本気だ。
俺はその並々ならぬ決意を感じとり、彼の願いを承諾した。
『わかった。じゃあ、頑張って魔石とか持って来てくれよ?』
「ありがとうございます、精霊様!」
そんなわけで、ヴォルフは毎日数体の魔物を狩り、魔石を含めた全部位を捧げて来るようになった。そのおかげで、半分以上のエネルギーを手間賃として回収しても余裕で余るくらい、エネルギー的には収支がプラスになった。
かかった時間の大半は、マナトレントを成長させるための時間だ。
それでも数日でヴォルフ用の木剣は完成した。セフィの物とは違い、大人かつ身体能力の高いヴォルフに合わせて剣の長さを伸ばし、厚みを上げた結果、大剣のような見た目になった。
木剣に『憑依』して自己鑑定をしてみれば、こんなステータスが表示された。
【固有名称】『ミストルティン2号』
【種族】マナトレント
【レベル】1/40
【生命力】70/70
【魔力】140/140
【スキル】『光合成』『魔力感知』『エナジードレイン』『種子生成』『地脈改善』『変異』
【属性】水
【称号】なし
【神性値】0
このステータスは、俺が『種子生成』で生み出したマナトレントと全く同じだ。
ちなみに種族名に「霊樹」は付かない。生み出せるのは普通のマナトレントだけである。
レベル限界が俺より10低いのは、たぶん「霊樹」ではないのが理由だろう。【生命力】や【魔力】が低いのは、「霊樹」ではない事に加えて進化を経験していない事が理由っぽい。というのも、ゴー君たちもウォーキングウィードから進化した個体の方が、マナトレントから作った個体よりも数値が高かったのである。
それからスキルだが、どうやら『地下茎生成』はウォーキングウィードから進化した個体でなければ所持していないようで、『憑依』『結界』はたぶん「霊樹」の位階で発現するスキルのようだ。
属性も進化を経験していなければ水属性だけだ。
しかしまあ、それでも弱くはない。
おまけに成長もするとなれば、十分すぎる能力ではないだろうか。
完成した大剣を手にして、ヴォルフはどこかうっとりと見つめていた。
いや、野郎のそんな顔を見せられても喜ぶ趣味は俺にはないのだが。
ともかく。
それから数日して、ヴォルフに木剣を自慢でもされたのか、狼人族の戦士どころかエルフたちの一部まで、俺に木剣を作ってくれと依頼しに来るようになった。
俺は大量の供物と引き替えに、その依頼を受けることにした。
いやだって、めんどくさいと断ってもなかなか諦めないんだよ、こいつら。
おまけに遠慮なく要望を上げて来るので、剣だけでなく、槍や棍や弓などを色々と作るはめになってしまったのだった。




