第十二話 ゴー君の可能性
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エルフの里を囲む茨の壁。
そのアーチ状に開いた門を潜って外に出る。
門番をしていたらしい青年エルフの二人が、外へ出ようとするセフィを見てギョッとした顔をしたが、すぐ傍にいる長老を見て、問題ないと判断したらしい。普通に通してくれた。
それからゴー君の肩に乗って細かな指示を出し歩かせる俺に、
『お気をつけて、精霊様』
と、見送ってくれる。
青年エルフたちの実年齢は分からないが、彼らは門番を勤めるだけあって実力者らしい。念話も普通に使えた。
『おう、ありがとな』
と返事をしつつ、俺はわさわさと枝を振る。
それから長老の先導でエルフの里周囲に広がる森の中へ。
とは言ってもセフィがいるのだ。万が一にも危険に晒すわけにはいかないし、里からそれほど離れるわけもない。
しかし、だ。
おそらくは里に近いであろう場所で、俺は角ウサギやゴブリンどころか、見るからに強者の空気を漂わせる巨大熊や、角の切れ味がおかしい鹿など、明らかに危険な魔物を見ている。
そう、セフィと出会う前にいた、楽園と勝手に名付けた森の広場、その周辺での事だ。
今まで里が魔物の襲撃にあったとは聞いていないが、そんな魔物どもが近くを彷徨く場所を歩いていて平気なのか。
率直にそう問えば、
『里には結界がありますからな。それに里の外でも、今は姫様がいますからな。森の中であれば強い魔物……つまり、それなりに高い知能を持つ魔物は襲って来ないでしょう』
という答えが。
まあ、それだけでは意味が分からんのだが。
なのでもっと詳細な説明を希望する。
『いやいや何でだよ。セフィにそういう力でもあるのか?』
『姫様の威光を畏れて近寄って来ないのですよ』
しかし、ジジイはふざけた返答をした。
それにセフィが得意気になって同調する。
『ほら~! セフィのいったとおりでしょ!』
『とはいえ』とジジイは続ける。『ゴブリンなどの低級な魔物は、姫様の威光にも気づかず襲いかかって来ますので、一人でこっそり外を出歩くなど言語道断ですぞ?』
俺と出会った時の一件の事を言っているらしい。叱るような口調だ。
でもちょっと待って? それってもしかして、セフィの威光とやらを認識できない俺も、ゴブリン並だと馬鹿にしてない?
い、いや……きっと気のせいに違いない。あえて追求する真似は勘弁してやるけどね。
まあ、それはともかくとして。
長老のお叱りに……セフィは当然、素直には謝らない!
『だ、だいじょぶ。セフィ、つよいし』
魔法の腕から推察して、たしかにセフィの潜在的な戦闘能力は高いのだろう。しかし、それと実戦は別であるし、セフィはまだ実戦経験もろくにないに違いない。格下相手であっても遅れを取ることは十分にあり得た。
長老もそれを分かっているのだろう。
理路整然と、くどくどとお説教を垂れ流し始める。
セフィもこれには早々に音を上げて、
『わ、わかった……こんどからは、だれかについてきてもらう』
と約束した。
長老も満足げに頷き、話が綺麗に纏まったようになったが――ちょっと待てよ。
俺はまだ納得していない。セフィの威光とやらについてだ。
『セフィの威光って、具体的に何だよ?』
もしもジジイが耄碌してテキトーな事を言っているのであれば、ぶっ飛ばす。
しかし残念な事に、どうにもそうではなさそうだ。
『ふむ、そうですな、分かりやすく説明するならば……生命としての格が隔絶した相手に、格下のものが襲いかかることはないでしょう? たとえば鼠がドラゴンに挑もうとは思わないように』
『まあ、彼我の力量差が理解できるなら、そうじゃないか? 鼠もドラゴンくらい大きな奴に挑もうとは思わんだろうな』
『森における姫様と魔物たちの差は、まさにそれです』
などとジジイは頷いてみせる。
その顔は冗談を言っているようには見えない。『ふふーん!』と得意気に胸を張るセフィを見ていると、信じる気にはなれないが。
『いやー、それはちょっと……嘘でしょ?』
そんなわけねえ――という俺の考えを否定するように、長老は首を横に振った。
『森という環境下におけるハイエルフは、まさに半神にも近しい存在なのですよ』
か、神ときたか……。
ますます眉唾な話になってきたが、長老は否定する事はなかった。
更なる説明を求めようと思ったが、その機会は失われてしまう。
「ギャギィ!」
森の奥からゴブリンどもが現れたからだ。
……ちょっと今話中だったんだけど。空気読めよな。
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『ユグ、ゴブリンきた! はやくゴーくんを!』
セフィが嬉しそうに報告してくれる。
どうやらさっそく、ゴー君の戦う姿を見たいらしい。
『わかったわかった』と返事をしつつ、俺はゴー君に指示を出す。『ゴー君、アイツを倒せ』
わさり、と枝でゴブリンを指し示して言えば、ゴー君もどれを倒せば良いのか理解できるだろう。
おまけにゴー君は意外な賢さを見せた。俺が指示するまでもなく、自らの判断で右腕から木剣を出し、装備してみせたのだ。
そして俺を肩に乗せたまま、早足程度の速度で駆けて行く。
「グギャっ!?」
向かって来る植物人形にゴブリンは驚いたような声をあげる。
「グギギ!」
しかし逃げる事もなく、自らよりずっと大きいゴー君に向かってこん棒を振り上げ走り出す。
一度交戦してみなければ、彼我の戦力差を理解できないのかもしれない。哀れな事である。
両者は当然、すぐに激突する。
それは戦闘と呼ぶまでもない結果に終わった。
ゴブリンの攻撃の間合いに入るより、ゴー君が攻撃可能な間合いにゴブリンを捉える方が遥かに早い。何しろゴー君の身長は170センチほどもあり、その腕は膝関節よりも僅かに下辺りまで伸びていて、エルフたちよりも腕が長いのだ。
おまけに武器は木剣で、これまたゴブリンが持つ貧相なこん棒よりも長い。
間合いの広さがゴブリンとは比べ物にならないのだから、一方的に攻撃できるのは自明の理だ。
そして間合いが長いという事は、それを振るう武器の先端速度もずっと速くなる事を意味する。
剣よりも槍が強いと言われるのは、単に間合いの長さによる有利だけではなく、武器の長さによる先端速度の加速により強力な攻撃を繰り出せるからでもある。
ゆえに、大上段から片腕で、鞭がしなるように振り下ろされたゴー君の一撃は、ゴブリンの脳天に直撃すると容易にその頭蓋骨を砕いた。
脳天が陥没したゴブリンの頭部は、頭蓋骨の変形による内圧で眼球が飛び出し、見るも無惨な有り様に変わり果てていた。倒れ伏したゴブリンを確認するまでもなく、即死である。
『…………グロっ』
幼児に見せるには教育上良くないのではないか。
そんな酸鼻な光景であった。しかし――、
『すっごぉい! ゴー君つおいっ!』
セフィは気にした様子もなく、目をキラキラとさせてはしゃいだ。
この幼女、メンタル強すぎではないか。あるいは森で生きるエルフには、この程度で狼狽える者などいないという事なのか。
『うむうむ、これは中々に強力な一撃ですのぅ。やはり武器にエルダートレントの木剣を選んだのは正解だったようですじゃ。普通の木剣ならば、威力に耐えきれず壊れてしまうところですからのぅ』
長老も当然のようにゴブリンの事はスルーで、ゴー君の性能考察に余念がない。
そして余計な事を言い出した。
『しかし、これではゴブリンが弱すぎてゴー君の能力が分かりづらいですのぅ。もう少し手応えのある魔物がおれば良いのですが』
『むむっ、たしかに。ゴーくんはこんなもんじゃない。まだまだやれるはず』
そんな二人の意見により、もう少し森を彷徨く事になった。
ちなみに、倒したゴブリンは俺とゴー君が美味しくいただきました。『エナジードレイン』で。
それからしばらくして。
「――グルル」
現れたのは一頭の狼だ。
僅かに緑がかった体毛に包まれた、体高がセフィほどもある巨大な狼である。
『フォレストウルフですか、ちょうど良いですの』
と長老は事も無げに頷いているが、おいこら待てや。
『おい長老! セフィの威光とやらで、それなりに賢い魔物は寄って来ないんじゃなかったのかよ!?』
対峙するフォレストウルフとやらは、明らかにゴブリンなどより数段は強そうだった。
『これはそこそこ強い魔物ですが、頭の方はそれほど、ですからのぅ』
という返答が。
たしかに粘着質な涎を垂らす姿からは、森の狩人的な賢さは感じられない。おまけに狼のくせに一頭で現れているし。狼は群で狩りをするんじゃないのか。
『ご安心なされ。姫様は儂がしっかりと守りますのでのぅ。精霊様はゴー君に指示を頼みますぞ』
『ゴーくん、がんばれー!』
セフィに危険が及ばないのなら、別に問題はないのだが……ジジイの俺に対する態度が、何かぞんざいじゃない? 俺の被害妄想なのであろうか?
ちなみに、セフィの「がんばれー!」は普通の応援である。魔法ではない。
『いや、っていうか、これは流石に無理じゃね?』
頭の出来は残念なのかもしれないが、それでも巨大な狼である。
ゴーレムであるため鈍重な印象のあるゴー君では、流石に分が悪いと思いつつも、
『ゴー君、あいつを倒せ』
俺は指示を出した。
その結果、ゴー君の木剣による一撃は避けられ、フォレストウルフがゴー君の喉元に噛みつく。
ちなみに俺は、事前に危険だと感じたのでゴー君の肩から降り、セフィの横で戦いを見守っていた。
『あー、ダメか?』
『いやいや、そんな事はありませんぞ。御覧なされ』
さすがに喉元に食らいつかれたら、もう終わりだろうと思ったのだが長老の意見は違ったらしい。
言われて良く見れば、ガジガジと食らいつかれているのにゴー君は意に介した様子もない。というかダメージを受けた様子もなかった。
考えてみれば木質化した茎と蔦が複雑に絡み合った首である。狼に噛まれた程度で噛み千切られるほど柔ではなかった。というか、無数の繊維が絡み合っているのだから、普通に頑丈だわ。
『そういや喉が急所とかでもないしな』
ゴー君はゴーレムであり植物だ。人型をしていても人間のような急所があるわけではなかった。
とはいえ、あれだけ密着していれば木剣による攻撃もできないだろう。どうするのかと見ていれば、果たして本能によるものか、あるいは思考の結果なのか、ゴー君は両腕をフォレストウルフを抱き締めるように回した。
その力はかなりのものらしい。
狼は苦しげな悲鳴を上げて、せっかく噛みついた喉から口を離してしまう。
骨が軋み砕けるような音が、ここにまで響いてきた。
そして――、
『お、おお……なんてエグい殺し方だ……』
ゴー君の全身を這う蔦。
それがうぞり、と蠢いたかと思うと――次の瞬間、拘束された狼の目、耳、鼻、口へ向かって蔦が殺到。体内へ無理矢理侵入していく。
それが狼の体内のどこまでを破壊したのかは、外からは分からない。
けれど、口から侵入した蔦が気管を辿って肺をズタズタにするくらいは出来ただろう。
狼の口から溢れ出す鮮血が、その証拠であり、そしてそれで十分でもあった。
狼が絶命し、ゴー君が蔦を引き抜き元の人型へ戻る。地面へ投げ出された狼の体に外傷はあまりないが、死んでいるのは明白だった。
『ゴーくん、すごい! つおい!』
とセフィは無邪気に喜んでいるし、
『フォレストウルフをここまであっさりと倒すとは、予想以上の性能ですのぅ……。更なる強化を図ったら、いったいどうなることやら……いやはや、年甲斐もなくワクワクしてきましたわい』
ジジイは静かに興奮している。
そして俺は――、
『え……、マジ? もしかして、俺より強くね? っていうか、レベル上がったんですけど……』
エルフの里にやって来てから一月以上、魔物を倒していなかったのが原因か、レベルの上昇は極めて緩やかで、5日前にようやく17レベルになったばかりだった。
それがゴー君がフォレストウルフを倒した瞬間、体の奥から活力が湧き出すような感覚がした。
自然成長によるレベルアップだと日数の計算が合わないから、確実に目の前のフォレストウルフから経験値的なものを得たのは間違いないだろう。
『ゴー君が倒しても、俺にも経験値みたいなのが入るのか……』
別個体ではあるが、俺から生まれた俺の分身みたいな存在だし、プラントゴーレムとしては俺が作った存在でもある。だからなのか、ゴー君が獲得した経験値的なものの一部が、俺にも流れて来ているようだ。
予想外だったが、好都合な事でもある。
『これは……ゴーレム増やしてみるか?』
意外と賢いし、周辺の情報も大まかな形や距離くらいは把握しているらしい。
ちゃんと教えてやれば、多少複雑な命令でもこなす事ができそうだ。
維持費も基本かからないし、もしかして、有能じゃない?




