四角士様5
寺に近づくにつれ、嫌な気配が強くなる。心霊スポット顔負けのその圧に、思わず足がすくんでしまう。寺の前で待っていた翠も、その異質さに身体を震わせていた。
「桜先輩、これはまずいっすよ」
「えぇ。さっそく参りましょう」
「お前ら、準備はいいな」
「「はい」」
人の気配がなかったので、僕達は正面から堂々と入り、嫌な気配の元である本堂へと向かう。
「失礼します」
僕は本堂の扉を静に開け、中の様子を覗く。本堂の中心では護摩が焚かれており、その炎の中には異界が広がっていた。そして、その異界にお弟子さんと思われる方々が入っていくのが見えた。
僕達は本堂に人がいなくなったタイミングで本堂に入る。
「さて、どうしましょうか」
「一か八か入ってみるっすか?」
「俺が行く。お前らはサポートを頼む。いざって時は霊障対策課に連絡しろ」
「さすがに危険では?」
「そうっすよ」
「こんなチャンスはもうないかもしれない。今を逃す手はねぇ」
僕達の静止を振り切り、厳丈先生は護摩の中の異界へと向かう。
「ノウマクサラバタンカン」
僕はそう唱え、厳丈先生の腕に霊的な縄をつける。これでなにかあれば、こっちの世界に引き戻せるはず。
そこから2分程経った時、異界から手だけが出てきて、こちらに手招きしてくるではないか。最初は誰の手かと思ったが、僕がつけた縄があったので、その手が厳丈先生の手だと判断できた。
「行きましょうか」
「大丈夫っすか?罠って可能性は?」
「あの縄は間違いなく僕がつけた縄です」
「腕だけって可能性は?」
「怖いこと言わないでください」
そう言いながら僕達は異界へと足を進める。
「これは?」
「どういうことっすか?」
目に見える風景はまるで老人ホームみたいで、拍子抜けしてしまった。嫌な気配とは相反する、のんびりとした雰囲気だ。沢山のベッドといくつかのテーブル。テーブルにはお弟子さんが用意したであろう料理の数々。そしてお弟子さんが、お年寄りの方々をテーブルに案内している。まるでと表現したが、これでは本当に老人ホームだ。
「これが今回の失踪事件の正体だ」
厳丈先生の側には気難しい顔をしている和尚様がいる。
「無認可の、無許可の老人ホーム。それがこの異界の正体だ」
事の発端は檀家の方々からの相談だったという。
「介護に疲れた」
限界集落に向かっている旧四つ角村にとって、お年寄りの増加と若者の減少は、介護問題という形で、深刻な問題になっている。町になったとはいえ、すぐには四つ角村だった所を活性化させることは難しい。つまり、老人ホームなどの施設が増えたわけではない。にも関わらず、お年寄りは増える一方だ。となると、もちろん家族が家で面倒を見ることになる。
介護に関しては、以前の遠山先生の件で感じた通り、とても大変なものだと思う。あの遠山先生が辟易するほど、呪具があった影響とはいえ、怒り、怒鳴り散らすほどなのだ。愚痴をこぼしてしまうのもわからなくはない。
和尚様は町に掛け合ったりしたそうだが、一般市民の1人が声を上げたところで、町が動くはずもない。そんな和尚様に出来ることは2つだった。愚痴を聞くことと、祈ることだけだった。それでことが上手くいくはずもなく、事態は徐々に悪化していく。
「もう疲れました」
そう言って山に自分の肉親を、親を山に捨てに行く現場を見かけてしまった。捨てに行こうとしたのは、和尚様の寺の檀家の1人で、見ていられないほど疲れ果てていた。その時はとりあえず、捨てられそうになっていたお年寄りを一時引き取り、檀家の方には帰ってもらった。だが、その後とんでもない問題が起こる。他の檀家の方々も、自分の親を預かって欲しいと言ってきたのだ。もちろん、断ろうと思った和尚様だったが「何故あの人の親だけ預かるのか。特別扱いはずるい」そう言って責め立てられた。
ここで強く断っておけばこんな事態にはならなかったのだが、和尚様は最悪の決断を、全てを受け入れることを選んでしまったのだ。
最初は本堂にお年寄りを集め、弟子と共に介護をしていたそうだが、受け入れる人数が多くなればなるほど、和尚様達の負担が当然大きくなる。そして、そう日が経たない内に限界がきた。いや、限界がきたのは、預けられたお年寄りだった。
「近藤さんの体調が悪そうです。どうしましょう、和尚様」
「救急車を呼びましょう」
「ですが、この本堂の様子を部外者に見られるわけには」
「そ、そうですね。では車に運んでください。私が病院まで連れて行きます」
「和尚様が運んだとして、お医者様になんと説明するのですか?」
「そ、それは」
「和尚様、西田さんが吐きました。どうすれば」
「和尚様!」
「和尚様!」
「和尚様!」
「和尚様!」
「和尚様!」
追い詰められた和尚様は祈った。「四角士様、お助け下さい」と。それがきっかけになったのかは定かではないが、四角士様の領域が、異界が開いた。最初はそれに畏怖の感情しか抱かなかったが、その異界に吸い込まれたお年寄りを助けるために、異界に飛び込んだ和尚様は、その光景に唖然とした。
その光景とは、殺風景な白い空間と、体調の悪かったお年寄りの顔色が良くなっている姿だった。
和尚様はその時こう感じたらしい。
四角士様のお導きだと。
そこから預かっているお年寄りを全て異界の中に連れ込み、そこで介護するという現在の形になったらしい。そこで問題となってくるのは、小学生のボランティアだ。小学生の老人への詰問ボランティアだ。それがなければ、今回の失踪事件、いや、無認可の老人ホームに預けるという問題は公にならなかっただろう。
これが失踪事件になったのは、和尚様には予想外の出来事だったみたいだ。いや、予想はできたはずなのだが、目を逸らしていたといったほうが正しいかもしれない。それでもこの件を続けていたのは、
「人の心は移ろいやすいものです。一時的でも介護という苦痛を取り除き、家族の方々に余裕を持たせれば、近い内に迎いに来てくれるだろうと思ったのです」
とのことだ。
しかし、それは希望的観測だろう。たいがいの人は楽を選びたがるものだ。だからきっと・・・
そこからは老人達を異界から連れ出し、警察に連絡した。もちろん、異界のことは伏せてだ。無許可の老人ホーム経営がどれほどの罪なのかはわからないが、和尚様は後悔もなにもないような、諦めた顔で警察に連れていかれた。




