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第十話 長老と魔法の話


 ●○●



 俺の「声」が聞こえるという事は、以前セフィが言っていた長老に違いないのだろう。

 見た目もまさに長老と呼ぶしかないような感じだし、何より本人も頷いていた。

 エルフの里で暮らし始めて数日、会うのはこれが初めてだが、中々に油断ならないような気配を感じる。

 というよりも、だ。


 ――もしかして、俺を警戒してたりしたのかな?


 俺の存在は初日からすでに、エルフたちに広く知れ渡っている。

 なのに今さら会いに来るというのは、些か違和感を覚えた。俺の事など気にしてもいない、と言われればそれまでだが、長老の言葉の端々、こちらを窺う視線、相対して感じる雰囲気や態度などに、どことなく慇懃な印象を受けるのだ。

 俺の言葉を聞き、長老はわざとらしく目を見開いてみせる。


『これは驚きですな。ウォーキングウィードに宿った精霊というから、生まれたばかりの微小精霊とばかり思っていましたが、こうもはっきりとした意識をお持ちとは』


 食えない爺さんである。

 俺の種族がウォーキングウィードだと確信しているのもそうだが、俺の意識がはっきりしている事くらい、ここ数日様子を窺っていたならば知っているはずだからである。

 わざわざ腹の探り合いみたいな事をする気もないので、俺は率直に疑問をぶつけてみた。


 ――つまり、これはあれか……最終確認とか、そういうやつか?


 長老はなぜか、俺を警戒、もしくは疑っていた。

 俺の存在を悪しきものではないかと考えていたのだろう。

 だが、俺を疑っていた事自体には、別に不快な感情は覚えなかった。

 おそらくセフィの身をそれだけ案じているという証拠だからだ。


『ほう……! そこまでお分かりになりますか。……なるほど、これはかなり位階の高い精霊様のようですな。仰る通り、念のため、というやつです。ご無礼をお許しくだされ、精霊様』


 精霊殿から精霊様へと呼び名が代わり、瞬く間に発する気配がただの好好爺然としたものに変わる。そうして俺に頭を下げてみせた。

 長老が言った通り、本当はこの数日で俺がセフィに害を成す存在ではないと確信していたのだろう。


 ――別に良いよ。どうやら俺みたいな存在って珍しいみたいだしな。


『ええ、かなり。貴方様のような確たる意識を持った精霊様が霊樹でもなく、まさか草に宿るなど、この爺めにも信じがたく』


 まあ、そりゃそうだよね。

 実際、精霊の存在を知っていたとしても、まさか道端に無造作に生えているような見た目の雑草に、それが宿っているなど普通は考えもしないだろう。

 そして、こんなに流暢に喋る(というか思考する)存在が、精霊でもなくただの雑草、もといウォーキングウィードであるとは夢にも思うまい。


 だからか、長老はすでに俺が精霊であることを疑ってもいないようだ。

 ……いやまあ、俺は草の精霊さんですけどね?

 ともかく、長老は続けて言葉を口にする。それは俺を警戒していた理由だ。


『ですので正直な話、精霊様ではなく何か得体の知れない存在であるのではないかと、警戒していたのが本当のところなのです』


 ――なるほどね。


 大抵の人には聞こえないとはいえ、草が流暢に喋っていたら、そりゃ警戒もするってものだ。

 エルフ的には霊樹とかであれば違和感も覚えないらしいが。


『ご不快に思われますかな?』


 ――いや別に。当然の事だと思うよ? 気にしないで良い。


『そう言っていただけると、ありがたく』


 ――それよりも一つ、聞きたい事があるんだが。


『なんでしょう?』


 ――魔法の使い方、教えてくれない? セフィの説明じゃ分かりにくくてな。


『ほっほっほっ! 姫様は天才ですからのう。他人に説明するのは苦手なのですよ』


 ――爺馬鹿?


 とか思いつつ、やはり姫様というのはセフィの事かと納得する。


『かく言う儂もそれほど上手く教え導くことはできませんが、精霊様が土魔法を使えない理由なら、説明して差し上げられるでしょうな』


 ――おお、マジで?


『ええ。では、少し魔法のことについて、お話しましょうかの』


 こうして俺は長老から簡単な魔法の手解きを受ける事になった。



 ●○●



 長老の説明によれば、魔法の発動に必要となるのは魔力、属性であるのは確かだが、だからといって属性が持つ適性魔法のすべてを扱えるわけではないらしい。

 たとえば、


『精霊様が持つのは地属性との事ですが、土魔法と鉱物魔法はあまり相性が良くないですな。植物の精霊様ですので、おそらくは植物魔法に適性が特化しているはずです』


 という事らしかった。

 まあ、精霊というか……植物そのものだけど。


『我らエルフも地属性を持つ者は大勢いますが、土魔法と鉱物魔法を使える者はあまり居りません。こちらも、ほとんどが植物魔法に特化していますな』


 つまり、そもそも俺には土魔法の才能がないという事のようだ。

 そりゃ幾ら練習してもアースジャベリンできないわけだよ。


『そして魔法の使い方ですが』


 と長老は続ける。


『魔法は基本的に「生成」「変形」「変化」「操作」という工程がありましてな、たとえば氷の槍で敵を攻撃するとしましょうか』


 ――ふむふむ。


『この場合、まずは「生成」で水を生み出し、「変形」で槍の形へ変え、「変化」で水を氷と化し、「操作」で敵へ向かって射出する――という工程になるのです。もちろん、すべての工程を必要とするわけでも、必ずしもこの順番でなければならない、というわけでもありませんが。たとえば「水生成」で生み出した水を空中に留めておくのも、敵へ向かって撃ち出すのも「操作」ですからな』


 ――つまり今の例で言えば、「操作」は水を「生成」した段階から最後まで発動している……って感じか。


『ほっほっほっ! さすがは精霊様、理解が早いですのう』


 せっかく生み出した水がすぐに地面に落ちたりしたら駄目なのだから、当然だろう。


 ――元々ある物質を利用する場合は、「生成」は必要ないって事で良いのかな?


『ええ、もちろんですな』


 ――その方が魔力の消費は少なくて済むよな?


『それもまた然り、ですな』


 うむうむ、と長老は頷く。


 ――なるほどなー。まあ、魔法を使うには各工程をしっかり意識しなきゃならないってのは理解できたよ。それで、肝心の魔法の発動方法はどうなるんだ?


 魔法を使うには属性と適性に左右されるのはわかった。

 あとはどうやって魔法を発動するのか。呪文が必要なのか、杖が必要なのか、特別な魔力の操作方法などがあるのか、などだ。


『それは簡単ですな。魔力を体外に放出し、拡散しないように纏め、そこに生成したい物を具体的に脳裡へ描きながら、それを生成するという強い意思を込めるだけです。すでにある物を操作する場合は、操作対象へ魔力を込め、それをどのように「変形」させたり「変化」させたり「操作」するのかを鮮明に想像する事です。まあつまり、必要なのは魔力と想像、意思です』


 意外と難しいこともないようだった。

 しかしそうなると――、


 ――え? 呪文とかは?


『あー、あれは想像力や意思力を補うためのものですからな。熟練者でも発動する魔法名くらいは唱えた方が効率が良くなりますが、それ以上の詠唱は未熟な者が唱えたり、素質的に苦手な魔法を補助するために使われますな。まあ、例外として複数人での儀式魔法でも使われたりしますが。あと、思春期の若者などは自作の呪文を詠唱する傾向がありますな』


 ――……へぇ。


 それは中々、痛いね、心が。


 ――となると、俺の土魔法が失敗していた理由は単に素質がなかったからか。


『儂もこっそり見ていましたが、特別おかしな所はありませんでしたぞ……呪文以外は(ぼそり)』


 ――え?


『いやいや何でもありませんぞい』


 ――そう?


『はい』


 ――しかしそうなると、俺ってば植物魔法なら使えるって事か。


『そうですな』


 ――植物魔法って、何ができるの?


『植物の成長を無理矢理早めたり』


 ――健康に悪そう。


『植物を元気にしたり』


 ――ああ、セフィの「おうえん」ね。


『あとは植物をある程度操ることもできますな』


 ――茨の壁とかがそうか。


『果実をすぐに実らせることもできますぞ。まあ、魔法でやると凄く不味くなるのですが』


 ――そうなの?


『ええ、精霊様の果物とは比べ物にもなりませんわい。それに幾つもの品種を自在に実らせる事も不可能ですな』


 なるほど。

 それでエルフたちに俺の果物が人気なわけか。

 俺が精霊だと信じられる理由は、ここにもありそうだな。普通はできない事をやっているから、とか。

 何で出来るのかと言われれば、たぶん俺のは魔法じゃなくてスキルだから、とか?


 ――しかし地味だな、植物魔法。


『いやいや、森の中で暮らすには大変に便利な魔法ですぞ?』


 そうだけど、俺が求めていたのはそういうのじゃないんだよなぁ。

 無双するには弱いっていうか。

 セフィの手伝いくらいなら活用できそうだが、今のところ、あまり必要な場面が思い浮かばない魔法でもある。

 俺自身の成長を促進するとしても、レベルが上がらなければ意味がないし、大きくなるとセフィに運んでもらうのが大変になりそうだから却下だ。

 まあ、この魔法についてはおいおい研究していくとして。


 ――他に、俺でも使えそうな魔法とか、ない?


『ありますぞ』


 ――あんのかよッ!?


 駄目元で聞いたのに、あっさりと頷かれた。


『属性によらない魔法……つまり、無属性魔法ですな。これは魔力があれば、誰でも習得可能なものです。少々難しい魔法が多くはありますがな』


 ――それってどういう事ができるんだ?


『身体能力の強化……は、精霊様にはあまり意味がなさそうですな』


 長老は俺のボディを見下ろしながら言った。

 まあ、心惹かれる魔法ではあるが、俺の身体能力を強化してもねぇ?


『あとは……「念話」の魔法など、いかがですかな?』


 ――何っ!?


 俺は思わず声をあげる。

 今は一方的に俺の「声」を拾ってもらう関係上、俺の「声」が聞こえるセフィか長老以外には意思の疎通ができないが、この「念話」が使えれば他のエルフたちとも会話できるようになるかもしれない。


 ――それってセフィや長老が俺に声を届けるのに使ってるやつだろ? 俺にも使えるのか!?


『もちろんですじゃ。ただ、この魔法は一方的に声を届けるだけですからのう。精霊様が里の者と会話するには、同じく「念話」が使える相手か、もしくは精霊様が我々の言葉を聞き取れるようになる必要がありますな』


 とはいっても、意思の疎通がぐっと容易になるのは事実だ。

 是非とも習得したい魔法であった。


 ――その「念話」、俺に教えてくれ!


『ほっほっほっ! もちろん構いませんとも。……ですがのう』


 と、一転して困った表情を浮かべる長老。


『儂も老いぼれですからな……やはり長時間立ったり歩いたり、誰かと話したりするのは疲れるものですじゃ。それが「念話」で会話するともなれば、魔力も少ないですが消費しますしのう』


 ――?


 何が言いたいのか、と俺は内心に疑問符を浮かべる。


『疲れた時にはこう、甘い物が体に良さそうですのう。甘い果物とか、良いですのぅ……』


 授業料に果物寄越せって事らしい。

 まあ、この広場には地下茎の蓄えもあるし、全然構わないんだけどね。


 ――わかった。教えてくれたら長老の好きな果物、やるよ。


『おお、それはすみませんな、催促したみたいで。儂の好きなだけ果物をくださるとは、ありがたいですのぅ』


 ――好きなだけじゃねぇよ!?


 都合の良い聞き間違いをしないでほしい。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 植物魔法に特化してる長老が、植物魔法に特化したユグに対して「氷の槍の魔法」を例えに出すっておかしくないですか?ユグが使おうとしてた「土の槍の魔法」を例えに出すなら分かりますが…
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