罪と罰
罪には種類がある。
自覚のある罪と、自覚のない罪。
償える罪と、償えない罪。
世の中には罪を犯しても償う気もない輩もいるが、ここではそれは置いとくとする。
例えば、物を盗んだとかならば、まだ償える罪だろうが、人を殺したとなると、それはとても償えるものではない。正確に言えば、償ったところで償いきれない。それほど、人を殺すというのは重いものなのだ。ここでは人を殺す殺人を例にとったが、これ以外にも償いきれない罪というものはある。そのどれもが人の人生を大きく狂わせるものである。罪を犯すことによって、被害にあった人達の人生が狂い、罪を犯した人も、その周りの人の人生も狂う。
だからといって、罪を犯さずに生きようと思っても、それはなかなかどうして難しいものであると言わざるを得ない。
人は罪を犯す。
それはしょうがないものなのだ。
‘ 人は生まれながらに罪を負っている’なんて有名な言葉があるが、今回話すものはそう大それた、神話的な話ではない。人が人故の、不完全な存在だからこそ生まれる罪だ。
皆も少し思い返してほしい。
何気ない会話のなかで人を傷つけていないか。
何気ない行動で人を傷つけていないか。
全く身に覚えがない。人を傷つけたことがないなんて人がいるならば、それはとても恥ずべき思考であり、改めたほうがいいだろう。しかし、人を傷つけないようにしても傷つけてしまうのが人間で、なにより、そこまで丁寧に生きるのは疲れるし、続けられるものではない。人を傷つけることに怯えて、自分を深く傷つけるなんて、本末転倒もいいところだ。だが、人によっては傷ついても表情に出さないこともある。そんななか、あぁ、傷つけてしまったと気づくのは至難の技だろう。
そういう類の罪は、いったいどうやって気づけば、償えばいいのだろうか?




