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第百話 石棺騎士の屈辱

石棺騎士視点です。


 ●○●



 戦の勝敗は戦う前から明らかなはずであった。

 むしろ、砂漠の都市ビヴロストにて待ち構える下等な砂蜥蜴どもが、戦という体裁さえ保てるかも疑問であるほどだ。

 石棺騎士団に連綿と継承される秘術にて生み出した死肉人形たちが数千、それから栄えある神聖イコー教国、西部大司教区の精鋭――とは言えないが、ともかく魔導銃を装備した強力な兵士たちが数千。合わせて1万にも及ぶ兵力に、忌まわしき大魔獣たるバジリスクを討伐し、これをそのまま死肉人形へと変えて従えているのだ。

 残ったビヴロスト側の兵力など、それこそ鎧袖一触に押し潰してしまえるほどの戦力。


 敗北はありえない。

 これは戦争ではなく、単なる蹂躙となるはずであった。


 だが、蓋を開けてみれば戦場となるビヴロスト東門前には、妙な輩がいた。

 ヴァナヘイムへ派遣された12人の石棺騎士たちの指揮官役――ひいてはこの軍団の総指揮官役をロカセナで留守番をしている最高司令官殿より賜った、石棺騎士バルド・レイドールは、行軍する街道の先に布陣する敵戦力を確認して、訝しげに眉を潜めた。


「何ですかぁ、あの柱は? それに、どうも蜥蜴以外も混じっているようですねぇ?」


 奇妙な柱が幾本も、横に長く立っている。まるでビヴロストを守る壁のように。

 そしてその柱の上には、明らかに砂蜥蜴族ではない者たちが陣取っていた。一様に見目麗しく線が細い姿だ。長い耳をよくよく観察するまでもなく、エルフだということは分かる。それも肌の白さを見るに、ヴァナヘイムに住まう砂漠エルフたちではない。森エルフどもだ。


 肝心要の砂蜥蜴どもは、なぜかエルフたちよりさらに背後、ビヴロストの市壁の上に陣取っている。

 立ち並ぶ石柱林の後方は良く見通せないが、僅かな隙間から何者かが待機しているのは微かに窺えた。だが、それが何者かまではバルドたち教国軍からは確認できなかった。


「はぁあん? なぜ森エルフどもがここに? ……援軍? ふぅん? 砂漠エルフどもならアルヴヘイムの残党たる森エルフどもと繋がっていてもおかしくはない。その関係で呼んだのでしょうかねぇ? いつの間に?」


 奇妙である。

 実に奇妙である。

 そして推測を口にしながらも、どこか腑に落ちない違和感もある。


 バルドの直感が気に入らないと告げていた。

 これが拮抗した戦力による戦いであれば、異分子たるエルフどもの存在に、もっと警戒し慎重になっただろう。

 だが、見るところエルフどもの数は少ない。あの程度の援軍で何をしようと言うのか。誰が見ても失笑を禁じ得ないような貧相な戦力である。


「…………。……まあ、問題はありませんか」


 バルドは冷静に彼我の戦力を分析し、奴らが如何なる隠し玉を用意していても、無意味だと結論する。

 何しろ数だけでも10倍近く、純粋な戦力ならばそれ以上の開きがあるのだ。おまけに桁外れの巨体たるバジリスクを突っ込ませれば、あのような石柱だろうが、その背後の市壁だろうが、積み木のように崩すことは容易い。

 それに何となれば、こちらの最大戦力はバジリスクでも教国兵たちでもない。12人「も」いる石棺騎士たちこそが、最大の戦力なのだ。

 やはりどうとでもなる。

 そう確信すると、バルドは他の騎士たちと共に支配する死肉人形たちに、魔力のパスを通じて「全力前進」と指示した。


 死肉人形たちが愚直に前進する。

 あの石柱林を迂回する指示が出せないでもないが、まったく放って迂回してエルフどもに一方的に攻撃されるのは気に入らなかった。

 それは愚かな感情論ではない。エルフどもは生意気にも魔法が得意な種族なのだ。完全に無視するのは、悪戯に兵力の損耗を招く行為だと誰でも分かる。


「…………時間稼ぎ?」


 石柱林の生えている領域には地面に穴が開いているようで、死肉人形どもが次々と落ちていく。

 そして穴に落ちた死肉人形に向かって、エルフどもが柱の上から攻撃していく。

 その光景に、バルドは呆れた。今のところ一方的に死肉人形が減らされているが、だから何なのか。エルフどもの数は少なく被害は軽微。いったい何のために、手間をかけてあんな物を設置したのか。明らかに労力に戦果が見合っていないではないか。

 森に住む未開の蛮族には、簡単な計算もできないのか。


 だが、とにもかくにも、エルフどもがそれほどの脅威でないことは明らかとなった。

 バルドは死肉人形の軍勢の奥、その後ろの教国兵たちに囲まれた本陣で周囲に立つ石棺騎士たちに告げる。


「死肉人形どもを操り、あの柱の左右から回り込ませるのです。柱のエルフどもは少数の戦力で引きつけておけば十分ですねぇ」


「「「了解」」」


 全体としては少数の死肉人形たちでエルフどもの攻撃を引きつけ、他の死肉人形たちが悠々と石柱林の端まで到達し、その背後へと迂回していく。

 だが、そうすると今度は柱の背後にいる者たちが現れて、死肉人形たちを迎撃し始めた。

 もちろん、そうなるであろうことは想定済みだ。次々と死肉人形たちが減らされていくが、やはり遠くから観察していても分かる通り、迎撃の戦力は多くない。


「騎士バルド、どうされますか?」


 石棺騎士の一人が問うてくる。

 バルドは微塵も狼狽えることなく、むしろつまらない出し物を見た気分で、冷淡に告げた。


「何も変更する必要はありませんねぇ。このまま押し潰して終わりです」


 両目に闘気を集中し、新たに現れた敵兵力に目を凝らす。

 バルドの視界に映る敵兵どもの容貌は、エルフでも砂蜥蜴どもでもない。今度は狼人族にドワーフだった。


(…………ふぅ~む?)


 指揮官として余裕の態度に僅かな疑念も周囲に抱かせぬよう、心の中だけで首を傾げる。

 狼人族どもは、まあ良い。あれは森エルフどもと深い交流があることは知っていた。問題なのは「件の傭兵ども」か否かという事だが……、


(違う。ガーランド傭兵団ではない)


 そこそこ鍛えている様子はある。動きは下等生物にしては良い。それでもクソ迷惑でウザったいガーランド率いる傭兵団ではないだろう。人数が違うし、何より毎度先頭きって戦場を荒らし回るガーランドが見当たらない。


(それにドワーフ? いったい何処から? なぁーんでエルフとドワーフが一緒にいるんですかねぇ?)


 エルフとドワーフの仲が悪いのは、教国でも周知の事実だ。一緒に行動しているのは如何にもおかしい。


「…………」


 気がつくと、バルドはカリカリと自身の左手人差し指の爪を噛んでいた。

 何か不安なことがあった時、あるいは苛立った時に思わずしてしまう、バルドの癖だった。

 本来ならいないはずの三種族がなぜここにいるのか。なぜ自分たちの邪魔をするのか。奴らは恥というものを知らないのか。大人しく教国に頭を垂れ、奴隷として奉仕すべき下等種族どもが、このバルド・レイドールの手をさらに煩わせるような予感を覚えて、際限なく苛立ちが増していくのを自覚する。


 その予感は当たってしまった。


 茨。

 大量の茨である。

 どこからか現れた夥しいほどの茨が石柱林の隙間を埋めるように覆い尽くし、死肉人形たちを養分にしてあっという間に成長を遂げ、それを緑の巨壁へと変える。

 それだけならば何ということもないのだ。エルフどもが植物魔法を操ることは、ドワーフが酒に目がないことと同様に広く知られた事実なのだから、予想の範疇を超えることはない。


 だが、茨の巨壁に近づいた死肉人形が次々と倒れ伏していくのは、どういうわけか?


「なんだと? 壊された? 無傷で? いや、違いますねぇ?」


 唐突に死肉人形に繋がるパスが切断された感覚。

 再度繋がりを構築しようと、右手に握る石棺魔杖ネクロノミコンから魔力の線を伸ばすも、魔力は虚しく死肉を撫でるばかりだった。いつもならばあるはずの、結びつくような手応えがないのだ。

 周囲にいる石棺騎士たちが、僅かに驚きの声を漏らす。


「どういうことだ? パスが繋がらないぞ」


「核が破壊されたのか?」


「攻撃は受けていないはずだ」


 茨のあちらこちらに薔薇の花が咲いた後、脈絡もなく死肉人形たちが倒れたのだ。自分達の術が何らかの方法でもって無効化されたことはもはや明らかで、それはバルドたちに決して少なくない屈辱を与えた。

 だが、無力化された数は、まだまだ1割にも満たない。

 問題はないはずだった。


「なに?」


 しかし、確かに倒れ伏し、死肉人形としての機能を停止したはずの死体たちが起き上がる。

 その直前、何か蔦のようなものが死体たちに絡みついていたような気がしたが、死肉人形を操っていた自分たちだからこそ分かるありえない事態に、気にする余裕はなかった。


「――ォォオオオオオオオオッッ!!」


 叫んだ。

 死肉人形たちが。

 そして走り出す。

 倒れ伏す前とは比べ物にもならない速さで。

 何体も何体も何体も。


 奴らは後続の死肉人形たちの間をすり抜け、教国兵たちの戦列に突っ込んで来た。

 そして暴れまわる。

 縦横無尽に。

 まるで生き返ったかのような素早い動きで、自我があるかのような巧みな技術を駆使し、狡猾にこちらの誤射を誘い、あるいは魔法まで放ちながら、自らの被害を気にすることなく暴れまわる。


「なんだ、これは……? ありえん」


 自分達の支配していた死肉人形の制御を奪われ、自分達が支配している時よりも高い性能を発揮している。

 目の前の現象を見れば、そう理解することもできる。

 だが、それはありえないのだ。あってはならないのだ。下等種族どもが自分達よりも優れた技術を持っているなど、絶対にあってはならないのだ。


「――ッ!!」


 左手人指し指の爪を噛み千切る。

 バルドは犬歯を剥き出しにして、激怒に顔を歪めた。

 激しい屈辱に身を焼かれたバルドは、けれど気づいた。


「バジリスクの制御までは奪えないのか……」


 死肉人形たちが倒れ伏し、制御を奪われるのは茨の巨壁を中心とした僅か数十メートルの範囲でしかない。そしてその範囲内に、すでにバジリスクは鼻面を突っ込んでいた。

 注意深くバジリスクに意識を凝らすと、確かに何かの魔力がバジリスクの巨体にまとわりつこうとしている。しかし、バジリスクはバルドたちが念入りに支配している個体であり、他の死肉人形たちとは異なる。敵の何らかの魔力も、バジリスクを活動停止に追い込むことはなかった。


 底が見えた。

 そうだ。所詮、相手は下等種族。自分達より優れているはずもないのだ。

 だが、そうと分かっても一度覚えた怒りは消えない。

 本来ならばもう少しビヴロスト側の戦力を減らしてから、決め手として投入するつもりだったが、予定を繰り上げてエルフどもに身の程を分からせてやることにした。


 バルドは一際強く繋がる魔力のパスを介して、バジリスクに命令を下した。


(突撃しろ。敵を悉く打ち砕き、魔眼の力で制圧しろ)


 バジリスクがその場で回転する。

 長大な尾を振るい、制御を奪われた死肉人形たちを惰弱な教国兵ごと吹き飛ばす。


「――グギャアアオオオオオッッ!!」


 そしてバジリスクは咆哮し、ドタドタと鈍重な様子ながら、巨体ゆえの意外なほどの速さで突撃を開始する。足元の死肉人形たちを蹴り飛ばし踏み潰すが、役に立たない人形など幾ら壊れても構わなかった。


 そしてすぐに、バジリスクの桁外れの巨体が緑の巨壁に衝突する。

 誰もが想像する通りに石柱が撓み、折れ砕け、緑の巨壁の半ば以上に巨体が埋まる。柱の上に乗っていたエルフたちが悲鳴をあげながら吹き飛ばされ、巨壁を成す無数の茨が、バジリスクを捕らえようというのか、うぞりと蠢いてその身に巻きついていった。


 だが、無駄だ。

 バジリスクが身動ぎすれば、細い茨など容易く千切れ飛ぶ。今や石棺騎士たちの忠実なる僕と化したトカゲの王は、白濁した「三つ」の眼球を見開き、これだけは死後も残っていた――否、バルドたちの秘術により、意図的に残るように調整した能力を解放する。


 魔眼――「視線を介す麻痺の毒(バジリスク)


 エルフが、ドワーフが、狼人族が、砂蜥蜴族が、ビヴロストの市壁の上に陣取る者たちも含めて、トカゲの王の視線を前に、その悉くが動きを止めた。奇妙な静寂が、数瞬、戦場を支配する。まったくもって異様な光景。絶対的な力の差だった。


「さあ……ここからようやく、虐殺の開始ですよぉ?」


 もはや異教徒の浄化という建前すらどうでもいい。

 一時とはいえ、このバルド・レイドールに屈辱を与えたクソどもを、皆殺しにするのだ。

 バルドはニタリ、と凄絶な笑みを浮かべた。


「死肉人形どもを突撃させるのです、一体残らず」


「「「ハッ!」」」


 配下の騎士たちに指示を出し、


「あなたたちも行きますよぉ? ――全軍突撃」


「りょ、了解しました!」


 伝令が走り、教国兵の各指揮官たちに指示を伝えていく。

 敵軍に動きは見られず、完全にバジリスクの魔眼によって制圧されていた。実に呆気ないものだ。最初からこうすれば良かった。

 だが、特別個体であるバジリスクの消耗をできるだけ少なくしたかったのも事実だ。ビヴロストを制圧して戦争は終わりではないのだから。

 勿体無くも、魔眼を使用してしまった。あと何回使えることか。


 頭の隅で今後のことに思考を巡らせながら、教国軍の進軍と同時にバルドも一歩踏み出そうとして、


「グギャアアオオオオッッ!!?」


「――あん?」


 突如としてバジリスクがあげた、苦痛を帯びた叫び声を聞いた。



雑草転生2巻が10月15日発売予定です!

アーススターノベル様のホームページにて、書影も公開されておりますので、にじまあるく先生の美麗イラストを是非、ご覧になってみてください!

1巻ともども、よろしくお願いいたしますm(_ _)m


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[良い点] 更新ありがとうございます。 ナチュラルに差別思考! 最高だよ!一切良心の呵責がない!
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