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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる
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遺産放棄4

 翌日の昼、僕と大野さんは木斗目山の前に来ていた。

 あの後、完全下校時間ぎりぎりまで粘ったおかげで、筒治さんから木斗目山の場所を聞き出すことができた。高齢の方の元気を取り戻す作業というのは、なかなかにハードなものだった。この経験を覚えている内は、僕は介護士を志すことはなさそうだ。

 木斗目山までは学校からバスで20分程走り、バス停を降りてから徒歩で30分。なかなか遠かったが、女子とのデートと考えたらそれほど辛いものではなかった。


「それはそうと、今日は休日なのに何で制服なんですか?」


 僕は女子と休日にお出かけという貴重なイベントを楽しみにしていたので、なかなかに気合の入った服を着ている。それなのに、大野さんは学校指定の制服を着用しているではないか。

 色気もへったくれもない。

 いや、これはこれで需要はあるだろうが、年がら年中見ている制服を見たとしても、現在進行形で高校生である僕のテンションは上がらない。せめてスク水とかナースとかメイドとか・・・そういうサプライズなら大歓迎なのに。

 前日、初デートの女の子のようにタンスにある私服を全て出し、必死にコーディネートをしていたのに。その際、大野さんの私服を妄想、もとい想像しながら私服を考えていたのに。

 とんだ道化である。


「何でロッカーを住処すみかにしている変態に、私の私服を見せなきゃいけないのよ」

「僕の扱いが日に日に乱雑になってませんか?」

「そ、そんなことないわよ」

「ならば目線を逸らさないでください」


 厳丈先生の悪影響を受けているとしか思えない。

 最近女性成分が不足している僕の学生生活を癒してくれる存在だと思っていたが、どうやらそうではないようだ。

 僕の青い春はいずこに?


「で、ここが木斗目山?」


 僕と大野さんの眼前にある山は、人の手による整備が全くなされていない。唯一人の手を感じる‘私有地につき侵入禁止’のプラスチック製の看板も、人の臭いを打ち消すようにしてつたに覆われている。


「そうです。森下筒治さんの所有していた土地は、もう少し先にあるらしいですね」

「ふぅん」

「では、さっそく目的地目指しましょうか」

「そういえば、山に入るのにこんな軽装備で大丈夫なの?」


 僕も大野さんも、登山に適した格好ではなく、荷物も携帯と財布ぐらいだ。確かに山に入るには些か頼りなく感じるかもしれない。しかし、もともと木斗目山はそれほど標高の高い山ではない。さらに言うなら、僕らは別に山の頂上を目指している訳ではない。無茶をしない範囲で、今回の件をここで調査する。僕も厳丈先生も、何か手がかりが見つけられたらラッキーぐらいにしか思っていない。なので、僕としては休日の散歩程度に思っていたのだが・・・



「いやー、完全に舐め腐っていましたね、山というものを。ここはどこでしょうか?」

「グスッ、もうやだよ~」


 森の中の緑豊かで綺麗な描写や、その景色を見た僕達の感想などを紹介したいのは山々だが、生憎とそんな場合ではない。

 そんな余裕はない。

 山と山々をかけている場合ではない。


「地図はないの?」

「僕もあなたも携帯に頼りっきりの現代っ子ですよ。GPSで何とかなると思っていたのですが。電波が繋がらない場所がこの現代日本にあるなんて、想像もしていませんでした」

「うぅ・・もう、最悪。それに、私もともと携帯なんて持ってないし」

「今の状況を正確に表した、非常にいい言葉ですね。ちなみに聞きますけど、最悪なのは遭難したこの状況であって、僕と一緒にいることが最悪、というわけではないですよね?」

「・・・」

「あれ、返事が聞こえないですよ?」


 入山から2時間。僕達は遭難という貴重な経験をしている最中だ。この状況を望んでいた訳ではないが、そうなってしまったら仕方がない。とりあえず木の陰で休みつつ、これからの対策を練ることになったのだが、山初心者の学生2人が考える意見なんてたかがしれている。ろくな案が出なかった。

 この状況も最悪だが、時が経つにつれ、僕と大野さんの関係も悪くなっている。僕の愉快軽快痛快トークを前にしても、大野さんは無言を貫くことが多くなってきた。ここは男として、いや、漢として不安に陥っている女子を救わねば。愉快痛快トークで。


「さて、野宿の準備でもしますか」

「野宿決定なの!?」

「諦めて僕と一夜を共にしましょう。優しくしますよ」

「嫌だ~!お嫁に行けなくなっちゃう~!」


 僕のお茶目なジョークに対し、大野さんはガチ泣き。漢を目指しての行動だったはずなのに、いつのまにかゲス野郎に成り下がってしまった。

 まさかここまで泣かれるとは思わなかったので、僕も些か以上に戸惑ってしまう。

 今、この時、この瞬間を第3者に見られた場合、僕は下山と共に手首に輪っかを掛けられてしまう恐れがある。なんとか彼女を泣き止まさなければいけない。

 そんな僕の前に、思わぬ助け船が出される。


「誰?」


 声のする方を見ると、その先には森下先輩がいた。何故ここにいるのかは分からないが、これは本当に助かった。ちなみに、森下先輩も制服だ。僕の目の保養はいつになることやら。


「・・・風乃坂君、何をしているのかしら?」


 森下先輩は僕を見た瞬間は驚いている様子だったが、僅か1秒でいつもの憮然とした態度になっていた。遭難してすぐに冷静になった僕が言うのも何だが、冷静さを取り戻すのが早すぎる。


「祖父の件かしら?これ以上付きまとうなと、前回私は言ったはずだけど」

「やるなと言われるとやりたくなる性分でして」

「・・厄介な性格ね」

「大した収穫がなかったので帰りたいところですが、生憎帰り道が分からないので」


 彼女はため息をつき、僕達の後ろを指差す。


「あっちよ」

 

 恐らく、その方向がここから下山できる道なのだろう。

 まったく、‘嫌いな祖父’との思いで詰まった山なのに、なかなかどうして詳しいじゃないですか。これだけでも大した収穫である。

 棚から牡丹餅ではあるが、結果オーライ。


「あ、あ、あ、ありがとうございます~」


 大野さんは涙を流しながら森下先輩に感謝の言葉を述べるが、森下先輩はそんな彼女を見ることもしなかった。若干情緒不安定な大野さんとご立腹の森下先輩のため、なるべく早くこの場から離れたほうがよさそうだ。


「できれば案内してもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」


 あんなアバウトな説明ではまた道に迷ってしまう可能性がある。それはもう十分に。なので、僕は図々しいとは思いながらも、森下先輩に道を尋ねる。


「残念だけど、私はここでやることがあるの」

「おや、やることとは?」

「あなたに言う必要を感じないのだけど」

「そうおっしゃらず」

「・・・」


 彼女はあからさまに僕から目線を逸らす。

 冷静になるのが早い森下先輩だったが、性急に冷静さを取り戻したツケがきたのか、僕の簡単な揺さぶりに対応出来ずにいた。やはり彼女の反応を見る限り、この山には、この件には何かがある。自らが受け取りを拒否した山、その理由は筒治さんへの嫌悪と家族内での立場が原因と言っていたが、どうやらそれだけではなさそうだ。

 その理由を知ることが、筒治さんの依頼を達成できるかどうかの分水嶺になるだろう。


「もう1度聞きます。何をしに来たのですか?」

「はぁ、わかったわ。送るわ。だから、これ以上の詮索はやめてもらいたいわね」

「おや、はぐらかすのですか?」

「あら、ここから帰りたいんじゃないのかしら?」

「・・・了解です」


 詳しい事情を聴きたいところだが、まずは身の安全が第一だ。冗談でも比喩でもなく、僕の命は彼女に握られているのだから。

 僕達は彼女の後を付いて行き、20分程歩く。すると、僕達が見覚えのある道に辿り着いた。道中、森下先輩は自分の家を案内するような、スムーズな足取りだった。やはり何度もこの山に来ているのだろう。

昔だけではなく、今も。


「それじゃあ、また学校でお会いしましょう」

「森下先輩、本当に、本当にありがとうございました」

「早く帰りなさい。そして、もう2度と関わらないで」


 社交辞令とはかけ離れた、そんな挨拶で返され、僕も大野さんも苦笑いを浮かべる。

 僕達は森下先輩に背を向け、下山を目指して歩いて行く。今回は遺産受け取り拒否に、他の何かしらの理由が分かっただけでも良しとすることにして。




「・・・」

 私は彼が見えなくなるまで見送る。彼が心配だとか、そんな理由では断じてない。

 彼を見送った後、私は彼と会った場所に急いで戻る。歩き慣れた、走り慣れた道を駆けて行く。

 走る。

 走る。

 急いで走る。


「あの場所に彼がいるなんて」


 よりによって、あの場所に彼がいるなんて。祖父のことを嗅ぎまわっている彼が来るなんて。

 彼と話す際は冷静を保てていたと思うけど、私は内心冷や汗が出る程焦っていた。意図してか、あるいは偶然かはわからないが、彼の側に立っていた大木の下には、決して誰にも見せられない、見せてはいけない‘あれ’があるのだから。汗を拭いながら大木の前まで来た私は、自然に視線を下に落とした。


「・・・」


 私は意を決し、大木の側に隠していたスコップを使って穴を掘る。見た所で解決はしないが、私はもう1度、何度でも、‘あれ’を見なければいけない。そして‘対策’をしなければならない。‘作戦’を立て直さなければならない。

 見間違いかもしれない。そう自分に言い聞かせ、ひたすらに穴を掘っていくが、カツンという音と共に、‘それ’は表れた。見たくもない現実が。


「・・・っ」


 それでも掘り進めた。正確な‘数’を確認するために。正確に状況を把握しないと、これからの対策は進められない。そう自分に言い聞かせ、穴を掘り進めていく。それが現れてからはスコップではなく手を使って掘り進める。手が汚れることなんて構わず、丁寧に、慎重に。‘これ’に愛着があるわけではないのだが、人として‘これ’を傷つけるのはどうしてもためらってしまう。


「・・・こんなに?」


 私はそれの全体像と数を確認し、その場で膝から崩れ落ちる。涙をこらえて‘これ’に土をかぶせるためにスコップを手にする。

 その時、私の後ろで草木が擦れる音がした。


「誰!?」


 私は声を荒げ、後ろに視線を向ける。


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