第百一話 俺の魔力は1万だ
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バジリスクの外見を一言で表すならば、それは巨大なトカゲだ。
だが、これに「桁外れに」という言葉を付け足さねば、その巨大さを誤解なく伝えることはできないだろう。
まるで小山が動いているかのごとき大きさで、俺が直接見たことのある中では最大の魔物たるロック鳥すら、バジリスクならば一口で丸呑みにできそうなほどだ。なお、俺自身は除く。
そんな巨体の表面は、岩のように分厚く硬そうな鱗で覆われ、口から覗く牙は鋭い。長い尻尾は筋肉の塊といった風情で、見ているだけで力強さを感じる。
だが、もっとも特徴的なのは、何と言っても「三つの目」であろう。
普通のトカゲと変わらない位置に収まる二つの瞳。
そして頭部、人間ならば額の辺りに収まっている一際大きな三つめの瞳。
――魔眼。
ファブニル将軍から聞いてはいた。
聖獣バジリスクが持つ魔眼のことを。
だが、こちらに突進してくるバジリスクの瞳は、それがもう死んでいることを示すかのように白濁し、何者も映し出すことはない。
アンデッドと化した今、俺はバジリスクの魔眼の力は失われているはずだと予想した。
しかし、魔眼の力などなくとも、その巨体だけで十分に脅威だ。
小山のようなバジリスクが、足元で教国のアンデッドや死人兵たちを蹴散らしながら、猛然と突進してくる。
阻むものなど何もない。
阻めるものなど何もない。
既にベルソルが放つ「滅びの魔力」の効果範囲内にすっぽりと収まっているはずだが、その巨体ゆえか、あるいはバジリスクだけが特別製なのか、その肉体が活動を停止する様子はなかった。
緑の巨壁と化した石柱林に、バジリスクの巨体が突っ込んだ。
『――ッ!?』
「ぬうッ!?」
大音。
茨によって補強された無数の石柱は、しかし、一瞬だって受け止めることができなかった。
凄まじい轟音を立てて幾つもの石柱が砕け、折れ、バジリスクの巨体が石柱林に埋まるように収まる。石柱の上に陣取っていたエルフたちが吹き飛び、俺は声にならない悲鳴をあげた。その横で、長老も思わず唸り声を発する。
吹き飛ばされたエルフたちの安否が気になった俺は、慌てて目を凝らす。
『だい、じょうぶ……そうだな。一応は』
そしてほっと安堵した。
同じく石柱林の上にいたエムブラたちが自分たちも素早く回避しつつ、蔦を伸ばして吹き飛ばされたエルフたちを掴まえて救助してくれたらしい。
ナイスだエムブラ――と、内心で称賛しながらも、さてどうするかと気を引き締め直す。
石柱林の間を埋め尽くすベルソルたちの茨が、バジリスクの巨体を拘束するように、うぞうぞと蠢き出す。
その動きは素早く、次々と巨体へ巻きついていくが……、
『やっぱダメか!』
さすがに、あの巨体の動きを封じるほどの力はないらしい。
バジリスクが身動ぎするように体を揺する。それだけで巻きついた茨たちが容易く千切れ飛んでいく。
だが、問題はそんなことではなかったらしい。
バジリスクがその大きな頭を持ち上げた。
周囲一帯を睥睨するように、白濁した眼球がぎょろりと動く。
そして、死してなお体内に残るバジリスクの膨大な魔力が、中央の瞳、額の第三の眼に集束し――放たれたのを感じた。
色はない。
光もない。
音もない。
臭いもない。
それはただ、魔力が放たれただけに感じた。
だから、如何なる属性の魔法なのか、あるいはそうでないのかさえ分からない。
膨大な魔力が戦場に散らばるエルフを、ドワーフを、狼人族を、砂蜥蜴族たちを貫いた。
そして――静寂。
『な、なに……? おい? え、長老……?』
ビヴロスト側の、全ての者が動きを止める。
それが原因で生じた奇妙な静寂に戸惑い、思わず横を見れば、長老も同じく硬直したように静止していた。
思い出す。
バジリスクが持つという魔眼の力を。
てっきり使えなくなっていると勘違いしていたが、如何なる方法か、魔眼の力は失われていなかったのだ。
――麻痺の魔眼。
戦慄する。
これほど広範囲に、これほど大勢の者たちを同時に麻痺させるなど、あまりにもふざけた力だった。
だからこそ――不味い。
このままでは、抵抗も何もできないままに蹂躙されてしまう。
セフィの準備は、まだ整っていない。
どうすれば――と考えて、俺は気づいた。
『ん? 何で俺は麻痺してないんだ?』
今の俺は精霊体姿だ。
この姿は【生命力】と【魔力】によって作り出した仮初めのもの。
触れば手のひらに返る感触があるし、何かがすり抜けたりもしない。しかし、実体ではないのだ。
それが理由なのか? そもそも肉体を持たない相手は麻痺させることができない? それとも他に何か理由がある?
いくら考えてみても、麻痺の魔眼がどういったメカニズムで、対象を麻痺させているのかは分からない。しかし、周囲を見れば皆一様に――、
「むむぅー……」
――いや、目を閉じて集中しているセフィだけは何事もなかったかのように「準備」を進めているが、その横に立っているグラムでさえ、硬直して動けずにいるのだ。
それだけじゃない。
長老もグラムも念話を使えるのだ。こんな異常事態が起きているのに、何も反応がないというのはおかしい。口は動かずとも、魔力で会話する念話ならば、意思の疎通はできるはずなのに。
ということは、もしや麻痺すると魔力を操ることもできないのだろうか?
それは無詠唱で魔法を扱える者でさえ、一切の対抗手段がないことを意味する。あまりにも強力過ぎる麻痺能力だった。
『……長老、グラム』
俺はこの場にいる二人に、念話で告げた。
念話は使えなくとも、こちらの言葉は聞こえているはずだと信じて。
『あとは頼むぜ』
動けるのは俺だけだ。
ならば俺が何とかするしかない。
まだ戦いが始まったばかりで退場するのは不安でしかないが、他に選択肢はないだろう。
俺はふよふよと飛翔して、未だに魔力を放射しているバジリスクへ近づいていく。
対するバジリスクは動かない。近づく俺にも反応しない。魔眼による能力を使用していると動くことができないのか、それとも他に理由があるのか。
どちらでも良い。俺にとっては好都合だ。
『今の俺の最高の破壊魔法を見せてやる』
距離にして30メートルといったところだろうか。
俺の眼前にはお誂え向きに白濁した巨大な眼球がある。バジリスクの第三の瞳。これだけ大きければ外す心配はしなくて良いだろう。
俺は魔力を動かす。
精霊体を構築するのに使用した魔力。それは実に1万を超える。その全てをただ一つの魔法へと変換して放つ。
属性は光。
進化して以来手に入れたが、これまであまり使ったことはない属性だ。
だが、日々コツコツと練習を続けていたし、1万という膨大な魔力を消費するならば、大規模で高威力の魔法だって使える。
光を集束する。
晴れ渡った砂漠の日差しは強く、いつもより力強い手応えを感じた。発動する魔法は属性によって、その威力や規模や魔力消費が、周辺の環境に左右される。ならば砂漠という環境は光魔法にとってプラスに作用するのだろう。
光を集束する。
1万の魔力の大部分を、それだけに消費する。
大地に降り注ぐ陽光を集束する魔法は、光魔法でも最も基本的な魔法だ。魔力によって光を生み出す「発光」の魔法よりも、さらに基本の魔法。
だが、ただそれだけのことが超絶の熱量を生み出す。
俺の「知識」の中にもある。
規模にもよるが、陽光を集束させる太陽炉の焦点温度は数万度にも達し、分厚い鋼鉄すら数秒でドロドロに溶かすのだと。
おそらくはそれ以上の規模で集束した太陽光を、俺は放った。
だが、それだけでは片手落ちだ。
放った太陽光が、つまりは集束した光が大気中に拡散しないよう、残った僅かな魔力で「操作」する。光は拡散せず、集束したままに、文字通り光の速さで直進する。
ゆえに、回避できるわけがない。
まるで一条の流星のように、バジリスクの巨大な瞳を穿った。
光魔法――「貫く光条の槍」
「グギャアアオオオオオッッ!!?」
太く、熱い、光の槍が、バジリスクの瞳を貫いた。
いくら聖獣といえど、数万度を超える熱量に耐えられるわけがない。
バジリスクが苦痛の絶叫をあげる。大気が震え、痛みに飛び上がった巨体が大地を揺らす。
その額、第三の瞳があった場所には、反対側まで突き抜ける巨大な穴が開いていた。
穴の縁は炭化し、黒ずんでいる。そこから漏れ出す体液は蒸発し、シュウシュウと蒸気をあげていた。
バジリスクの身動ぎは、そう長くは続かない。
恐らくは脳がある場所を貫いた。生きていれば即死だし、アンデッドと化している今でも、その損傷は決して軽くはない。
そして、どうやら光の槍は、アンデッドにとっても重要な部位を貫いたらしい。
バジリスクが地を震わせて、緑の巨壁内部で倒れ伏す。
そこに動きはない。もう、動き出さない。
『倒せたか……』
教国が率いて来た最大最強のアンデッドを、思いもよらず倒すことができたようだ。
しかし、戦場には教国の騎士たちがいるはずで、アンデッドも教国兵もまだまだ健在だ。
心配は尽きないが、ここから先、俺にはもうどうしようもない。
精霊体を構成する魔力が失われて、さらさらと光の粒子となって体が崩れ去っていく。それと同時に、意識が遠退いていくのを感じた。
『ありがと、ユグ』
『おう、待ってるぜ』
意識が完全に消え去る寸前、集中していたはずのセフィの声がした。
それに何とか答えて、俺はビヴロストの戦場から姿を消した。
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