第九話 エルフの里での日常
気がつけばブックマーク100件超えていたようです( ゜д゜)
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前の俺の影響があるのだろうか、今の俺は植物だけど普通に寝る。
夜は光合成もできないし、寝る時間だ。
もちろん眠らないことも可能だし、何かあればすぐに起きるのだが、それでも眠りというのはやはり必要だと思う。長い夜の時間を何もする事なく一人で過ごすのは、中々に苦痛だからだ。
何か夢中になれる娯楽でもあれば別なのだろうが、森の中のエルフの里にそんなものは存在しない。
なのでセフィがおねむの時間になれば、必然的に俺も就寝するのがここ最近で日常となっていた。
――ぬお? 朝かー……。
セフィと共に暮らす事になってから、はや数日が経過した。
俺の目覚めはエルフの里でも一番早い。
里の中で最も高い場所にあるセフィの家。その窓際に置かれたベッドのそばに、俺の寝床たる鉢植えは置かれている。ゆえに窓から差し込む朝日を一身に浴びて、俺の一日は始まる。
ちなみに目覚めが最も早い理由は、セフィの家が最も早い時間に日の出を迎えるからだ。地上よりも高い場所の方が、日の出が早いという知識が俺にはあった。実際、窓から下を見下ろしてみると、エルフの里の地上部分に日の出の光は当たっておらず、まだ朝を迎えていない事がわかる。
――ふむ……まだ寝かせておいてやるか。
朝日で光合成を再開しながら、すぐそばのベッドの上へ視線を飛ばす。
そこではセフィが実に幸せそうな寝顔で熟睡している。まだ起きるには早すぎる時間であるし、俺は起こさず光合成に専念する事にした。
ちなみに、いま俺が植わっている鉢植えでは『エナジードレイン』ができない。
土が少ないために、すぐに栄養素その他が枯渇してしまうためだ。
その点は不便だが、森での生活より移動する事の多い現状、地下茎を蓄えても移動が面倒になるし、すぐに消費する事になるので不便とは感じていない。
俺はしばらくの間、窓から流れ込んでくる早朝の爽やかなそよ風に枝葉を揺らし、光合成に勤しんでおく。
そうしてしばらく経ち、エルフの里全体が朝日に包まれる頃――、
――お、来たか。
『魔力感知』が、あの不可思議な蔦を使って大木を昇って来る存在を捉えた。
平均的なエルフ一人分の魔力。
その存在はセフィの家の前まで到着すると、躊躇う様子もなく玄関(といって良いのか? ともかく入り口だ)から中へ入って来た。
それは色素薄めの茶色の髪を複雑に結い上げた女性で、人間で言えばだいたい二十歳くらいの外見をしている。実年齢は怖くて聞いていないから不明だ。
彼女の名前はメープル。
セフィのお世話係らしく、毎朝この時間になると起こしにやって来る。
室内に入って来たメープルは、一度立ち止まると俺の方へ視線を寄越し、
「~~、~~」
何事かを言うと、軽く頭を下げた。
おそらく朝の挨拶だろう。対する俺も返事をするように軽く枝をわさわさと動かして見せると、メープルは柔らかく微笑んだ。
いや、初日は悲鳴をあげられたもんだが、今では朝の挨拶もスマートに交わせるほどの仲である。
「~~、~~」
メープルはベッドで寝ているセフィのもとまで歩み寄ると、その体を優しく揺り動かしながら起こす。
セフィは最初、眠そうにしながらもゆっくりと覚醒していき、
『おはよう、ユグ』
――ああ、おはよう、セフィ。
子供ゆえの寝起きの良さなのか、一度目が覚めるともう眠そうな様子もない。
にっこりと朝の挨拶を交わすと、メープルに甲斐甲斐しく世話されながら、朝の支度を整えていく。
メープルが部屋の端に置いてあった大きな器をテーブルの上に置くと、手を翳して何やら唱えていく。同時に、彼女の体内から魔力が放出されるのを知覚する。
「~~~」
器の少し上に何処から湧いたのか水の塊が浮かび、静かに器の中へ落下していく。
魔法。
水生成の魔法だ。
さすがはエルフというべきなのか、彼らは魔法が得意な種族であるらしい。このように生活の中でちょっとした魔法を駆使する光景を、ここ数日何度も目にしていた。
俺の知識にも魔法の存在はあった。
しかし、魔法が使われる光景を見ていると、どうにもワクワクして止まらない。憧れのような感情も浮かび上がって来るのだ。
どうやら魔法の存在を知ってはいても、前の俺は魔法というのを使う事はできなかったようだな。それゆえの憧れなのだろう。
――ふっふっふっ、しかし、今の俺は一味違うぜ。
ここ数日、魔法について出来るだけ多くの事をセフィから聞き出していた。
要領を得ない彼女の説明によれば、魔法を使うには二つの絶対的な条件があるらしい。
一つは魔力。魔法を使うためのエネルギー。
そしてもう一つは属性。魔法を使うための才能というか、素質。魔力を現象へ変化させる上で必要となるもの。
その二つのどちらとも、今の俺は所有しているのだ。
つまりどういう事か?
そう、今の俺は魔法が使える――って事だ。
正確にはその素養があるという事で、目下魔法習得を目指して修行中なのである。
まあ、この事については後述するとして。
器に水が溜められた後は、セフィは顔を洗い、口の中をすすぎ、金色の髪に櫛を通してもらって寝癖を直す。それからメープルの手によって見事に結い上げられ、長い金髪は動くのに支障ないように纏められていく。
最後に寝間着から着替えると、準備は完了だ。
『じゅんびできた! ユグ、いこう!』
――おっしゃ、じゃあ行くか。
セフィの準備が整うと、俺は鉢植えから根っこを引き抜く。
そんな俺をセフィが抱えるので、俺は根っこをわしゃわしゃと動かしてセフィの左腕に巻きつけ、落っこちないように体を固定する。
ちなみに、エルフの里では朝食は食べないらしい。
少し早めの昼食を摂り、後は夕飯を食べてから寝る、というのが普段の生活サイクルのようだ。
「~~~!」
「~~~」
セフィがメープルに「いってきます」と挨拶(たぶん)をする。
メープルは出掛ける俺たちを見送り、セフィの家の掃除やら洗濯、それから昼食の用意などをするようだ。
ともかくそうして家を出ると、太い枝から地面に向かって垂れ下がる蔦にしがみついて少量の魔力を流す。すると蔦が地面に向かってゆっくりと伸びていく。自然素材100%な天然のエレベーター(?)だ。
地面に降り立つと、セフィの「お仕事」が始まる。
幼女なので毎日遊んでいるかと思えば、どうやらセフィに課せられた――というか、里のためを思ってセフィが自主的に行っている日課……もとい、仕事があるようだった。
『じゃあ、きょうもみんなをおうえんしていきます』
――うむ、やってくれたまえ、セフィ君。
『かしこまり』
セフィのお仕事とは、里の木々や里を囲む茨の壁を「おうえん」していく事である。
おそらくこれは魔法の一種なのではないかと考察している。というのも――、
『がんばれー!』
まず最初に「おうえん」するのは、セフィの家がある里一番の大木だ。
その幹に手を当てて、言葉と共に魔力を流していく。
セフィの魔力総量からすれば大した量ではないが、今の俺からすれば膨大と評するになんら違和感はない魔力。
それが大木の隅々にまで広がっていくのが知覚できた。
すると、心なしか大木が活力に満ち溢れ、生き生きとし始めたように見える。
セフィによれば、こうやって「おうえん」する事によって病気に強くなり、より大きくより頑丈に成長することができるのだとか。
里の中の木々が、周囲の森の木々に比べて明らかに大きいのも、セフィの「おうえん」の賜物であるらしい(本人談)。
『よしっ! げんきになった!』
「おうえん」が終わるとセフィは満足気に頷き、けれどキリリとした表情で次の木へ向かう。
『じゃあ、つぎのきにむかう』
――おう。
『はやくしないと、ひがくれてしまう』
――そうだな。
『まったく、セフィはまいにちいそがしい』
――お疲れさまです。
『ちょーつかれるから、ユグにはセフィをおうえんしてほしい』
――任せろ。
『あと、げんきになるいつものやつも』
――じゃあ、仕事終わったら作ってやるよ、桃。
『おー!』
そんな感じで、「おうえん」するセフィを応援するのが俺の役目だ。
あと、仕事終わりの一杯みたいな感じで、果物を要求してくる。最近では桃が一番のお気に入りらしい。
セフィは里中の木々を「おうえん」していき、それが終わると今度は茨の壁をぐるりと見て回る。補修が必要なところがあれば、植物魔法らしき何かで茨を操り穴を塞いだり、千切れた茨を癒したりしていく。それから最後に全体へ「おうえん」して、セフィの仕事は終了だ。
ここまでで、だいたい昼食の時間になる。
なので一旦家に戻り、メープルが用意していた昼食を食べる。それから少しだけお昼寝をして、起きたらまた外へ出掛ける。
ちなみにセフィが昼飯を食べている間、俺も鉢植えに戻り水や栄養を補給する。
その際、メープルが用意してくれる小さな魔石や、狩った動物を解体した時などに出た端材などを肥料として、『種子生成』でセフィに催促された桃を生み出す。これは昼食後にセフィがデザートとして食べる。
用意された肥料が多い時などは、もう一つ生み出してメープルにも御馳走したりする。
それでも栄養が余れば、鉢植えの中に小さな『地下茎』を生成しておく事もある。
これは最近気づいたのだが、一度地下茎と切り離されても再度繋がることはできないが、『エナジードレイン』を使うことで蓄えた栄養などを吸収することはできるようだ。
なので今は、里のあちこちに小さめの地下茎を蓄えていたりする。
まあ、問題は早く回収しないと芽を出しそう――って事だろうか。そのまま成長させれば、たぶんウォーキングウィードになるんじゃないかと推測しているのだが、試してみた事は一度もない。
いや、なんか恐いし。
ともかく、昼食後のお昼寝から目覚めたセフィと俺は、もう一度外へ。
やって来たのは里の広場だ。
そこにはエルフの幼子たちが何人か集まっている。
俺は広場の目立つ場所に植えられ、しばらくここで過ごす事になる。
セフィと幼子たちは皆で遊ぶ――もとい、修行をするのが日課であるらしい。
修行をするのだと聞いた俺は、以前、セフィに聞いてみたのだ。何のための修行なのかと。あるいは将来、成りたいものでもあるのかと。
セフィはふんすっと、勢い込んで答えたものだ。
『さいきょうのけんしになるっ!』
――なんでだよッ!?
最強の剣士とはあまりに予想外な回答であった。
魔法が得意なエルフらしからぬ目標だ。
俺はずびしっと枝でセフィの腕を指し示しながら、
――そんなぷにぷにの細腕で、どうやって最強の剣士になるんだよ。
『だいじょぶ。あとちょっとすれば、むきむきになる!』
――無理だろ。現実を見よう?
『むりじゃない。ゆびさきひとつで、くまさんもばくさんできるようになる!』
――それはもう剣士じゃないだろ。
などという会話が繰り広げられたが、どうやらセフィの決意が固い事だけは確かであるようだった。
そんなセフィは里の子供たちと一緒に修行をする。内容は木の枝を使ったチャンバラごっこから、体力強化のための追いかけっこ。あるいは虫捕りなど。
その間、俺も暇をしているわけではない。
『光合成』と『エナジードレイン』を発動しながら地下茎の生成をしたり、あるいは里のエルフたちが魔石や肥料を持って俺のところへやって来ることがある。
「~~~」
何を言っているのかは相変わらず分からないが、俺の果物を欲しているらしい事は理解できる。
俺は与えられた肥料を『エナジードレイン』で吸収し、その半分くらいを手間賃として回収しながら、残る半分のエネルギーで果物を作る。
林檎だけだと飽きてしまうかもしれないので、梨、葡萄、柿、桃、蜜柑などなど――とにかく色々な果物を作ってみせる。
その内、特に気に入った果物があるエルフは、肥料と一緒にその果物を持ってきて指差しながら何事かを説明するようになった。
おそらくこれを作ってくれ、とでも言っているのだろう。
俺がその通りにしてやると、嬉しそうな表情を見せるので間違ってはいないようだ。
そんな感じで、俺の存在は実にあっさりとエルフたちに受け入れられていた。
だが、のんびりと果物だけを作っているわけでもない。
俺は常に上を目指す意識の高い雑草なのだ。セフィが遊――いや、修行している間に、俺だけが無為な時間を過ごしているわけにもいくまい。
では、俺にできる修行とは?
それはもちろん、魔法の修行である。
正直な話、魔法を初めて見た時から使いたくて堪らない俺がいる。
強力な攻撃魔法をバンバン放ち、森の魔物どもを駆逐する俺。それは何だか格好いいと思う。たぶんセフィも『すごい! ユグ、かっこいい!』と目を輝かせて言うはずだ。
なので俺は、セフィから聞き出した話をもとに独自に魔法の修行をする。
俺が持つ属性は「地」
セフィの話によれば、地属性は「土魔法」「鉱物魔法」「植物魔法」の適性があるらしい。
それらの魔法であれば、修練次第で会得することができるようだ。
可能性は無限大である。
そして、魔力を動かす感覚は、すでに体得していた。『種子生成』や『地下茎生成』を発動する時に、何度も魔力を消費しているのだから当然だ。
あとはどのように魔法を発動させるか。
呪文を唱えてみた。
――大いなる大地の精霊よ、岩の槍と化して我が敵を穿て! アースジャベリンっ!!
ダメだった。
ただ恥ずかしいだけだった。
イメージが足りないのかと思い、頑張って想像してみた。
――アースジャベリンっ!
ダメだった。
悲しくなるだけだった。
魔力が足りないのかと思い、さらに多くの魔力を使ってみた。
――アースジャベリンっ!
ダメだった。
徒労感に襲われるだけだった。
他にも色々、魔力を体の中で循環させてみたり、一ヶ所に凝縮させてみたり、拡散するように放出してみたり、いきなり難易度の高い魔法だから失敗するのかと、小さな穴を掘ろうとしてみたり、レンガっぽい岩の塊を作ろうとしてみたりもしたが、すべて失敗した。
だいたい、セフィの魔法を使う時の説明も、
『ぐわーってまりょくをだして、うごけーっとか、おおきくなれーっとか、がんばれーっとかいうと、つかえるよ?』
という説明だった。
その説明通りにやってみたつもりだ。しかし失敗。
これはもう、セフィの説明以外の何かが必要だとしか思えないが、セフィにはそれが何か分からないらしい。
かといって他のエルフに教えを乞おうにも、まず言葉が通じないのだ。
――アースジャベリンっ!
一縷の望みにかけて、今日もアースジャベリンするが、やはり成果はなさそうであった。
そんな時だ。
『ほっほっほっ、精霊殿は土魔法が使いたいのですかな?』
珍しくもだいぶ老いた姿のエルフが現れた。
髪は白髪で、伸びた眉毛が目を隠し、真っ白な髭も胸の辺りまで伸びている。背筋こそ伸びて矍鑠とした様子だが、杖をついて歩くその姿は、まさに――、
――長老……。
であった。
いや、この里に来てから会うのは初めてだけどね。
『さすがは精霊殿ですかな、儂のことを既にご存知とは』
念話でそう告げる老人の言葉。それは確実に、俺の言葉に対する返答であったのだ。
――俺の声が聞こえるのか?
『姫様ほどはっきりとでは、ありませんがの』
老人はどこか愉しげな笑みを浮かべて、頷いた。




