即身仏1
即身仏の作り方、いえ、成り方についてご存知だろうか?
まずは己の体が腐敗しづらいように、米や麦などの食事を断ち、木の実などを食べて命を繋ぎながら己が信じる経典を読み込む。そうやって筋肉や脂肪をそぎ落としていくのだ。
先ほど母の遺言書を見たばかりの私がそれをやっていたかというと、それは驚くことにイエスだ。筋肉や脂肪が完全に落ち切っていないとはいえ、食事への注意や経典の読み込みなら1か月前からやっている。
そういうしきたりなのだ。祭を、神事を行う前の食事制限と経典を読むことは。
あの穏やかで優しい母が唯一厳しく私に教え込んだことで、私はそれを従順に守っていたが、まさかこんなことに役立つとは思わなかった。いや、このことを母は予期していたからこそ、厳しく私に教えていたのかもしれない。それならば納得だ。
私は白い清潔な和服でこの村の端にある洞窟の中に入る。明かりは松明だけなので心もとないが、これから生き仏になろうという人間が、携帯の明かりで神聖な場所に入るというのも気が引けたので、ここは松明というチョイスにした。実際に使っている今、やはり携帯を持ってくればよかったという後悔をしてしまったが、そんなの今さらで、私もこんな古びた村にいながら、ちゃんと今時の若者というやつなのだと、少しおかしくなって笑ってしまう。
いや、5軒隣のご高齢の杉本さんなんかは、私より新しい携帯を持っていて、それを使いこなしているのだから、携帯=若者という考えも古いのかもしれない。
そういえば翠さん、私と同い年のあの可愛い女の子。あの子とはもっと話をしたかった。同い年の女子であんなフレンドリーに、ずばずばと話しかけてくれる人など、私の周りにはいなかったので、そんな彼女との会話はとても楽しかった。
ただでさえこの村には子供が少ないのに、その中で私と同い年の子は片手で数えられる程しかいない。その数人も、私が‘比見’ということで距離を取って接してくる。畏敬を持って接してくる。
会って間もないし、会った回数、話した回数も少なかったが、翠さんとは村の誰ともなれなかった友達という関係に近かったのかもしれない。こんなことを翠さんに話したら鼻で笑われるかもしれないが。
そんなことを考えながら、足場の悪い洞窟の中をおっかなびっくり進んでいると、母の遺書に書いてあったとおりのものが見えてきた。
「大きい・・・」
そこにあるのは小さな社。
ここで私は、社の側にある箱の中で即身仏になる。
本来なら途方もない時間のかかる即身仏の作成であるが、この箱に入って作るぶんには20分やそこらでいいと書かれていた。
どんな理屈なのかはわからない。
知る必要もない。
それが村を救う最後の手段なのだから。
母の、最期の望みなのだから。
「・・・」
私は社に一礼した後、箱に向かって歩いて行く。その箱は私を処刑する道具だ。
怖い。怖い。怖い。
だが、私の足取りは私が思っているよりも軽やかに箱へと向かっている。
あぁ、きっとこれが私の・・・




