第二十話 エルフ語じゃなかったようです
●○●
エルフの里の広場。
そこに今、大勢が集まっていた。
時刻はすでに夜で、周囲には篝火――ではなく、光るマリモがふんだんに詰め込まれた籠が幾つも設置され、綺麗な細工が施された籠越しに生み出される陰影が、どこか幻想的な光景を作り出している。
ついでとばかりに俺も枝のあちこちに光るマリモを生み出し、照明に一役かっていた。
実は『変異』スキルで木の葉の一部を変異させて、これを生み出せるようになっていたのだ。
まあ、役には立たないと思っていたので宴会芸的にいつか披露しようと思っていたのだが、こうして珍しくも夜に集まるとなれば話は別だ。何が役に立つかわからないものである。
そんな俺の本体(今はマナトレントの体に戻っている)の根本に、セフィはいた。
そこには小さな櫓のような物が組まれ、上にはなんだか人をダメにしそうな大きなクッションが置かれている。そのクッションに座り全身を預けるような形で、セフィは座っていた。
いつもの森の中でも動きやすいワンピースにズボン姿ではなく、ひらひらとした民族衣装っぽい、豪華な刺繍が施された衣服だ。綺麗な白を基調としたそれは、どこか神官や巫女が着るような神聖な印象を受ける。
加えて花冠や花で編まれたネックレスなども首から提げて、今日のセフィは随分と「おめかし」していた。
「――ふぅむ、では、ガル氏族以外の安否は分からないと」
「はい、我らも生き残った戦士団が教国の兵士どもを足止めしている間に、なんとか逃げ出せたくらいです。とても他の氏族と合流する余裕もなく……」
そんなセフィの周囲には、三人だけが集まり何やら深刻そうな表情で話し合っていた。
セフィを上座に置き、車座になって敷物を敷いた地面の上に座って、用意された食事を口にしながら会話している。
集まっているのはエルフの長老、狼人族の長老(らしき老人)と狼人族の戦士団を率いていたという男だ。戦士の男は基本的には口を挟まず、話し合っているのは主に二人の長老であったが。
ちなみに、話し合いには参加していないが、セフィの傍にはメープルがいる。
汚しちゃいけなさそうな豪華な衣装を着ているセフィのために、食事の世話をしていた。雛鳥が餌をもらうみたいに口を大きく開けたセフィに、嬉々として食べ物を運んでいる。
なんだかここだけ暢気な雰囲気がある。
「して、我らの里を目指して来たという話だが、この場所を知っていたのは、なぜですかな?」
「それは……戦士団が最後の戦いに赴く直前、助太刀に来てくれた人物が教えてくれたのです」
長老たちの周囲でも、広場のあちこちでは集まった人々がそれぞれに食事を摂り、酒を飲んで話し合っていた。
名目上は狼人族たちの歓迎の宴だと聞いているが、宴にしては静かなものだ。
まあ、その理由というのも、長老たちの話を聞いていれば何となく理解できる。暢気に騒ぐ気にはなれないのだろう。
簡単に纏めると、静かに暮らしていた狼人族の森へ、人族国家の神聖イコー教国とやらが勝手にやって来て、森の開拓や周辺の資源の採取などを大規模に行い始めた。
これによって森は荒れ、周辺を住み処とする魔物たちは荒れ狂い、環境は激変する。
当然のように抗議した狼人族だが、教国とは話し合いにすらならなかった。
それどころか、一方的に奴隷狩りと称する略奪や虐殺が行われた。
もちろん狼人族とて、何もしないわけがない。
一部では複数氏族の戦士団が纏まり、大規模な戦いを挑んだらしい。しかし結果は惨敗だった。
狼人族は決して弱くない。
魔力は低いが、その身体能力は人族よりも遥かに高く、生命力を消費して行使する「闘気術」と呼ばれる身体能力強化の技術もあり、個々で戦えば圧倒することも可能だという。
だが、数では人族の方が圧倒的に多い。
それに加えて、人族が開発した奇妙な技術や兵器の力が厄介だったらしい。若い戦士などはその力の前に、何もできずに散っていったという話だ。
少し前までなら、そんな事はあり得なかったという。
いくら未熟な戦士とはいえ、それは狼人族としての事。対人族相手ならば、最低でも兵十人並みの働きはするはずだと。
だが、それらよりも遥かに厄介な存在があった。
人間どもが「新神」と呼ぶ、神の力を宿した依り代が戦場に現れるようになったのだという。
狼人族はそれを神とは認めていないようだが、話を聞いていると、振るう力はまさに神と呼ぶに相応しい規模に威力のようだ。
何しろ住み処を荒らされて激怒した地竜(本来は温厚な性格らしい)の群を、一撃で消し飛ばしたらしい。竜の名を冠するに相応しく、一体一体がタイラントベアー以上の強さだという地竜をだ。
この新神の話が出た時には、長老も傍で話を聞いていたメープルも、どこかピリピリとした雰囲気を発していた。確信はないが、強い怒りや憎悪を堪えているような……?
ともかく。
そんな教国勢力を相手に、狼人族は壊滅どころか種の絶滅も覚悟せねばならないような劣勢に追い込まれたらしい。
そこで戦士としての矜持を捨て、次世代を担う女子供だけでも逃がそうと行動を起こした。
その直前、彼らのもとに助太刀にやって来たという人物が、このエルフの里の場所を教えてくれたようだ。
「その人物とは……?」
問うてはいるが、どこか答えを知っているような雰囲気で長老が聞く。
「我ら狼人族の英雄、戦士ガーランドが教えてくれたのです。樹海を西へ抜けるよりも、北を目指せ、と」
「やはり、ガーランド殿であったか……」
答えに、長老は頷く。
それは予想していた人物だったようだ。
「ガー? ガーもくるの?」
そしてガーランドの名前を聞いた途端、どこか期待したような顔でセフィが聞く。
ガーランドではなくガー。
呼び方はあれだが、同一人物なのだろう。ということは、セフィが言っていた「ガーとおんなじひとたち」というのは、同じ狼人族という意味だったか。
「森神様……それは、わかりません。もしかしたら、後からやって来るかもしれませんが……」
答えたのはヴォルフと名乗った戦士の男だ。
彼はどこか気まずそうな顔をしながら言った。その理由はたぶん、助太刀してくれた命の恩人である相手が、圧倒的な戦力を持つ人族相手に生きていると思えないからだろう。
「そっかぁ……セフィのけんぎをみせてあげようとおもったのに」
残念そうに肩を落とすセフィ。
いつか聞いた「さいきょうのけんしになるっ!」との言葉は、どうやら本気らしく、今でも熱心にチャンバラごっこ――もとい剣の修行を積んでいる。
その腕前は……まあ、ね?
しかし、ガーランドなる人物とセフィはずいぶんと親しそうだ。
少なくとも、セフィの好感度が高そうなのは見ていればわかる。
別にジェラシーを感じたわけじゃないけど? セフィの保護者として? どんな人物か? 聞いとこうか?
ん?
『長老、ガーランドって奴とは知り合いなのか?』
「ええ、まあ、何と言いますか……我らエルフの里全員の命の恩人なのですよ」
返ってきた答えは想像以上だった。
エルフ全員の命の恩人とは、何があればそんな事になるのか。
『何があったんだよ?』
「精霊様と出会う数年は前になりますか、我らはもともと別の場所に住んでいたのですが……」
そうして長老が語った事情は長かった。
だが、聞き流すにはあまりにも重要な話だ。
そして、俺の抱く人族に対する印象が、狼人族の話に続いて、さらに悪化するような話。
まとめてしまえば、エルフたちは以前住んでいた場所を人族によって追われた。
狼人族と同じように一部は奴隷として捕らわれ、多くは虐殺された。
生き延びたエルフたちは逃げ出したが、大量の追手がかかる。逃げるのは困難に思われた。そんな時、エルフたちを逃がすために現れたのが、神聖イコー教国と国境を接する隣国ヴァナヘイムで活躍するガーランドだったらしい。
傭兵として活躍する彼は、エルフたちが以前住んでいた場所――森林都市アルヴヘイムがイコー教国の軍勢によって壊滅させられたと知ると、自身が率いる傭兵団を伴って現地へ移動したらしい。
そこで逃走中のエルフたちの一団を発見すると、追手の軍の撹乱や護衛などの役を買って出てくれたという。
そんな彼の献身があり、セフィたちは生き延びてここに新たな里を築いたのだとか。
『え、なにそれ……ガーランド、めっちゃ良い奴じゃん』
さすがに嫉妬の心は消え失せた。
いや、もともと嫉妬なんてしてないけどね?
「ええ。そういったわけで、我らは彼に大きな恩があるのですよ」
『なるほどなー。でも、なんでガーランドはそんな事を? 正直、金にはならんだろ?』
少ないが、持ち出した手持ちの金や物品を礼として渡したらしいが、大した物はなかったらしい。となると、傭兵団とすれば赤字になるし、普通は自分からそんな事をするとは思えない。
「なんでも、ガーランド殿は先代のハイエルフ様に大恩があったとか。本人はその恩に報いるためと仰っておりましたな」
「そもそも、我ら狼人族は数多の自然神の中でも森神様を崇めておりますので」
二人の長老がそれぞれに言う。
森神とはハイエルフの事を指しているらしい。
『恩返しってわけか……それにしても律儀な奴だな』
話に聞く教国の軍相手となると、かなり危険だろうに。
まあ、事情は理解した。
付け加えるならば狼人族とは違い、教国がアルヴヘイムへ進軍した目的は、最初からハイエルフを殺すことだったようだ。
先代のハイエルフは今のセフィとは比べようもないほど強い力を持っていたらしく、そんな存在を確実に殺すためにか、教国は6柱の新神を伴って攻めて来たという。
いったいどんだけいんだよ、新神。
「ガーがけんでみんなをまもってくれたの」
ふと、セフィがそう言った。
いったいセフィが何歳の時か知らないが、教国の軍から逃げるときの記憶は、はっきりとあるようだ。
「だからね、こんどはセフィがガーみたいに、けんでみんなをまもるっ!!」
ふんすっと、拳を握って決然と宣言する。
もしかして「さいきょうのけんし」を目指しているのは、ガーランドに憧れているからなのだろうか。
「おおっ、姫様、なんとご立派な……!」
「森神様……!!」
長老たちのみならず、いつの間にかこちらの話に耳を傾けていた全ての者たちが、セフィの勇ましい宣言に感動し、目の端に涙さえ浮かべていた。
感動してるとこ悪いんだけど、長老はセフィの剣の腕は知ってるよね?
まあ、セフィの心意気に感動してるのだろうけど。
それは俺も同じだ。
『じゃあ俺は、皆を護るセフィを護ってやるよ』
その言葉は、自然と口をついて出た。
不思議と気恥ずかしいとは思わなかった。
「うんっ! たのむぜ、あいぼー!」
『おうよ』
にぱっと輝くような笑みを浮かべるセフィに頷く。
まあ、それはそうとして、だ。
『ところで、狼人族はこれから里で一緒に暮らすって事だよな?』
逃げて来た彼らは、セフィに願った。守護を。
だから、そういうことなのだろう。
「ええ、姫様が受け入れましたし、何より恩あるガーランド殿に託されたのですから、拒否するわけもありませんな」
「かたじけない……我らの里を取り戻せれば良いのですが、現状ではそれも難しく……」
「なんの、お気になさるな」
狼人族の長老が申し訳なさそうにしているが、この里でセフィの決定に異を唱える者はいない。
『よし、じゃあ、俺からも歓迎の品を贈ってやろう』
言って、俺は『種子生成』と「生命魔法」を発動する。
作り出すのは回復魔法が込められた林檎だ。それを狼人族の人数分用意した。
進化もして、日々生命力や魔力を地下茎として蓄えているので、もはやこれくらいは造作もない。俺も成長したもんだぜ。
『落とすぞー』
枝の先に実らせたそれを落とす。
エルフたちが慣れた様子で受け取ってくれた。
そして狼人族たちへ配っていく。受け取った狼人族たちは戸惑った様子で手の中の林檎を見つめていた。
「これは……いったい?」
『まあまあ、食ってみてよ』
恐る恐るといった感じで林檎を口にする。
途端、彼らの体の中を林檎に込めた回復魔法が巡り、身体中の傷を癒していった。おまけで生命力もちょっと多めに込めたから、疲労も回復しているはずだ。
「傷が……!!」
「体が、軽いぞ!」
いや、森の中を逃げて来たからなのか、全員擦り傷やら何やらあるのが気になっていたんだよね。
「精霊様、ありがとうございます!」
口々にお礼を言われる。
それに『いやいや、まあまあ、気にすんなって』と適当に返していく。
「ユグ、セフィ、ももがたべたい」
するとセフィが自分も果物を食いたくなったらしい。
今さっき感動的なことを言ったと思ったら、すでにいつも通りだった。唯我独尊かよ。
『はいはいっと』
セフィ用の桃(ちょー甘いやつ)を生み出し、メープルに受け取ってもらう。
皮を剥いて切った桃を食べたセフィは満足げに頷いた。
「おいしー!」
狼人族にも林檎をあげて、エルフたちには何もなしというのもアレだな。
俺は地下茎の量を確認すると、全員に果物を振る舞うことにした。
『今日は大判振舞いだ! 皆も好きなだけ食え!』
「「「おおー!!」」」
途端、エルフたちが歓声をあげる。
遠慮なく口々に自分の好きな果物をリクエストしてくるのも、打ち解けた証拠であろうか。
そんな事を思いつつも、俺はふと考える。
俺ってば狼人族の言葉も普通に理解できてるけど、エルフたちの言葉は別にエルフ語ではなかったらしい。
共通の言語なのだろうが、それを確認しようにも場の雰囲気はようやく宴会らしい明るさを取り戻したばかりだ。
なので、まあ後で聞けばいいか。




