遺産放棄5
彼女の視線から僕が消えただろうタイミングを見計らい、僕達は下山を中断した。その後、忍者のような心構えで森下先輩の後を付いて行く。
せっかく彼女が隠している秘密を知る機会なのだ。これを逃す訳がない。約束を反故にするのは人としてどうかとは思うが、人道よりも仕事が優先。そう自分に言い聞かせ、僕達は歩みを進めた。
森下先輩に追いつき、彼女が穴を掘り終えた後、近くの茂みから出て穴の中を見る。
「あなたはこれを、この事をずっと秘密にしていたんですね」
‘これ’を見られた森下先輩はその場で泣き崩れる。
僕の後ろに隠れていた大野さんは、泣き崩れた森下先輩の姿を見て、穴の中に何があるかが気になったらしく、恐る恐る穴の中を見た。
「・・これ・・何?」
「見ての通りですね」
「見ての通りって」
「はい、見ての通り・・・死体です」
僕達の目の前には、4人分の白骨死体があった。理科室にある、造り物の人体模型とは違う、生々しい白骨死体がそこにあった。
大野さんは恐怖でその場で森下先輩同様崩れ落ちる。
僕もその死体を確認した後、森下先輩に近づきハンカチを渡す。
「ここまできたらもう隠すのも無理ですよ。話してくれますか、森下先輩」
「・・・私は」
森下先輩は、真っ青な顔をこちらに向け、観念したように今回の件について語り出す。
木斗目山は個人の土地であり、普段人が入ることは滅多にない。特に、ここは道が険しくて、一般の方が入ることは考えられないだろう。そして、見つけることができない。ここまでスムーズに着く方法を知っているのは、森下先輩と筒治さんぐらいだろう。‘ここ’を知っているのも、森下先輩と筒治さんぐらいだ。
実は森下先輩が物心つき、お祖父様のことを嫌悪し始めた後も、何度もこの山を訪れていたみたいだ。そんな場所で白骨化した死体を見つけてしまった彼女が‘祖父が人を殺してここに埋めた’そう思っても仕方ないだろう。
最初はこの思い出の場所に何てことをしてくれたんだと憤ったらしいが、時間が経つにつれて冷静になり、いろいろなことを考えてしまった。
警察に連絡?
おじいちゃんのせいなの?
おじいちゃんを守らなきゃいけない。
どうして殺したの?
何でここに?
いや、まだおじいちゃんが殺したと決まったわけではない。
でも、ここはおじいちゃんの私有地で。
おじいちゃんではなく、不法侵入者が埋めたのかもしれない。
人体が白骨死体になるのってどのくらい?
・・・秘密にしなければいけない。
様々な考えが彼女の頭を過り、それでも彼女は自分の祖父を守るため、死体を埋め直し、この事を漏らさない決意を固めた。それが6日前。
しかし筒治さんが死んで後、白骨死体を発見したその日の夜に問題が起きた。自分が木斗目山を相続するという遺書が見つかったのだ。この事について、親戚総出で議論がなされたが、遺書の法的な力には逆らえず、親戚の方々は、彼女が土地を受け取ることに渋々賛同した。
問題はここからだ。
故人から土地を相続する場合、市役所にその土地の詳細なデータを提出しなければいけない。そして、その土地の調査は専門の業者を介して行われる。そんなことをされては‘あれ’がばれてしまう恐れがある。
彼女は焦り、1つの作戦を思いつく。それが今回の遺産相続の放棄だ。
「私が遺産の相続を拒否すると・・ならば自分がと、親戚皆が名乗りを挙げました」
それにより、親戚同士がこの山を巡る争いが始まった。狙い通りに。結果、この土地は調査という魔の手から逃れていた。それが例え刹那の時間であろうと。
「しかし、それでは根本的な解決にはなりませんよね?」
「時間を稼げれば良かったのよ」
「何でそんな意味ないこと」
大野さんが森下先輩に訪ねるが、森下先輩は答えない。かわりに、目の前にある大木に背を預け、目を閉じる。僕が知る、あのつっけんどんな態度な態度の彼女はここにはいない。儚げに、自然に溶け込んでいる。
「時間を稼いで、白骨死体を移動させようとしたのではないですか?時を見て、準備が整い次第」
「え?」
森下先輩は黙って頷いた。
全てを吐き出すように言葉を紡いでく。
「祖父を、おじいちゃんを守りたかったの。例えそれが法的に悪い事でも、例えもう2度と会えなくても、家の中で唯一優しくしてくれた・・大事な・・おじいちゃんだから」
森下先輩は堪えきれずといった感じで涙を流す。
「あなたは1つ勘違いをしています」
「・・何を?」
「森下先輩のお祖父様は、そこにいる白骨死体に関連はないと思われます」
「ふふ、何?おじいちゃんがそう言ったの?」
彼女は僕を馬鹿にするように笑う。泣きながら。
「いえ、聞いていません。しかし、科学的な視点でもわかります」
「何を言って」
「成人の人体が白骨化するには、環境にもよりますが、地面に埋められている場合だと、7~8年程かかると言われています。そこにある死体は成人男性より体が小さいですが、それでも6年以上前に埋められたと考えるのが妥当だと思います。あなたのお祖父様が、まだこの山を購入される前の出来事ですね」
森下先輩は顔を俯け、涙を流しながらも僕に問い掛ける。
「おじいちゃんが、その人達をこ、こ、殺して、埋めたのかも。そして誰にも見つからないように、後でこの土地を買ったのかも」
「それなら、先輩をここに連れて来る訳がありません。危険ですからね」
「おじいちゃんが殺人犯と共犯で」
「お祖父様は他人を信用する性格ではないのでは?」
「家族の誰かを庇うために」
「あなたの親戚全員がここの相続に挙手したのでは?犯人がわざわざそんなリスクを冒すとは思えません。あなたが言った通り、専門の業者が、相続の際にこの土地を調査するんですから」
「おじいちゃんが」
「もう1度言います。あなたのお祖父様はこの件に関係ありません。僕が保証します。森下筒治さんは愛しの孫娘のために、この思い出の地を譲ったんです。そこには計画も悪意もいっさいなく、あるのはあなたへの純粋な愛情だけです。形のないものだからといて蔑ろにしないでください。それはとても、悲しいことですから」
その言葉を聞いた森下先輩は、辺りを気にせず泣きはじめた。
子供のように、泣きはじめた。
僕も大野さんも、その姿を静に見つめることしか、見守ることしかできなかった。変に声をかけ、慰めるのは何か違うと、そう思って僕は黙っていたのだが、大野さんは何を思って声をかけなかったのか、それは僕にはわからない。僕と同じ理由かもしれないし、はたまた、こんなことでわざわざ泣くなよという、冷たい感情がそこにはあるのかもしれない(大野さんに限ってそんなことはないとは思うが)。まぁ、大野さんがどう思っているかなんて、知る方法もなければ意味もない。心に形はなく、真実にもまた形はないのだから。
しかし、これだけは信じたい。
「おじいちゃん・・おじいちゃん・・・おじいちゃん」
目の前で泣きじゃくる目の前の女の子が、祖父の理由も理屈もない愛情を、その胸に刻んでいることを。
思い出の場所を本当の意味で取り戻した彼女は、大好きな彼女のお祖父様が自分に残した大地を濡らし続けた。