第十九話 獣人ってやつ?
前話を一部修正しております。
蔦のゴーレムを3号と表記するべきところ、2号と表記していました。
正しくは茨のゴーレムが2号、蔦のゴーレムが3号でした。
すでに読んでいた方は混乱させてしまい申し訳ありませんm(_ _)m
●○●
セフィが指し示した方向へと、ゴー君たちを率いて森の中を疾走する(走っているのは俺じゃないが)。
そして、それほども走ることなく問題の場所へ到着した。
いや、実際にはまだ辿り着いてはいないが、100メートルも距離は離れていない。これほど近くまで寄れば、目視せずとも魔力感知にて存在を把握することができたのだ。
巨大な魔力反応が一つ。
そしてエルフたちの平均よりもかなり小さな魔力反応が、1、2、3――いっぱいだ。
どうやら最悪の事態は避けられたと考えて良いのか。
タイラントベアーのものと思われる巨大な魔力は、たくさんの魔力たちに向かって悠然と進んでおり、まだ戦闘は開始されていないらしい。
しかし、その距離はかなり近く、すぐにでも一方的な蹂躙が始まってしまうだろう。
ゆえに、今すぐ介入する必要がある。
躊躇はなかった。
ゴー君たちがタイラントベアーを狩るのは、これが初めてではない。
それに、タイラントベアーの注意は今、誰か分からんが対峙する大勢の者たちに向かっているようだ。この隙を突かない手はない。
『2号は先行してタイラントベアーの全身を拘束しろ』
茨の大蛇になっているゴー君2号へ指示する。
2号は静かに先行し、徐々に蛇の形から地面を這う絨毯のように変形していった。一旦全身に取りつけば、タイラントベアーの剛力をもってしても容易に拘束を解くことは不可能だ。
『3号は弱体化魔法を込めた林檎を奴に食わせろ』
蔦が絡まり合って人型を形作ったようなゴー君3号が、走りながら右腕を前に伸ばす。
すると、その指先から絡まり合った蔦がするすると解けていき、一本の長い蔦となって2号の後を追う。
ゴー君たちはかなり優秀だが、それでも一体でタイラントベアーを倒せるほどではない、今は。
だからこそ、こちらの攻撃を当てダメージを確実に通すために、タイラントベアーを弱体化させる必要がある。
ゴー君3号は進化して水属性を得た。残念ながら「水魔法」と「氷雪魔法」には適性がなかったが、代わりに強力な「生命魔法」を扱えるようになった。
そこで各種生命魔法を込めた林檎を3号に接ぎ木してみたところ、生命魔法との合わせ技で再現することが可能になったのだ。
一度作り方が分かればコピー元たる林檎も必要ないようで、今では生み出した果物へ自在に生命魔法を込める事ができるようになった。
『1号はタイラントベアーが弱体化したら、奴の脳天に木剣の一撃だ。植物魔法と身体能力強化で全力強化したやつをな』
ゴー君1号が俺の指示に頷く。
実は進化する前から植物魔法は使えていたのだが、さらに進化後には複雑な魔力操作を要する「身体能力強化」の魔法をも覚えてしまったのだ。
というのも、俺がゴー君1号の体に憑依して何度か戦ってみたりした事があるのだが、その時に使った「身体能力強化」の魔法を真似して、独自に体得したらしい。
もともと植物魔法で体の強度を上げたりしていたので、自分の体を強化する事に対して適性があったのかもしれない。
それにしても優秀である。これだけ知能が高そうなのに、いまだに念話を使えないのが信じられないくらいだ。
『よし、行くぞ!』
ともかく、指示は出し終えた。
あとはゴー君たちに任せるのみである。
いや、本体の近くじゃないと、ゴー君たちに憑依し直すとかできないんだよね、実は。だから今の俺は戦力外なのであった。
でも、指揮官という大切な役割があるんです。
内心で誰にともなく言い訳しつつ、ゴー君1号と共に進んでいく。
するとすぐに、わずかに視界が開けた。どうやらタイラントベアーが邪魔な樹木を薙ぎ倒していたらしい。
こちらに背――というか尻を見せるタイラントベアーの姿がある。
そこへ津波のように殺到する茨の2号。
視界いっぱいに広がった茨が、四方八方からタイラントベアーに襲いかかる。
たくさんの餌を目前にして注意散漫にでもなっていたのか、驚くほどあっさりと奇襲は成功した。
タイラントベアーが体表を這い、締め付ける茨に苦痛の鳴き声をあげるが、すでに遅い。茨の2号は奴の四肢を胴体を締め上げ拘束していた。
そしてそこに伸ばされる一本の蔦。
その先端に、大量の魔力が込められた林檎が一つ実る。
林檎は嗅いでいるだけで唾液が溢れて止まらないような魅惑的な匂いを振り撒いている。
タイラントベアーに本能を押し止めるほどの強い意思はなかったようだ。
ご丁寧に口の先へ差し出されたそれを、躊躇なく食らった。
途端、奴の全身に弱体化魔法が巡る。効果は力低下に防御力低下といったところだろうか。
これで準備は整った。
『――今だ!』
ゴー君1号が高く高く跳躍する。
その右手には、すでに腕の中から解放した木剣が握られていた。
鍔がないのは以前の通りだが、木剣は鉱石のように艶のある黒へ変色していた。進化に伴い強化されたそれは、いまや金属製の剣と打ち合っても傷一つ付かない硬さだ。
ただでさえ頑丈なそれを、さらに植物魔法で一時的に強化。
加えて、ゴー君1号の全身を身体強化の魔力が巡る。
跳躍と同時、大上段に構えられた木剣を落下の勢いを乗せて振り下ろす。
――一閃。
鋭い剣のように断ち斬ることはなかった。
何かが爆発したような轟音が響いた。
振り下ろされた木剣の先にタイラントベアーの頭部はなく、無数の破片となって散った頭部だったものが一瞬遅れて周囲へ降り注ぐ。
それからさらに遅れて、拘束されていたタイラントベアーの体は地に伏した。
『よし、やったな』
フリとかじゃないぞ?
ちゃんと死んだことは、吹き飛んだ頭部を見るまでもなくタイラントベアーの体から魔力が抜け出ていくのを感知したから分かるのだ。
そうして危機が去った事を確認して、俺は周囲を見渡した。
『お、あれは……獣人ってやつか。俺、わかる』
タイラントベアーと対峙する方向に、彼らはいた。
どうやら前の俺は、エルフのみならず獣人とも交流があったらしい。彼らの頭部に生える犬のような耳や、腰の後ろから生えるふさふさな尻尾を見て、すぐさま「獣人」という言葉が浮かび上がってきたのだから。
人数は1、2、3――いっぱいである。
深い森の中を歩くにはけっこうな大所帯であろう。
獣人たちはタイラントベアーがよほど恐ろしかったのか、恐怖に顔を固まらせてこちらを見上げている。
俺はもう大丈夫だと伝えるために、あえて気安い感じで声をかけることにした。加えて、ゴー君には『オッスのポーズだ』と指示を出し、左手を上げさせる。
喋れないゴー君たちには、挨拶や相づちなどの基本的なポーズと動作を教えているのだ。いやほら、コミュニケーションを円滑にするためにね? 俺が憑依して直接体を動かして教えたから、細部に至るまで完璧なポーズである事を保証しよう。
『オッス、あんたら無事か?』
しかし、どういうわけか、これほどまでにも気安い感じだというのに、彼らは固まったままである。その瞳はどこか遠くを見るように茫漠としていた。
なんでだよ。
『あれ……? ちょっと? ねぇ? おーい!』
俺がいくら声をかけても硬直が解ける様子はない。
念話で話しかけているから、俺の言葉はちゃんと伝わっているはずだと思うのだが……目を開けたまま気絶するほど、タイラントベアーが恐かったのであろうか?
「あ! やっぱり!」
と、俺がどうするべきかと困惑している間に、セフィたちが追いついて来たらしい。
この場に辿り着いたセフィは硬直する獣人たちを見て、そんな声をあげた。
「ガーとおんなじひとたちだ!」
ガー?
ガーって、何?
いや、もしかして誰? だろうか。
『知ってる人たちか、セフィ?』
知り合いだろうかと問えば、セフィはにっこりと笑って元気よく答えた。
「しらない!」
知らねぇのかよっ!?
なんなんだいったい、と悪態を吐きつつ、どういう事かと聞こうとしたところで、セフィの背後に控えていたウォルナットが目を丸くして言った。
「狼人族じゃないですか」
狼人族。
それが彼らの種族らしい。
犬じゃなかったのね。まあ、口に出してないからセーフだろう。
『知り合いか?』
と、今度はウォルナットに聞けば、
「いや、知り合いではないんですが……狼人族とは、ちょっと縁がありましてね」
『ふぅん……ところで、ガーって誰?』
「ああ、それは――」
「ま、まさか! ハイエルフ様ではっ!?」
ウォルナットが続けようとしたところで、しかし今度は狼人族たちが声をあげたのだ。
ようやく硬直が解けたのか、彼らはよろよろとセフィの方へ近づいていく。敵意はないようだし、何よりセフィは胸を張ってドヤ顔だ。いや、なんで?
「そうだよ。セフィ、ハイエルフ」
「お、おお! やはり!」
頷いたセフィに、狼人族たちはなぜか歓喜の声をあげた。
そして、例外なく全員がセフィの前に跪く。
「我らが偉大なる森神よ、どうか我らをお救いください!!」
頭を垂れた彼らは、しかしとんでもない事を言い出した。
なんだ神って、なんだお救いくださいって。相手は幼女だぞ。
唖然とする俺が見守る前で、しかしセフィは深々と頷くと言ったのだ。
「うむ! くるしゅうないっ!」
意味わかって言ってるんだろうか?
読んでくださり、ありがとうございますm(_ _)m




