真実1
翌日、僕は村に1件しかない喫茶店に来ていた。翠と冴子さんとは別行動である。
「お待たせしました」
「いえいえ」
やってきたのはクリスさん。昨日の夜の内に、連絡を取ってここに来るように伝えていたのだ。来てくれるかはぶっちゃけ賭けだったので、来てくれたことに内心安堵する。
クリスさんは注文したアイスコーヒーがきたタイミングで、盗聴防止のための術式を使う。これで店主にはたわいのない会話をする2人に見えるだろう。
「さて、急な呼び出しということは、依頼した件が進んだと見ていいのでしょうか?」
「どこまで知っているんですか?」
「はて、何のことでしょうか?」
「とぼけないでください。僕という個人に依頼するにしては、事が大きすぎます。あなたのことだ、1,2か月程前からこの件について調べているはずです」
「1,2か月前って、だいぶ具体的ですね」
「聞き込みの結果、その時期から極端に外国人を見かける機会が増えたということが判明しています。あなたの部下ではないのですか」
クリスさんは動揺する素振りもなく、コーヒーを口にした後に言葉を紡ぐ。
「鎌を盗んだ輩達が外国人で、その人達を見ただけなのでは?」
「その可能性もありますね。ですが、それにしては人数が多すぎるような気がしますが」
「それに私なら、現地で目立たないように現地人、日本人の協力者を使います」
「・・・」
確かにこれは僕の推理だ。予想だ。穴だらけの。
そこから何かしらのリアクションが見られると思っていたのだが、クリスさんはいたって平然とした顔をしている。
「クスッ、意地悪を言いましたね。確かに、ここ最近この辺りをうろついている外国人の半分は私の部下です」
「半分?」
「もう半分は今回の件の賊達でしょうね」
「犯人の正体もわかっていたんですね」
「鎌を盗んだ犯人グループは旧ソビエトの魔法使い達です」
「魔法使いとは、また、なんとも・・・」
「一般人から見れば、私達も十分魔法使いというものにカテゴライズされると思いますよ」
「確かにそうですね」
「話を戻しましょう。今回の犯人は祖国の宝を取り戻すために動いている組織です」
「取り戻す?奪うの間違いでは?」
「祭具である鎌と鎚は、1930年にこの村に寄贈あれたもので、元々はソビエトのものです。鎌と鎚は共産主義や共産党のシンボルで、ソビエトの国旗にも使用されています。今は亡き国を復興するため、そういった神秘を集めているようです」
「それはまた、涙ぐましい努力ですね。ちなみに、規模をお伺いしても?」
「30人ほどですね」
30人。小さな村に潜伏するには、いささか人数が多い。
「彼らはこの村の村長、檜山氏の援助を受けています。隠れ家も檜山氏の息のかかった場所だと見て、今現在捜索を続けている最中です」
「檜山さんが?何故?」
「彼は寄贈された鎌と鎚と共にこの日本に移り住んだ者の末裔です」
ここで点と点が繋がった。
檜山さんは昔村八分のようなものを受けていたようだったが、その原因はこれなのだろう。小さな村で外国人のハーフ、またはクウォーターがいたら、村八分の標的になってもおかしくはない。
「ですが1つ疑問が。檜山さんは村長です。その立場を利用すれば、比較的簡単に、祭具を手に入ると思うのですが」
「そこは私も疑問に思っていました。村長の立場を守るためとも思いましたが、この村は、ねぇ・・・」
祭具を奪えば勝手に滅びる。そんな村の村長の立場を守っても仕方がない。クリスさんはそう言いたいのだろう。それと同時にわかったことがある。クリスさんはこの村を守る気がない。この村が滅びることを前提に話している。
この村を一緒に救う提案をしたかったのだが、それは無理そうだ。
「村を救うという選択肢はないんでしょうか?」
それでも僕は確認する。
藁にもすがる思いで。
「他人事ですね」
「え?」
「いえいえ、何でもありません」
他人事?
どういうことだろう?
「村のことであなたが出来ることはありません。心配する必要がありません。あと、比見静についてもです。その件について心を痛めているようでしたら」
「静さん?静さんがどうしたんでしょうか」
「あら?比見冴子を降霊したという情報が入ったんでてっきり知っているものかと」
クリスさんはそっとカップを机に置いて答える。
「彼女はこの村の要になる存在です」
「要?」
「読んで字のごとくです。即身仏をご存知でしょうか?」
即身仏。僧侶のミイラのことだと記憶しているが、それが静さんにどう繋がるのか。さっぱりわからない僕はクリスさんに話の続きを促す。
「彼女は比見冴子によって用意された、祭具の代わりになる‘もの’です。即身仏となり、この村を守るために用意された贄です。よかったですね。この村は潰れませんよ」
僕は気持ちを抑えきれずに立ち上がる。立ち上がると同時に机に置かれたカップが倒れる。
「・・・そのことを静さんはご存知なんでしょうか?」
「これから檜山氏、あるいは冴子さんの遺物から知ることになるでしょうね」
「檜山さんから話すのはわかりますが、冴子さんの遺物とは?」
「彼女は生前、予知の力を持っていました。自分の死を察し、遺産、遺物の整理をこの時期、祭具が失われる時期に頼むことは可能でしょう。遺言書などを残せば」
「冴子さんは全てを知っていたと?」
「そうですね」
だけど、娘を即身仏に、生贄にするなんて、正気の沙汰ではない。
村の巫女として、村人全員と娘の命を天秤にかけ、村人の命を取った。そこまではわかる。わかりたくはないが、まぁわかる。だが、他に方法はなかったのだろうか。
そうだ。祭具を守れば静さんが即身仏になる必要は・・・だめだ。目の前の彼女は意地でも祭具を取りにくるだろう。静さんにとってはどん詰まりだ。
「そう難しく考える必要はありませんよ。トロッコ問題をご存知でしょう?」
「・・・」
制御不能になったトロッコ。このままでは前方にいる5人が轢き殺されてしまうが、偶然にもあなたは分岐器の目の前にいた。しかし、分岐を変えたとしてもその分岐路には1人の人間がいる。さぁどうする?
そういった救いようのない問題だ。
冴子さんは5人を、村人全員を救うために分岐を変え、1人を、娘を犠牲にすることを選んだ。
檜山さんは村より国の復興を優先した。
僕は翠を危険にさらしてまで、村人全員を救う道を模索している。
この問題に正解なんてものはない。
その人の価値観で答えが変ってしまう。
そんな問題だ。
だから一概にも冴子さんが絶対間違っているとは言えないが、気に食わない。
そう、納得がいかない。
「ちなみに、比見冴子の霊魂とあなたの相棒は今どこに?」
「本殿に見張りに行っています」
「祭具がなくなるのは確定しているのに、ご苦労なことですね」
「冴子さんのその予知というのは、それほどランクの高いものなのですか?」
能力といっても、予知といってもピンからキリまである。正確無比なとんでも能力から、朝のテレビ番組の占いのごとくもやっとしたものしか見られない人もいる。
「中の下といったところですかね」
「それなら」
「それなら、祭具の盗まれない未来もあるのではないかと言いたいんでしょうけど、甘いです。‘私達’も狙っているんですよ。祭具は確実にこの村からなくなります。これは決定事項です」
「・・・」
「今私達がやっているのは、亡き国のために、粉骨砕身で働く愚か者達の場所を突き止め、盗まれた祭具を奪取することです。というわけで、私これでも忙しいので、これ以上用がないのならこれで失礼しますが、よろしいでしょうか?」
「最後に1つだけ」
「いいですよ」
「檜山さんの場所はご存知ですか?」
「彼なら昨日の夜から行方不明です。我々の監視からも外れてしまいました」
「そうですか」
檜山さんにこの件を問いただそうとした僕だったが、そう事は簡単に運ばないようだ。




