グリグリ1
加藤清隆は天才だ。
それがどの分野でと言われれば、もちろん僕達の、霊的な分野に関することで、特に降霊に関して言えば、僕どころか、厳丈先生の知っている中でも5本の指に入るという。そんな彼は、滅多なことでは霊的な仕事の現場に出てこない。サポートに徹しているのだ。そんな彼が現場に出てくるとしたら、それはとても厄介な件か、個人的に受けた仕事になる。
はてさて、今回はどちらなのだろうか。
「よっす、若人よ」
「清隆先輩、何で部室にいるんですか?」
「つれないこと言うなよ。俺も不研の部員なんだから、いてもおかしくないだろう?」
確かに彼、加藤清隆はここの部員ではあるが、顔を出すなんてことは滅多にない。いったい何が目的なのだろうか?
僕の訝し気な目線に対し、ごまかすようにお茶をすする清隆先輩。そこに翠が元気よく部室に入ってきた。
「おつかれっす!げっ、なんで清隆先輩がいるんすか?」
「先輩に対して‘げっ’はないだろ。なに、可愛い後輩がどうしているかが気になってだな」
「「絶対嘘だ」」
「・・・信用ないのな」
あからさまにしょぼくれる清隆先輩を無視し、僕達は先日の件、四つ角村の件の報告書作成に勤しむつもりだったのだが、そんな僕を邪魔する形で、清隆先輩がからんでくる。
「つれない態度とるなよ、桜。そうだ、女紹介してやる、女を」
「まじですか!?」
「桜先輩、無駄な期待してないで、さっさと仕事に戻るっす」
「無駄とか言わないでください!」
ここのところ、出会いはあるが、恋というものに発展するかといわれれば、そんな気配は全くないのが現状である。そんな現状を思い出させてくれた翠は、黙々と作業を続けていた。
「まったく、清隆先輩は桜先輩を変に誘惑しないでくださいっす。ただでさえ最近出張続きで資料の作成が進んでないっす。これ以上の作業の遅れは・・・っていない!」
清隆先輩に連れて行かれた場所は学校から少し離れた街で、その街の中にあるライブハウスで、
「「「タイガー!ファイアー!サイバー!ファイダー!ダイバー!バイバー!ジャージャーン!」」」
地下アイドルのライブ会場だった。
何?女の紹介ってこういうこと?布教活動?
僕が混乱していると、応援で汗だくになっている清隆先輩が近づいてきた。
「どうした桜?あの輪の中に入って一緒に盛り上げようぜ!」
「清隆先輩、今ふつふつとあなたに殺意が沸いているのに、そんなことする余裕はありません」
「なんで?」
純粋な、子犬のような目を僕に向けてくる清隆先輩に、僕はアイアンクロウで自分の気持ちを表現した。
「はぁ。こんなことなら仕事をしていればよかったです。あぁ、翠に後で怒られるんでしょうね」
勝手にいなくなったのだから、怒られて当然だが、出来れば罰を軽くしてほしい。反省の意味を込めた正座ならいくらでもするが、最近ご無沙汰なロッカーへの収容は勘弁して欲しいところだ。
「可愛い女の子を紹介するって、アイドルじゃないですか。知っていますか?星は手に届きそうで届かないものなんですよ?」
「地下アイドルなら、メジャーデビューしてない子達ならワンチャンと思ったんだがな。どっちにしろ、お前の呪われている現状じゃ結果は薄いがな」
僕は騒音の中でも聞こえるように大きな声で話す。
「僕の呪いの正体、清隆先輩なら知っているんじゃないですか?」
「んにゃ、知らない。モテないだけなのは知っているが」
「聖杯のことは?」
「・・・知っている。けど話さねぇぜ」
「それは何故?」
「お前にはまだ早い。それよりも、直近の問題に目を向けた方がいいんじゃないか?」
「直近?最近はこまごました仕事ばかりで、大きな仕事はなかったはずですが。あったとしても解決しています。脾片目村の件とかほら、報告書見ました?」
「違う違う。現在進行形の問題だ」
現在進行形?
今僕が抱えている大きな問題といえば、翠にどんな形で土下座しようかということだけである。それとも何だろうか?この先輩、なにかまたややこしい事件を持ってきてて、それを僕に解決させる算段なのだろうか?
「気づいてないみたいだから教えてやる。この偉大なる清隆先輩が」
妙に尊大な態度の清隆先輩は置いておくとして、本当に心当たりがない。なんのことだろう?
「最近県外、県内にしても学校から遠い場所で事件が起きてないか?」
「そう・・・ですね」
そういえば最近、電車の領収書や厳丈先生が運転する車での移動が多かった気もする。だが、そういうことは過去にもあった。統計的に見れば誤差の範囲内だと思うのだが。
「誤差じゃない。今回のは意図的だ。報告書を見させてもらったが、以前は学校内、あるいは付近での事件と外の割合は8:2ぐらいだが、今は6:4だ。風野坂高校という場所が心霊系の事件を呼んでいる事実に目を向ければ、この事実は異常だ。霊的な大きな事件も、霊脈の大きな変化もない。となると、考えられるのは人為的なものだ。で、こんな大がかりなことをやる相手っていうのは、この辺りには聖杯を所持しているお前の可能性が高い」
「・・・何者かわかりますか?」
「全然。お前の方こそ、心当たりはないのか?」
「いいえ、まったく」
「ったく、お前とつまらない話をしている間に最後の曲が終わっちまったじゃねぇか」
「じゃあ今日はこれで解散ということで」
「待て。まだ握手会とチェキ撮影がある。それが終わるまで付き合え」
「えぇー」
「ほら、行くぞ」
僕は清隆先輩に引きずられる形で、握手会とチェキ撮影の列に並んだが、嫌がる僕を引きずっての移動だったので、最後尾になってしまった。
「お前のせいで最後尾じゃねぇか。ちきしょう」
「何番でも変わらないじゃないですか」
「ライブで流れた神聖な汗を纏う手が、ライブで盛り上がった野郎共の汗でコーティングされていくんだぞ。最後の握手なんて、それはもう知らないおっさんと握手しているのと変わらない」
「言ってることが大げさですよ」
僕がうなだれながら清隆先輩の握手会理論を聞くこと10分。ついに僕達の出番が回ってきた。目の前のアイドルは、やはりアイドルを名乗るだけあって、可愛い顔をしている。普段の僕なら飛びつくところなのかもしれないが、生憎と、ここ最近の激務のせいで、元気にアタックするなんてことはできない。
まさかこれが性欲の減退!?
いや、いくらなんでも早すぎないか?
そんな衝撃の仮説のせいで顔を真っ青にさせていると、天使のような声が僕を呼ぶ。
「あの大丈夫ですか?」
ツインテイルが特徴的な金髪の天使がそこにはいた。
「大丈夫です。なんら問題はありません。何故なら、あなたという天使にまみえることができたのですから」
前言撤回。
やればできるじゃないか、僕。
全然枯れていない。僕の性欲は全然枯れていない。
「はじめまして。風野坂桜といいます。あなたのような可愛い方にお目にかかれて光栄です」
「は、はぁ。ありがとうございます」
僕は目の前のアイドルの手をがっしりと握り、目を輝かせる。
「あの、そろそろチェキ撮影を・・・」
「はい、喜んで!」
僕と清隆先輩は各々ツーショットで写真を撮ってもらい、握手会は終了した。
「また来てくださいね」
そう言って僕の手を握ってくれた目の前のアイドルは、そのまま出口に向かって行った。
「で、それは何だ?」
「目ざといですね」
僕は清隆先輩の前で右手を広げる。手の中には、4つ折りの紙が入っていた。最後の握手の時にさりげなく渡されたものだ。
「連絡先かもしれませんね」
「そんな訳ないだろう。自分の呪いを自覚しろ」
「奇跡ぐらい願ったっていいでしょうに!」
「で、なんだ?呪いの手紙か?」
清隆先輩は遠慮なく僕の手の中にある紙を広げる。僕もそれを覗く。
「なになに?この後裏にある喫茶店に来てください?」
「ほら!奇跡が僕に舞い降りたんですよ!」
「いや、そうとも限らないぞ」
そう言って清隆先輩は紙を僕に見せる。そこに書かれてあるのは、
「後ろの男性と一緒に?」
「1行目だけ読んで浮かれるなよ。ご指名は俺‘達’らしいな」
僕は溜息をつきながら、清隆先輩と共にこのライブハウスの裏にあるという喫茶店に向かう。




