第九十九話 造られし命と死人兵
前半エムブラ視点です。
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エムブラの視界の先には、ばたばたと倒れ伏す数多のアンデッドたちがいる。
ベルソルたちの能力により、その偽りの命に滅びという終わりを与えられ、眠るように活動を停止していくアンデッドたちだが、その肉体は形を失っていない。
人の形をした物。
屍。
これらを戦力に仕立て上げる。
人の骸を道具のように扱うのは、教国と同じ所業だろうか?
いや、それは違う――とエムブラは考える。
魂はすでに輪廻の輪に還っていても、その肉体に刻まれた教国に対する悲しみや怒り、憎しみなどの思念は、まだそこにあった。
無念。
あるいは残留思念。
向かう先のないそれらに、向かうべき場所を。
救われない想いに、救いの手段を。
「さあ……救済を、始めよう」
「「「はい、エムブラ様」」」
エムブラが静かに宣言し、石柱林に散らばる4人の配下たちが頷いた。
彼らは皆、エムブラと同じく金色の髪に翡翠色の瞳をした人物だ。エムブラのように中性的というわけではなく、男性は男性らしく、女性は女性らしい体格と顔立ちをしていた。しかし、どちらもエルフのように整った外見をしているのは変わらない。
白い祭服を身に纏った、男性が2人に女性が2人の集団である。
かつて蔦型のプラントゴーレムであった者たちが、進化した者たち。
男性は『樹精霊の占星術師』
女性は『樹精霊の吟遊詩人』
――へと、進化した。
どちらも祭司としてのドルイド同様、宗教的組織における位階の名を持ち、その能力はエムブラと非常に良く似ていた。
すなわち、補助と弱化、あるいは回復である。
しかしながら、やはりその能力は本来の力の一側面でしかない。
エムブラを含めた彼ら本来の能力は、生命に干渉するための能力だ。
この能力がより顕著に発現したのが、エムブラの固有スキルである『造ラレシ命』なのである。
「クレマチス、マシュア、アイビー、ペトレア、僕に合わせて」
「「「了解いたしました」」」
男性のクレマチスにマシュア、女性のアイビーにペトレアがそれぞれ頷く。
彼らの名前は、森神たるセフィから賜った名であり、これを改名するなど今では考えられない。具体的には「蔦朗」「蔦夫」「蔦子」「蔦美」などという名前には、断じて。
ともかく、エムブラは蔦三郎、という名前を脳内から消し去るように頭を振ると、自らの体の一部――両足を蔦へと変化させ、石柱林の方々へと伸ばしていく。
同じく両足を蔦へと変化させたクレマチスたちも蔦を伸ばし、彼らの伸ばした蔦と自らのそれを接合させるように『同化』した。
これでエムブラ含めた5人の【魔力】と【生命力】、それから各種スキルを共有することができる。
「さあ、無念を晴らすんだ」
蔦は石柱林の前方の端から、前へ前へと伸びる。
地面へ垂れ下がり、多くの蔦植物がそうであるように、どこまでも侵食するように伸びていく。
その先が触れるのは、数多転がる人々の骸だ。
蔦の先端が肉体へ侵食し、そこから【魔力】と【生命力】を流し込んでいく。すなわちスキルという形の、それらを。
固有スキル――『造ラレシ命』
それは生命に干渉するための複合スキルだ。
このスキルを応用して、エムブラは様々な魔物たちを制限はあれど、支配下に置くことができる。しかしそれは、スキル本来の使用方法ではない。
このスキルの本領は、その名の通りに「命を造る」こと。
神がそうしたように死から生へと循環する不滅の魂を創造するわけではない。所詮は定命の者が、神の御業を模した、劣化品に過ぎない。
しかれども、死霊魔法のように意思を縛り道具として使い潰すわけでもない。
造られた命は、自由意思を持つ。
そしてそれゆえに、その者本来の力を発揮することができる。
骸に流れ込んだ魔力と生命力は、そこに在る残留思念を取り込んで仮初めの魂を宿し、無念を解消するために動き出す。
――立ち上がる。
「――ァァァアアアアアアアッッ!!」
――叫ぶ。産声をあげるように。
次々と、次々とあちらこちらで骸が立ち上がり、動き始める。
そんな彼ら彼女らが走り出し、肉体に埋まっていた蔦が切れるより先に、
「――生まれし命に祝福を」
森の祭司が祝福を贈る。
「「生まれし命に幸いなる門出あれ」」
森の占星術師たちが凶兆を祓い、吉兆を告げる。
「「生まれし命に歓びの讃歌を」」
森の吟遊詩人たちが讃美歌を歌い、彼らの短き生命の幸福を願う。
複合補助魔法――「冬は終わり春が来る」
肉体を、精神を、魂を奮わせる暖かな歌が降り注ぐ。
それは全ての能力を向上させ、魔力と生命力の回復を速め、治癒を促進する。
――走り出した。
つい先ほどまで、骸だった者たちが歓喜に叫びながら、走り出した。
向かう先は教国の軍勢。
自らを殺した者たちに、その報いを。恨みを、憎しみを、殺意を――無念を晴らす機会を得たことに、歓喜の叫びをあげながら。
「存分にやると良い……」
エムブラは走り出す彼ら彼女らを眼下に眺めて、まるで我が子の頑張りを見つめる慈父のごとき笑みを浮かべた。
●○●
エムブラによって仮初めの魂を与えられた死体たちが、立ち上がり叫んで、そして走り始めた。
その動きは教国のアンデッドゴーレムとは一線を画する。
というより、見た目以外はアンデッドには思えない。
動きは速く、補助魔法をその身に受けた彼ら彼女らは、おそらく生前よりも高い身体能力を発揮しているだろう。
そして何より、彼らには残留思念――生前の無念を基にしたものとはいえ、自由意思があった。
『アンデッドを全部無視していくな』
「彼らにとってアンデッドは同胞や隣人や家族でしょうから、襲うのは教国の者どもだけ、というわけですな」
長老の言葉は正しい。
彼らはまだまだ押し寄せるアンデッドたちの間を縫い、バジリスクの巨体の横を通り抜け、その背後に位置取る教国軍へ向かって駆けていく。アンデッドたちも彼らを敵とは判断できないのか、邪魔をすることもなく背後へ通していた。
そして程なく、獣のように疾走した彼らは、教国軍に襲いかかる。
教国軍は隊列を組み、長い筒状の武器――魔導銃を用いて鉛の弾丸を雨霰と高速で撃ち出し、迫り来る者たちを撃退せんとする。
鉛の弾丸が当たった者たちの腕や足、あるいは頭が吹き飛んで行動不能に陥るも、しかし、その数はそう多くはない。
魔導銃の命中率が低い――というわけではなかった。
対する彼ら――仮に死人兵とでも呼ぼうか――の動きが、教国軍兵の想像を上回ったのだ。
死人兵たちにかけられたエムブラたちの補助魔法。
それは彼らの動きを一段階上のものにした。その多くが一般人であったはずの死人兵たちは、まるでレベルを上げた強者のように、あるいは野生の獣のような素早い動きでジグザグと進む方向を小刻みに変えながら、銃弾に対する恐れもなく疾走していく。
これだけでも弾丸を当てるのは困難になるだろう。
加えて、元々レベルの高いヴァナヘイム軍の兵士も交ざっていたようで、そんな者たちはさらに激しく素早い身のこなしで教国軍に襲いかかっていく。
命を惜しまない決死の突貫は、その数に比して大きな被害をもたらした。
だが、教国軍に対して死人兵の数は圧倒的に少ない。一時的に崩れた戦列も、すぐに後列の者が前に出て修復する。敵の戦列を打ち崩すには数も力も足りていない。全体として被害は軽微で、大きな意味のない反撃に終わるかと思われた――が、
『おいおい、魔法使ってるぞ!!』
俺は遥か視線の先で展開された光景に、思わず驚愕の声をあげた。
教国軍に襲いかかった死人兵たちの内、およそ3割ほどの者たちが、なんと魔法を使っているのである。
炎の玉が飛翔し爆炎をあげ、土の槍が地面から飛び出し敵を串刺しにして、風の刃が密集した戦列に放たれ、当たるを幸いに滅多斬りにする。
「ぎゃああああッ!!」
「なんだコイツらは!?」
「なんで俺たちを!?」
教国兵たちの絶叫があがる。
魔法だけじゃない。死人兵たちの動きは知恵と意思持つ生者の動きと遜色ない。敵の攻撃を避け、誘導し、自滅を誘い、あるいはフェイントを織り混ぜた技巧溢れる戦いを演じる者もいれば、戦場を縦横無尽に走り回り、敵の隙を突く者もいる。
「ふぅむ……生前の技術や知恵を持っているのですな。命を惜しまぬ戦い振りと合わさり、凄まじい戦果をあげておりますな」
長老も死人兵の活躍に思わず唸るほどだ。
生前の技術や知恵を持ち、自らの被害を恐れず攻め立てる死人兵たちの活躍は凄まじい。
こちらの予想以上の戦果だ。
しかし――、
「動きましたな」
『ああ、当然、すぐに対応するよな』
巨体に見合わぬ意外な速さで歩みを進めていたバジリスクが、その足を止めた。
それからその場で一回転するように、長く太く強靭な尾を振るったのだ――味方ごと。
「ぎゃああああああ~!!」
「やめッ、やめぇ~ッ!!?」
吹き飛ぶ。
数多のアンデッドたちが、死人兵たちが、そして死人兵たちに襲われていた教国兵たちが絶叫をあげながら巨大な質量に弾かれ、吹き飛んでいく。
ひどい損壊を免れたアンデッドと死人兵たちは立ち上がるが、教国兵たちは絶命した者もいれば、その場で呻くだけの者もいた。
どうやら敵は、多少の損害は気にしないらしい。
それよりも、死人兵に奥へ攻め込まれることを嫌ったのか。
即断即決と言えば聞こえは良いが、非情な判断だ。
『バジリスクにベルソルとエムブラの力が通用すれば良かったんだが……流石に無理か』
ベルソルの力で敵の支配を無効化し、エムブラの力で仮初めの魂を与える。そう出来れば良かったのだが、流石にバジリスクのような大物ともなると、その支配は強く、手放すはずもなかった。
死人兵たちを吹き飛ばしたバジリスクだが、そのまま背後へ抜けた彼らに追撃するかと思いきや、前方――石柱林に向き直る。
吹き飛ばされた死人兵たちの多くは無事だが、バラバラに吹き飛ばされた結果、そこかしこで各個撃破されつつあった。もはやバジリスクによる追撃は不要だと判断したのだろう。
『……早すぎる』
俺はじりじりとした焦りを感じて呟いた。
アンデッドたちを前面に押し出し、教国兵の損耗を抑えるのが奴らの戦術だったはずだ。
その本質は今も変わってはいないのだろうが、同時にバジリスクを後詰めにして確実にビヴロストを攻め落とす手筈でもあったはず。
こちらにアンデッドは無力化されるとそうそうに判断し、その戦術を変更したのだろう。まずは邪魔な石柱林を破壊するために。
それは時間を稼ぎたいこちら側にとって、厄介過ぎる判断だった。余裕を見せて後々まで温存してくれていれば良かったのだが。
「――グギャアアオオオオオッッ!!」
白濁した瞳を持つトカゲの王が、甲高くひび割れた叫び声をあげる。
足元のアンデッドたちを蹴り飛ばしつつ、猛然と石柱林へ向かって突進を開始する。
それを止める手立ては、まだ俺にはなかった――。
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