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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる
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人食いオルガン1

 夏休みというのは学生にとっては貴重ないこいの時間なのだが、今日に限ってはそうではない。


「まぁ飲め」

「いただきます」

「い、いただくっす」


 隣にはがちがちに緊張している翠。翠とは脾片目村の件が終わってからも頻繁に会っている。仕事ももちろんだが、プライベートでも。僕なんかと遊ぶ暇があるなら、同級生の女子と遊ぶ方が楽しいだろうに。そう問いかけると、


「桜先輩が一番気を使わなくて楽っす」


 そんな誉め言葉なのか不明な言葉が返ってきた。

 僕としては可愛い後輩と遊ぶことはやぶさかではないのだが、それで翠の友人関係が崩れるというなら、潔く身を引く次第である。まぁ、彼女がそんな‘バランス’を取れないほど不器用じゃないことぐらいは承知しているのだが。


「夏休みの宿題は終わったか?」

「ある程度は」

「まだまだっす」


 翠が僕の家に入り浸っている理由はもう1つある。それが夏休みの宿題だ。この後輩、出来る事、やりたいことには積極的だが、出来ない事、やりたくないことはとことん後回しにする傾向にある。なので、僕の部屋に遊びに来るついでに、宿題も徐々に進めている次第である。本人は嫌々であるが、僕が強制的にさせている。でないと、翠だけでなく、翠に泣きつかれた僕もまた、夏休み後半で泣く羽目になる。


「・・・珈琲は、美味いか?」

「・・・はい」

「・・・おいしいっす」


 誰か助けて!

 ここで初めて僕達が置かれている状況、目の前に誰がいるかを明言しておこう。

 僕達の前にいるのは風紀委員長のアルベルト郷田先輩。風紀の鬼であり、守護者であり、僕のような生徒にとっては天敵だ。そんな郷田先輩から連絡があったのは昨日の夜のこと。僕がサブスクで恋愛リアリティショウを見ている最中だった。カップル成立か!?の場面で先輩から連絡が入った時の僕の微妙な心境を察して欲しい。

 郷田先輩とは連絡先を交換してはいるが、連絡事項は事務的なもの、つまりは学校関係である。不研の活動と風紀委員の活動が衝突しないように、注意の連絡が入ることがほとんど、いや、全てと言っていい。しかし、今は夏休み。それに、僕も珍しく仕事がない状況なのだ。それなのに連絡というのもおかしな話で、僕の興味を引くには充分な理由だった。

 僕はサブスクを閉じ、郷田先輩から送られてきたメールを確認する。


―明日午後12時に駅前の喫茶店に来いー


 以上だった。

 何故だろうか。普通の文面なのにも関わらず、郷田先輩から送られているという時点で、脅迫文じみて見えるのは。これは僕の日頃の行いの賜物たまものと言っていいかもしれない。普段から風紀を乱している僕にとって、郷田先輩は恐怖の象徴でもあるのだから。

 そんなこんなで待ち合わせ場所まで来た僕なのだが、ここで翠がいる理由もここで話しておこう。

 実はあのメールには続きがあった。


―PS 水樹翠も一緒に来ること―


 翠には悪いがパフェを奢るという理由をつけて来てもらった次第である。だましておいてなんだが、こんな空気になるなんて思ってもいなかったので申し訳なさがすごい。


「申し訳ないと思っているなら、この状況を打破して欲しいっす」

「仕方ないじゃないですか。郷田先輩との共通の話題なんてないんですから」

「自首とか自白とかいろいろあるじゃないっすか」

「それは話題とは言いません」

「おほん」


 郷田先輩の咳払いに、思わずびくつく僕達。これはいったいどんな罰ゲームなのだろうか。


「そろそろだな」


 腕時計で時間を確認しながらそうつぶやく郷田先輩。それからすぐに1人の美少女がこの喫茶店に入ってきた。その子は僕達のいる席に真っすぐに向かってくる。


「おまたせしました」

「いや、俺たちも今来たところだ」


 嘘つき。

 この地獄の会は30分程前から始まっているはずなのに。


「紹介しよう。こいつは・・・」

「僕のお嫁さん候補ですか?」

「違う」

「それならそうと早く言ってくれればいいものを」

「違う」

「さぁ、顔合わせは済みました。後は若い2人でデートでもしましょう」


 そう言って僕は彼女の手を取って喫茶店の外に向かおうとするが、


「違う!」

「いった!」


 これでもかという力で、郷田先輩からげんこつを喰らう。


「桜先輩、郷田先輩の前でもぶれないその姿勢、もういっそ哀れっす。脊髄反射で生きているっすか?」


 女性をエスコートしようと思っただけなのに、先輩からは殴られ、後輩からは哀れまれた。


「ふふふっ。アル兄さんの言っていた通り、面白い人ですね。はじめまして。カタリーナ郷田といいます。兄がいつもお世話になっております」

「俺の2つ下の妹だ」

「「兄妹!?」」


 確かにカタリーナさんからは異国の面影が見て取れるが、まさか郷田先輩の妹さんだとは思わなかった。こんな筋骨隆々男と遺伝子が同じとは・・・いや、2人共美形で、体格を除けば、兄妹と言われても納得が出来る。


「郷田先輩に妹さんがいらっしゃることは意外でしたが、本題は妹さんの紹介じゃないですよね」

「さっそくか」

「カタリーナさんと雑談ならいつでもウェルカムなんですが、そのたびげんこつを喰らっては、身体がもちません」

「げんこつを喰らわない話題選択をしろ」

「難しいですね」


 そう言い切った僕に対して溜息1つ漏らし、郷田先輩は姿勢を正して話始める。


「カタリーナは隣の市にあるキリスト教系の聖ダーム女学園に通っている」

「あのお嬢様学校っすか。ここらでも有名っすね。桜先輩は知っているっすか?」

「もちろん」

「桜先輩が知っているっていうのはなんか・・・キモイっす」

「なんでですか!?」

「・・・話を続ける。カタリーナはそこの1年生なんだが、少し異常なことが起こっている」

「異常なこと?」

「今年に入って3人、行方不明になった生徒がいる」

「それはまた、穏やかじゃない話ですね。警察に相談すべき案件なのでは?何故僕達に?」

「水樹と一緒に来てもらったことから察しはつくだろ?」

「えぇ、まぁ」


 郷田先輩なら自力で出来ることはやったのだろう。やりきったのだろう。

 それでも事件が解決していないということは、僕達を呼び出すということは。


「心霊現象だと思われているのですね?」

「そうだ・・・と思う」

「歯切れが悪いですね」

「あの学園は外界から閉ざされている空間だ。俺の調査の手が及ばないが、カタリーナに調べて貰った範囲でいえば、異常がないといったものだ。確実にお前らの分野というわけではない」


 郷田先輩の心配っぷりを見ると、1人でも学園に乗り込んでいきそうなものだが、なんとか抑えているといった感じだ。


「だが、備えあれば憂いないしだ。これからダーム学園に乗り込む。2人共、ついてこい」

「今からっすか?」

「喜んで!」


 女の園に合法的に潜入できるのだ。行かないという選択肢はない。


「どういう理由をつけて潜入するっすか?」


 僕が小躍りしながら喜んでいる最中も、翠は話を進める。


「我が校と姉妹校になるように仕込んでいる。今回は事前交流という目的だ」

「ぬかりないっすね」

「時間がないからな」

「時間がないって、どうゆうことっすか?」

「ダーム学園には反省室ってやつが存在している。行方不明になった生徒は全員、そこに入ったやつらだ」

「実は、私も入っているんです」

「カタリーナさんがっすか?意外っす。見るからに品行方正っすけど」

「今回の件で色々と調査していたのが裏目に出たみたいです。先生方にそれで睨まれたみたいで」

「ちなみに、反省室とやらに入って何日くらいで行方不明になったとかわかるっすか?」

「いえ。どなたも行方不明になるまでの時間はまちまちで」

「ならなおさら早めに行動したほうがいいっすね」


 僕がいなくても話はスムーズに進んでいく。いや、僕がいないからこそかもしれない。

 そんな悲しい現実は受け入れがたいので、僕は小躍りを止めて席に着く。


「カタリーナさん、学園で何か怪談話などはありませんか?」

「怪談ですか?」

「はい。昔からのものでも最近話題になったものでも、何でもかまいません」

「・・・オルガン」

「オルガンですか?」


 確かにキリスト教のミサ(集まり)で連想すると最初の方にでてくる大事なものだが、それがどうしたのだろう?


「私達の学園にある、講堂にあるそれを、人食いオルガン。最近そう呼ばれています」


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