四角士様3
「うまいっす!」
「あら、口にあってよかったわ。それ、この辺りの郷土料理なの。遠慮せずおかわりしてね」
「ありがとうございます!あ、おかわり」
「お前ら、少しは遠慮ってもんを」
「まぁまぁ厳丈君、2人共育ちざかりなんだから」
僕達は今、紅緒さんお手製の夕飯をいただいている最中だ。見たことのない郷土料理から、おなじみのから揚げなど。いささか量が多いようには思えるが、一人暮らしの身で、この手料理はありがたいものがある。
さて、いささか量があると表現した夕食を、気合で全部食べた後、今回の情報収集のすり合わせをする。
「あなた達の予想通り、行方不明になっていたのは旧四つ角村の住人だけだったわ」
「やはりそうでしたか」
「厳丈君達はどうだった?」
「たいした収穫はなかったな」
「そう。明日は私一緒に四つ角村の人達の、失踪した人達の家にお邪魔しましょう」
「それはありがたいですが、ただの学生である僕達が同伴してもいいものでしょうか?」
「それはなんとか誤魔化すわ」
「誤魔化すって、具体的には?」
「四つ角村の文化について学びたいという理由ならどう?自然じゃない?」
不自然だとは思うが、それ以上の策がないのも確か。ここは紅緒さんの作戦でいかせてもらうとしよう。
「それにしても、ここはいい町ですね」
「急にどうしたの?風野坂君」
「いえ、図書館の司書の方と話していたんですが、ここでは小学生、中学生が老人の詰問介護のボランティアをしていると聞きまして。今時珍しいですよ」
「そうね。そういうご近所付き合いの濃さってやつは、田舎特有のやつなんでしょうね」
「都会の方でも取り入れればいいのに、なんでしないっすか?」
「学生を働かせるなという声も挙がるから、そう簡単にいかないのよ」
ぐびりとビールを喉に流し込む紅緒さん。
その後、酔った紅緒さんにしこたま絡まれる羽目になったのはここだけの話。
翌日、僕達は予定通り旧四つ角村に家を持つ家にお邪魔させていただいた。お邪魔したのは橋田さん宅。普通の古い一軒家で、特に特徴はないが、家の前に来ただけで異質な気配が感じられた。四角士様のお札があるのは間違いないだろう。
「翠、気づきましたか?」
「嫌でも気づくっす。ここが有名な心霊スポットって言われても信じるほどにっす」
なるべくならこの家に入りたくないというのが正直な意見だが、そうも言っていられない。僕達は意を決してインターホンを押す。
中から出て来た橋田さんは、この家の主人の奥さんで、主人の方は仕事に出かけているらしい。僕達は当初の予定通り、四つ角村の文化を学びにきたていで自己紹介をしようと思ったのだが、
「橋田さん、彼は探偵の厳丈君。そして彼らはその弟子達です。少年探偵団だと思ってください。」
「はぁ」
「「少年探偵団!?」」
僕達は思わぬ紹介のされかたに、開いた口が塞がらないでいた。そんな僕達に小さな声で紅緒さんは言う。
「昨日厳丈君と考えたんだけど、やっぱり四つ角村の文化を調べにきましたじゃあ不自然かと思って。こっちのほうが自然でしょ?」
「・・・」
薄々思っていたのだが、紅緒さんは少し天然入っているのかもしれない。どう考えても少年探偵団は不自然だろうに。
橋田さんも訝しげな顔をしている。
「それで、その探偵さんと少年探偵団の方々は何故我が家に?」
「橋田 誠さんの失踪に関して、力になれればと」
「義父の?その件は警察にお任せしたはずですが。それに、今主人がいませんし、勝手なことは・・・」
「そこをなんとか、少し家の中を見せてもらうだけですから」
「そうは言われましても」
僕達が怪しいことを差し引いても、橋田さんのこのリアクションは少し違和感がある。僕と翠と厳丈先生だけなら、このリアクションでもおかしくはないが、こっちには町長秘書という肩書を持つ紅緒さんがいるのだ。大事な家族を取り戻すためなら、藁に縋る姿勢を見せるのが普通な気がするが。それとも、僕達の怪しさが、町長秘書という肩書を、思いのほか大きく損ねているのかもしれない。
10分程の押し問答の末、橋田さん宅に入れた僕達は、まずは橋田誠さんの部屋に案内してもらった。
誠さんの部屋に通してもらった僕達だが、そこにあるのは生活感溢れる部屋なんかではなく、物に溢れた部屋だった。まるで、誠さんがもう2度と帰って来ることはないと言っているような、そんな部屋だった。
「義父が戻ったらベットとかを戻そうと思っているんですが、今は・・・ねぇ」
そう言う橋本さんは、困ったような表情で僕達を見る。
誠さんの部屋をうろつく僕達。それをとても心配そうに見る橋本さん。明らかに挙動不審だ。なにかやましいことがあるのではないかと勘繰ってしまうほど。そして、僕達は荷物の裏に隠れているお札を見つける。
「橋本さん、これはなんでしょうか?」
「それは、昔から貼ってあるお札ですよ。どんなのかは私もわかりません」
「こんな所に?普通は神棚などに供えておくべきものでは?」
「・・・」
これは最初から当たりを引いたかもしれない。いや、絶対これが原因だ。
ここでずばっと解決できれば、僕も少年探偵団を名乗れるだろうが、事はそう単純ではない。このお札、明らかに‘異界’に繋がっている。十中八九この中に誠さんがいるだろうが、術式が複雑なのと、相手が神様なのが厄介なところだ。
まずは術式なのだが、紅緒さんの家で見たお札は術式展開前のもので、それほど脅威ではなかったが、発動しているこのお札は、下手に触ると二度と誠さんが帰って来れない恐れがある。
そして最も厄介な点は、相手が神様ということだ。
‘神様の機嫌を損ねるな’というのは、この業界では常識である。それが有名な神様だろうが、土着の、マイナーな神様だろうがだ。
神の機嫌を損なうことで起こる厄災が大きな理由の1つだが、その他にも、神はどんな理由で機嫌を損なうかがわからないというのが、厄介とされている理由の1つだ。なので、一般的な霊能力者は神様と名の付くものにはあまり近づかないようにしている。根本的に、神様と人間では考え方の尺度が違いすぎる。どこに地雷があるかわかったものじゃない。
そういう理由もあり、今は身動きができない。最善はお札の周りに結界を張り、これ以上の犠牲が出ないようにすることだが、それは今さらな気がする。
理由は2つ。神様が本気を出せば、もうこの家は人っ子一人いない状態にするのは容易いはずだが、今の所その様子が全くない。つまり、失踪には条件があり、橋田さん夫妻はそれにひっかかっていないということがあり得る。
もう1つの理由は、この件が人為的なものである可能性があるということだ。基本的に神様は僕達人類に無関心であり、わざわざ何かをするということはしない。するとしたら気まぐれか、誰かに‘正式な手順’でお願いされた時である。誠さんが失踪した件が誰かに、挙動不審な橋田さん達によって依頼されていた場合、依頼者の橋田さん夫妻は無事が確証されているようなものだ。
ここで結界を張るという、大仰で目立つ行為は避けるべきだろう。僕達はこれで調査終了だと橋田さんに伝えると、橋田さんはほっと安心するような表情を見せる。僕の推理は間違っていないのかもしれない。
その後も数えること6件。全ての家にお札があり、そして全ての家の住人が怪しい挙動をしていた。
そして6件目のお宅訪問を終え、紅緒さんの家に帰る途中、とある人物にあった。
「紅緒さん、こんばんは」
「和尚様、こんなところで会うなんて奇遇ですね」
そう言う紅緒さんの表情はどこか曇っていて、放つ言葉もどこか皮肉めいたものだった。
「失踪事件について、部外者を使って調べているという噂を聞きましたが、彼らがそうですか?」
「そうです。耳が早いですね」
「小さな町です。噂話は嫌でも入ってきますよ」
そう言って和尚さんと呼ばれた人物は、僕達に視線を向けて言う。
「お客人、あまり派手に動き回らないことです。そうしないと、四角士様に連れていかれますよ」
その瞬間、和尚さんの眼光が鋭くなる。まるで威嚇するように。
「風野坂君、気にしないでいいわよ。この和尚さん、そう言って人を脅すのが日課の人だから」
「脅すとは人聞き悪い。注意ですよ。注意」
「和尚様、四角士様についてお詳しいのですか?」
「この土地で代々和尚をしておりますから、それなりには」
「ずばり、四角士様というのは、どのような神様なのでしょうか?」
「どのような?この土地の守り神ということ以外は」
「先ほど、四角士様に連れていかれるということをおっしゃっていました。そのような神様なのでしょうか?」
「この土地では昔から、人が消えることが多々あります。それが四角士様の仕業というのは有名な話です」
「今日図書館で調べた限り、随分と優しそうな神様な印象を受けましたが」
「そうですね。優しい神様ですが、悪事や余計な真似をする輩には容赦しないでしょう。では、これで」
そう言って和尚様はこの場を去る。
「桜先輩、厳丈先生、気づいたっすか?」
「あぁ」
「はい」
「どうしたの?まさか和尚さんが犯人とか言わないわよね。口は悪くてトゲトゲしているけど、人を攫うような悪人ではないはずよ」
そう紅緒さんは擁護するが、和尚様から感じる嫌な気配は、お札からにじみ出ていたそれと似ていた。




