プロローグ
はじめまして。天然水珈琲と申します。
これからよろしくお願いしますm(_ _)m
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我思う故に我在り……とは言うものの、いったい何時から「俺」が存在しているのかは分からなかった。
こうして思考し、自らと自ら以外の周辺を知覚し、明らかに「俺」という自我がある。だが、ここに存在するはずの「俺」という自我がどうやって芽生えたのか、それまで俺がどのように生きていたのか、自分自身に関する記憶がほとんど存在しないのだ。
俺って誰だっけ……?
いや、俺って何だっけ……?
つらつらと考えてはみるものの、どうにも正しい答えは得られそうにない。
というのも、俺って昔は二足歩行で立って歩き、言葉を話していたような気がするのだ。服も着ていたような気がするし、仕事もしていたような気がする。家族もいたような気がするし、家もあったような気がする。周りには俺と同じような生物がたくさんいて、社会という集団を形成していたような気がする。
なぜかは不明だが、俺の中に存在する知識によれば、それは人間という生物であるらしい。だが、今の俺は明らかに人間ではあり得ない姿をしていたのだ。
密集する木々の梢によって昼でも薄暗い森の中、柔らかい森の腐葉土に根を伸ばし、時おり吹き抜ける風に緑色の葉っぱをそよそよと揺らす。
俺の中の知識に照らし合わせれば、それは「雑草」という生物だった。
いや、雑草というのは数多の植物の総称のようなもので、学術名、というのがあるはずだとは思うのだが、俺にはそれを判別するための知識が足りない。
だが、それでも明らかにおかしい事はわかる。
雑草って、俺みたいに考えたりしたっけ?
思考するための器官が脳なのだとすると、それがない雑草は思考できず、よって自我も存在しないと思われる。だが現実には、俺という存在はここでこうして考え、俺という自我を認識している。
雑草って、視覚があったっけ?
視覚を得るために必要な器官が眼球だとすれば、眼球を持たない雑草に視覚は存在しないはずである。なのに俺は自分自身を中心として、それなりに広い範囲の光景を「目視」することが出来ている。
いや、それどころか。
俺の全身を撫でる風の感触も、森の中の清浄な空気の匂いも、時おり梢の間から漏れて俺に降り注ぐ太陽の光の暖かさも、俺は感じて認識することができていた。
実は俺の知識が間違いで、雑草というのはその全てが思考し、自我を持ち、周辺の状況を味覚以外の四感で把握することができる――という可能性も、否定することはできないだろう。少なくとも俺のように実際に雑草になってみた者以外には、どれだけ可能性が低くとも断定することはできないはずだ。
とはいえ。
俺のこの知識がどこから来たのかも、確然として明らかにすることはできない。
なぜか「転生」という言葉が浮かぶ。
もしかしたら俺は、人であったものが雑草へと転生したのではないか、と。
まったく荒唐無稽で頭がおかしい推測ではあるが、俺の心は「転生」という言葉になぜか納得を浮かべているのだ。
いやいや、何より――「コレ」だ。
【固有名称】なし
【種族】ウォーキングウィード
【レベル】1/20
【生命力】3/3
【魔力】2/2
【スキル】『光合成』『魔力感知』『エナジードレイン』『地下茎生成』『種子生成』
【属性】地
【称号】『考える草』『賢者』
【神性値】0
俺って何? どうなってんのこの体?
とかとか。
色々と考えていた時だ。どうやって見ているのかも分からない視界の中央に、この奇妙な文字列が浮かび上がったのである。
どうやら日本語ではないようだが(日本語って何だ?)、問題なく意味を理解する事ができた。
そしておそらくは、この表示された情報が俺の事について書いてあることもすぐに理解できた。
見た瞬間に「ステータスだコレ」という思考が反射的に浮かび上がったので、もしかしたらこれは俺にとって馴染み深いものだったのかもしれない。
ともかく、この暫定ステータスによると、俺は「ウォーキングウィード」という種族……生物らしい。
意味としては「歩く雑草」と言ったところだろうか。
え? 歩けんの、俺?
草って歩けるんだっけ?
そんな疑問が沸き上がるが、ともかく動いてみる事にする。
すると――、
ずるり。
ぺたん。
ずるり。
ぺたん。
根っこを土から引き抜き、前へ出して地面に着き、体を支える。
その動作を二回。
筋肉もないのになぜ歩けるのか甚だ不思議であったが、歩けることは事実であるようだった。
しかし――、
ずぶずぶ。
滅茶苦茶疲れる。
たったの二歩進んだだけで、疲労困憊であった。
本能が為せるわざなのかどうか、俺は地面の上に出した根っこを土の中にずぶずぶと沈めていく。ただ地上に根を出して体を支えているだけでも疲労が溜まっていくからである。
体力というか生命力というか、何かを激しく消耗している気がしてならない。
ふと気になってステータスを確認をすれば、何を消耗したのかがはっきりと分かった。
【生命力】1/3
【生命力】の値が1に減っていたのである。
もしかしてこれが0になると死んでしまうのであろうか?
確認したくもない。
【生命力】が減ると激しい疲労感に襲われることは実感したので、出来るだけ減らさない方向でいこう。
まあ、ともかく。
これで俺が歩ける雑草である事は確認できた。
大して歩けないのが現状であろうとも、ステータスに記されている情報は事実である可能性が高いようだ。
ならば他の項目についても、色々と確認が必要だろう。
そう思い、ステータスの【スキル】の欄に意識を集中する。その中の『光合成』について詳しく知りたいと考えてみれば、ステータスから別枠で表示されるものがあった。
【スキル】『光合成』
【解説】体内に持つ光合成色素に光エネルギーが照射されることで、水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を生成し、大気中の魔素と自身の念子から魔力を生成する反応。生命力と魔力を作り出す。
【効果】生命力と魔力を回復する効果がある。
どうやら欄内に表示された情報の詳細を見ることができるらしい。
俺の知識にある『光合成』とは微妙に違うような気がしないでもないが、だいたい合ってる感じもするので信じる事にしよう。
俺は別のスキルを確認していく。
【スキル】『魔力感知』
【解説】周辺に存在する魔力または魔素を観測することができる。「高レベル」「上位種族」「称号・賢者」などの条件を満たす場合、他の感覚を補完することも可能となる。
【効果】魔力または魔素を観測する。
うん?
何だか【解説】と【効果】の説明が被っている気がする。しかも【効果】の説明だけが簡素だ。
まあ、ともあれ――たぶんだが、俺が周辺の光景を見たり、風を感じたり、匂いを嗅げたりするのは、このスキルのおかげなのだろう。
【スキル】『エナジードレイン』
【解説】物、生物問わずに触れたものから生命力と魔力を吸収することができる。自らの体であれば、どこからでも吸収することは可能だが、種族によっては特に適した部位が存在することもある。植物系種族の場合は根がそれに該当する。
【効果】触れたものから生命力、魔力を吸収する。
うん。
やはり【効果】の説明が微妙だ。
しかし、このスキルは便利だな。使おうと思って意識した途端、腐葉土に張り巡らされた根っこ全体から何かを吸い上げる感覚があったのだ。
何というか体の奥から温まるというか、ゆっくりと風呂(風呂とは?)に浸かっているかのような、心地よい感覚がある。先ほどまでの疲労感が徐々に払拭されていく。
【スキル】『地下茎生成』
【解説】地下茎を生成し、養分、生命力、魔力を蓄える。必要に応じてこれら引き出し使用することもでき、地下茎が無事であれば、新たに体を再生することさえ可能。
【効果】地下茎を生成し、養分、生命力、魔力を蓄えることができる。
地下茎って何だっけ?
ジャガイモとかニンニクという言葉がイメージと共に浮かんでくる。食用?
【スキル】『種子生成』
【解説】生命力と魔力を消費し、次代へ命を繋げるための種子を生成することができる。通常、種子は花が咲いた後に果肉に包まれている。どのように発芽へ至らせるかは選択次第である。
【効果】生命力と魔力を消費し、種子を生成する。
種だけをポンっと生み出すわけではないのか。
まあ、野菜だって果物だって果肉に包まれているのが普通だし、当然なのだろうが。
ふむふむ。
一通り【スキル】の確認は済んだ。
【属性】の詳細は表示されなかったので、次は【称号】を確認していく事にする。
【称号】『考える草』
【解説】如何なる因果か、奇妙にも自我に目覚めた草。どのように思考を巡らせているのかは、物質世界だけに目を向けていては理解できないであろう。魂の器が間違っているのは、必然か、神の悪戯か。
【効果】特別な効果は付与されない。
魂の器が間違っている?
やはり俺は人間だったのだろうか?
必然というのも納得できないが、神の悪戯だったらぶん殴りてぇ。
【称号】『賢者』
【解説】多くの者が知り得ぬ秘密の知識を蓄えた者の証。蓄えた多くの知識は、更なる秘密の知識を暴くのに役立つだろう。
【効果】「鑑定」「自己鑑定」などを行った時、【解説】により詳細が表示される。あるいは知覚系スキルによって得た情報を認識しやすいように加工し、解析系スキルの効果を高める。
おや?
何かこれだけ【効果】さんが色々と説明している。
スキルとかの詳細を表示した時に【解説】がつくのは、称号『賢者』のおかげだったようだ。
さて。
これにて一通りの確認は終わったのだが――やはり結論として、俺は人間から雑草に転生してしまったらしいな。
だからと言って人間に戻りたい、などとは不思議と思わないわけだが。
まあ、この森の中でスローライフするのも悪くない。
適当に生きていくかね。
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