第百五話 蠢く森林
●◯●
『フッ、話は分かった! 全て俺に任せるが良いッ! 救世主に相応しいのはこの俺だ! とおッ!!』
余計な会話は交えず、急いでヘリアンに事情を説明した。
奴は得意気に笑うと、すぐさま空に飛び立っていった。
これで直に、岩の柱に封じられた者たちを解放することができるだろう。
聞けば囚われているのはベルソルやエムブラ、それから進化したゴー君部隊だというから、死んではいないはずだ。
――さて。
一方、俺たちだ。
なぜか蘇っていたバジリスク・スケルトンは俺が根で拘束し、グラムが攻撃することで再度始末した。
頭蓋骨を粉々に砕いたので、三度目の復活はないと思って良いだろう。
『主上、そろそろ我も、教国軍との戦闘に――』
『いや、待ってくれ』
グラムが戦場の最前線へ駆け出そうとしたのを、留める。
セフィの護りは俺がいるから良いとしても、その前にやっておくことがある。
『ガング!』
『おう、いくぜ!』
俺は分霊ガングレリと手分けして、自らの巨大すぎる体を操作した。
やることは至って単純だ。
地面の下から前方――教国軍の陣地側へ伸ばした根っこを地上に出して、敵軍勢を拘束し、無力化する。
ただそれだけのこと。
だが、混戦している前線地帯で敵と味方を選別して拘束するのも、圧倒的な数である敵軍を拘束するのも、言うほどに容易くはない。
それでもやる。
大地を押し進む膨大な樹木の根が、地震のような震動を生じさせる。
戦場のあちらこちらで、何事かと慌てる声がする。
堪えきれずその場にしゃがみこんだ教国兵たちを、あるいは何も気にせずビヴロストの市壁を攻めるアンデッドたちを、俺は地面の下から突き出した、膨大な根を巻きつかせて拘束した。
同時、『エナジードレイン』を発動して抵抗する体力を奪う。
教国軍兵の一人一人は、レベルが高いわけでも、手強いわけでもない。ただその人数が、所有している兵器が厄介なだけだ。
ゆえに、彼らは俺の『エナジードレイン』に抵抗することも叶わず――程なく、無力化された。
『よし! これでだいたいは片付いたな』
もはや教国側に数の利はない。
遠くの方に陣取っている後方の部隊は拘束できていないが、それでも教国軍の数は半数以下に減ったことだろう。
奴らが使い捨てにするように前線へ投入したアンデッドたちに至っては、その大部分が「俺の中」にいたから、ほぼ全滅と言っても良い。
ここから巻き返そうとしても不可能だ。
――どうだ、見たか、これが俺の力だッッ!!!
正直な話、俺が戦闘で活躍する機会は少なかったからな。大森林の隠れ里にいた時に、襲ってきた葬炎騎士との戦い以来だろうか。いや、召喚される前にもバジリスク・アンデッドを倒してるけどね?
俺だってやればできるんだよ?
『ユグ、しゅごいッ!』
と、石柱の上から眼下の光景を見下ろしていたセフィが、目を丸くして素直に称賛してくれる。
『へっ、まあな!』
精霊体姿だったらドヤりと笑っていることは間違いない声音で返す。
むしろ、もっと遠慮なく褒めてくれても一向に構わないのだが――、
『おい本体、油断すんなよ』
『分かってるよ。……ったく、空気を読まねぇ奴らだぜ』
だが、俺の拘束から逃れた者たちがいるのも事実だ。
俺は気を引き締めて、そいつらに注意を向ける。
黒いローブを羽織り、金属製の奇妙な杖を持つ者たち――石棺騎士たちだ。
ある者は闘気術で肉体を強化して回避し、ある者は拘束された後に岩の槍を地面から生み出して、太い樹木の根を断ち切った。あるいはそもそも、事前に自らの足元を硬化して根が地上に出てくるのを防いだ者もいる。
拘束から逃れた方法は様々だが、しかし、その後に取った行動は一貫していた。
『ここからが本番ってわけか』
俺の知覚の中で、すべての騎士たちが、自らの足元から噴き出した土砂に包まれる。
騎士達を包み込んだ土砂は、瞬時に岩の柱と化し、さらにその表面が漆黒に染まる。滑らかな表面が光を反射するそれは、まるで良く磨かれた御影石のような質感だ。
一見するとベルソルたちを封じた石の柱に似ているが、それらとは明らかに違う点があった。
石の柱の滑らかな表面に、光る文字が幾つも幾つも浮かび上がったのだ。
小さな文字が密集し、無数に連なっているそれは、遠くから見れば文字ではなく紋様のようにも見えた。
――ルーン文字だ。
夥しいほどのルーン文字が、表面で明滅している。
まるで心臓の鼓動のように。
何かをするつもりなのは明らかだろう。
少なくとも、戦の趨勢に絶望して自殺や自爆を試みたわけではなさそうなのは、確かだ。
『今だ本体いくぞオラァ!!』
『ったりめぇだコナクソォッ!!』
ガングの呼びかけに応え、俺たちは手分けして石の柱を攻撃する。
こんな見るからに「これから何かが起こりますよ」みたいな物を、ただ呆然と見守るほどお人好しではない。
地面から生やした根で締め上げ、あるいは勢い良く生やした鋭い根の先端で突く。
さらに地上に生やした根を『変異』によって変形させ、内部に大量の水と少量の砂を蓄えた瘤を生み出し、太く長い「砲塔」を生み出す。
砲塔の太さに対して細い砲口から飛び出すのは、水魔法で細く細く集束させた一条の水流。
炎の魔人にトドメを刺した、ウォーターカッターだ。
しかし――、
『硬すぎんだろおい……』
太い根が全力で締め上げてもヒビの一つも入らず、下手な槍よりも硬いと自負する鋭い根は表面で弾かれ、鋼すら削り切るウォーターカッターは、虚しく拡散した。
雨霰と容赦なく攻撃を加えてみたが、その全てが石の柱を壊すには至らなかった。
そして――すべての準備を終えたというかのように、表面で明滅していたルーン文字が消える。
次の瞬間、漆黒の柱が「変形」した。
ただでさえ太く巨大な柱が、まるで最初からその形であったかのように、滑らかに動いていく。
そうして立ち上がったのは、見上げるように巨大な――俺が同化した霊峰の木々の中にあってもなお巨大な、漆黒の岩の巨人だった。
それが全部で十二体。
この戦場にいた石棺騎士たちと同数だ。
数は少ない。
しかし、油断はできなかった。
まったく嫌な考えだが、もしもこいつら一体一体が、かつて戦った炎の魔人と同程度の戦力だとしたら……ちょっとまずいことになる。
おまけに俺の攻撃が効かないときた。
さて、どうするべきか――と、内心で冷や汗を流しながら考え込んでいると、
『主上、奴らの相手は我にお任せを』
グラムが両手に大剣を構えて、堂々と宣言した。
『グラム……頼んだ』
とは言うものの、グラムだけであの数の相手は無理だろう。
『ほっほっほっ、では、そろそろこの老骨めがお役に立ちましょうかのう』
『え? ――長老!?』
突然響いた念話に大石柱の上を見れば、何と長老が飛び降りるところだった。
『ちょ、長老ぉおおおおッ!?』
突然の事態に反応できない俺の前で、長老の体が数十メートル下へと落下していく。
ああ、なぜだ、長老。
その歳で飛び降り自殺なんて。
確実に死んだ――と確信する俺の目の前で、しかし、長老は落ち着いた様子で魔法を発動させた。
地上から吹き上がった突風が長老の体を受け止め、ふわり、と足音もなく着地してしまう。
長老の魔法の腕が凄いのは知っていたが、まさかこんなことができるとは。
何か「強者感」が半端ないじゃないか……ッ!!
『ユグ! ヘリアンがベルソルたちをかいほーしたよー!!』
続いて、柱の上から戦場全体を見渡していたセフィが、そんな報告をしてくれた。
どうやら、ヘリアンが無事に封印されていたベルソルたちを解放してくれたようだ。
『そうか。よし……なら、ここからは総力戦だな』
おそらく、あの岩巨人どもを倒せば、俺たちの勝利は間違いない。
これでこの戦争は最終局面に突入するだろう。
だが、より確実に勝利を納めるために、俺は後方に控える戦乙女三姉妹たちに、こっそりと念話を送っておいた。
お読みくださりありがとうございます!
【お知らせ】
明日、6月15日に雑草転生3巻が発売いたします!
全編書き下ろしかつ完結巻、WEB版とは違うストーリーとなっておりますので、WEB版既読の方も最初から最後まで楽しめる内容になっているかと思います。
ちなみに二巻の後半からWEB版とは完全にストーリーが変わっておりますので、一巻、二巻と共にお手に取っていただけると大変嬉しいです!
現在、アース・スターノベル様のホームページにて、雑草3巻の特集ページを公開していただいております。下記URLからも見れますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
https://www.es-novel.jp/bookdetail/123zassou3.php




