人食いオルガン4
喫茶店から帰ってきた僕は、呪物に関する調べものを少しした後、明日に備えて早めにベットに入ったのだが、チャイムの音で起こされてしまった。携帯で時間を確認すると、23時になっている。こんな時間に来客の予定はないので、僕はいたずらと判断してもう1度瞼を閉じるが、鳴り止まないチャイムがそうはさせてくれなかった。
僕は寝ぼけながら玄関へと向かって扉を開ける。
「こんな時間にどちら様ですか?」
扉を開けた先には、息を切らした郷田先輩がいた。
「すまん。緊急事態だ」
「どうしたんですか?」
郷田先輩の切羽詰まった様子を見て、僕は無理やり脳内を覚醒させる。
「カタリーナが消えた。現在、風紀委員の総力を使って探しているが、未だ見つからない。協力してくれ」
「急ぎましょう」
僕は急いで着替えて、装備を整える。
「どこかあてはあるのか?」
「おそらくダーム学園かと」
「その心は?」
「‘このタイミング’でいなくなったということは、呪物に関する件の失踪でしょう。郷田先輩のことですから、町には部下の方々を行かせていますよね?」
「あぁ。この町と、隣の市にも今派遣中だ」
さすが仕事が早い。
「なら僕達が探すべきはやはり学園です。お嬢様のちょっとした家出で済むなら、郷田先輩の包囲網にひっかかるはずです。そうでないなら・・・」
「急げ、風野坂」
「もちろん。しかし少し待っていただきたいですね。万全の状態で行くなら翠も連れてくるべきでしょう」
「それなら心配いらん」
郷田先輩はそう言って僕に縄を見せる。その先には囚人のように縛られた翠がいた。泣きそうな顔をしていて目も当てられない。
僕はカタリーナさんのためだけではなく、翠のためにも急いで準備を整える。
「桜先輩、翠なにか悪いことしたっすか?ファミレスで篠原先輩とお茶してただけっすよ?」
「災難でしたね。郷田先輩、そろそろ縄をほどいてやってください」
郷田先輩は申し訳なさそうに縄をほどく。
それと同時に翠は僕に抱きついてきた。よほど怖かったのだろう。顔が青ざめている。
「すまん。風野坂といつもいるから同類だと思っていたが、水樹はこういうのに慣れてなかったな」
「フッーー」
猫の威嚇みたいな鳴き声をする翠をなだめながら、僕は郷田先輩に注意をする。
「誰だってこんな仕打ちを受けたら警戒しますよ」
「ブラックリストに載っているやつらは、このぐらいしないと大人しくならないからな。いや、それでもなお抵抗するだろう」
「それはそれは、ご苦労様です」
「最近のお前は縄で縛られても、縄抜けして逃げるからな。今風紀委員では手錠の購入を前向きに検討している」
とんでもない情報が入ってきた。あんなに必死な思いで身につけた縄抜けが、役に立たないようになってしまうではないか。このままブラックリスト同盟と、風紀委員のいたちごっこが続くと、冗談抜きで学校内に監獄が建ってしまう恐れがある。たまには捕まって縄の有用性を証明したいところではあるが、尋問室と呼ばれるあの部屋に、もう1度踏み込む勇気は僕にはない。
「さて、前にタクシーを待たせてある。行くぞ」
僕と翠は郷田先輩のあとを追い、タクシーへ乗り込む。
ダーム学園に着いた僕達は、二手に分かれてカタリーナさんを探すことにした。僕と郷田先輩ペアと翠という分け方だ。オカルト方面に弱い郷田先輩を1人にはさせられないということで、僕が先輩を受け持つことになったのだが、いかんせん不安だ。対人ならばぐうの音も出ないほど頼りになる存在だが、超常現象を目の当たりにして冷静な判断ができるものか。
僕達が行く先は例の人食いオルガンがある講堂だったのだが、どうやら当たりみたいだ。
「カタリーナ!」
「カタリーナさん!」
「・・・」
彼女は講堂の入り口付近で、無表情のままオルガンへと足を運んでいた。
「風野坂、あれはなんだ?」
郷田先輩指さす先には黒い‘歪み’がある。おそらく、あの中に入って人が消えていくのだろう。
「郷田先輩、あれはまずいです。カタリーナさんがあの歪みに入っていかないように止めてください」
僕の指示に何の疑問も抱かず、郷田先輩はカタリーナさんのもとへと走っていく。冷静な判断ができないと思っていたが、どうやらそれは僕の思い過ごしだったようだ。
カタリーナさんの前にいった郷田先輩は、彼女の肩に手を置き、思いっきり押す。
「ぴくりともせん。むしろ押されるぞ。なんて力だ」
「それでも頑張ってください。僕は歪みのほうをなんとかします」
「そうはさせません」
そう言って僕を静止させたのは、
「まさかカタリーナさんのお兄様方が来るなんて、予想外でしたわ」
オルガンの影から出てきた伊勢さんだった。
昼間と変わらぬ様子で、表情で、こちらを見ている。
「なぜあなたがこのようなことを?」
「彼女達が悪いのです。校則を、学校の決まりを守らないからこうなるんです」
「まさかとは思うが、そんなくだらない理由で今回の事件を引き起こしたのか」
「くだらないとは失礼ですね。これは大事なことですよ」
そう言って彼女は目の前で十字を切る。
「罪には罰を。当然ですよね」
「それが貴様の、生徒を代表するものの意見か。そんな恐怖政治、まかり通っていいはずがない!罪には罰を。それはごもっとも。俺もそうしている。しかし、その罰は次に活きるものでなくてはならない。決して終わりであってはいけないんだ!」
そう郷田先輩は吠えた。
同じ生徒を束ねる、見守る立場としての意見だろう。そこには確固たる信念が見える。しかし、伊勢さんにはそれが見えない。表情が笑ったままだからか、その発言に真剣味が感じられない。
「罪には罰を。それは建前じゃないですか?あなたは自分のためだけに、その呪物を使用しているんじゃないですか?」
「禍福という言葉をご存知ですか?」
「災難と幸福が一緒の意味でとらえられていることでしたっけ?」
「そうですね。このオルガンはダーム学園にとっては災いのもとでしょう。しかし、私にとっては幸福なものでした。おかげで、私をいじめる彼女達を地獄に落とせたのですから」
「カタリーナはそのいじめとやらに加担していたのか?」
「いいえ。ですが、このオルガンの謎を探るとどうなるか、前例を作っておくのもいいと思いまして」
郷田先輩は悔しそうに、身体全体を使ってカタリーナさんを止める。
火事場の馬鹿力というやつか、カタリーナさんの歩みは止まっている。あれならしばらくもつはず。
「いちおう聞いておきますが、このまま大人しく降参してはいただけませんか?」
「確かに、この場は私にとって不利ですね」
これは推測だが、あの歪みに入れられる人間は、反省室のオルガンを聞いた人に限られるのではないだろうか。ならば僕達は安心して動ける。そう思っていたのだが、
「ですが、何事にも奥の手というものがあります」
そう言って彼女をオルガンの鍵盤を叩き始める。その旋律は儚く悲しいメロディーで、思わず聞きいってしまうところだったが、そんな場合ではない。僕は耳をとりあえず塞ぎながらオルガンの、伊勢さんのところへ向かう。
「もう遅いです」
伊勢さんは泣きながら最後の旋律を奏でる。
それと同時に、歪みは大きく広がり、僕と郷田先輩をも引き込もうとする。
「伊勢さん、何をしたんですか!?」
「これが私の選択。人を呪わば穴二つ。ごめんね、お父さん、お母さん」
そう言い終わると、伊勢さんは歪みの中へと吸い込まれていった。暗い、暗い穴の中へと、その身を投げ込んだ。
「風野坂、俺達はこれからどうすればいい?」
椅子に摑まりながら、カタリーナさんを抱きしめている郷田先輩。その先輩から指示を仰ぐ声が聞こえたが、そんなの僕が聞きたいくらいだ。どうすればいい?
僕も先輩を見習い椅子に摑まり、翠に電話するが、全くもって繋がらない。
もうだめだ。そう思った時、スピーカーからオルガンの音が聞こえだした。
「これはなんだ?」
「わかりません」
旋律が流れるとともに、歪みが小さくなっていく。
そして、小さくなり、消えた。
僕と郷田先輩はお互いの顔を見合わせながらぽかんとするしかなかった。




