祭りの後4
「すまないが、本殿には今誰も入れないようにしている」
「檜山さんは何故ここに?」
「ん?なに、本殿を無償で守ってくれている若人達を陰ながら見守ろうと」
「それはそれは、お疲れ様です」
本当は本殿の中にある祭具を見たかったのだが、ここは諦めて別の方向へシフトすることにしよう。
「比見さんから全て聞きました」
「・・・なんの話を?」
「祭具に、鎚に血が付いていることっす。そしてその経緯もっす」
檜山さんは驚いた表情を見せた後、すぐに疑念に満ちた顔になる。
「静さんは何故その話を君達に?」
檜山さんの疑問はもっともである。これに関しては僕の憶測だが、彼女はもう限界だったのだろう。隠すことに疲れ、ごまかすことに疲れ、その立場に疲れていた。だからこそ吐き出す場所が欲しかったのだ。そんな、木の洞に言葉を吐き出すように、この村に関係のない僕達に現状を吐き出したのだろう。その後のことなど考えず。
だが、そんな彼女を誰が責められようか。
犯罪者の娘という立場にいきなりなり、しかもその立場を隠さなければいけない。これは比見さんの性格上、だいぶ重荷になっているに違いない。その重荷を2年も背負っている彼女が、ほんの少し気が緩んでも仕方がないというものだ。
「なるほど。確かに私と穂村さんは静さんに重荷を背負わせてしまったのかもしれない」
「もう解放してさし上げればよろしいのでは?」
「それは・・・だめだ」
「何故?」
「あの娘を、犯罪者の娘にすることはできない」
「彼女はもうそのことについての覚悟をしてますし、今までと何も変わらないのでは?」
僕のその言葉に檜山さんは鼻で笑う。
「君は村社会をなめているね。あの子の母親が犯罪者と分かれば、その日の内に静さんは村八分になるだろう。そんな立場には、絶対させん」
強い意思を持ったその瞳を前に、思わず僕と翠はたじろいでしまった。ただの威圧ではない。まるで我が子を守る野生動物のような、優しい威圧だ。
とはいえ、やはり威圧は威圧。いつまでもそれを前にして気分がいいわけではない。
「随分と比見さんを大事に思っているようですね」
「なにせ恩人の娘だからな。大事に扱いもするさ」
「恩人?」
「あぁ。冴子さんは恩人だよ。この村に来て間もない頃によく世話になった」
「檜山さんはこの村の生まれじゃないんですか?」
「生まれはこの村ではない。10歳の頃にここに引っ越してきて、両親が亡くなった後は村長の家に養子という形で入り、今に至るというわけだ」
そう言う檜山さんの目は、どこか遠くを見つめていて。表情は懐かしいアルバムを見ているように穏やかなものだった。冴子さんとの思い出は、檜山さんにとってそれほど大切なものなのだろう。
「もしかして、檜山さんは最初村八分を受けてたのですか?そして冴子さんに助けてもらったと」
「よくわかったね」
村社会を、村八分を語っている時の檜山さんの反応を見れば、彼がその被害を受けた、あるいは関係していたことは予想できる。この話の流れで冴子さんが恩人だというのなら、それは檜山さんが助けてもらった、つまり助けてもらうような立場だったことを意味する。故にこの結論だったのだが、間違ってはいないようだった。
「失礼ですが、何故村八分を受けたのでしょうか?」
「・・・特に理由なんてなかったのかもしれない。あの頃は、よそ者というだけで迫害を受けることもあった時代だ。そんな僕に対して唯一、彼女、冴子さんだけは人間として接してくれた」
人間として接してくれたとはだいぶ大げさに聞こえるが、それは村社会を知らない僕だからこその意見で、実際はその通りかもしれなかった。
いや、村社会というものは知らなくてもそれに近いものなら知っている。僕も、翠も。それは教室だ。教室というのも、村社会と同じく閉鎖的で、その場所独自のルールがある。そして村八分、いじめが存在する。いじめが行われる原因は1つや2つどころではない。その教室のルールから外れた者、容姿、性格、行動。あるいは、檜山さんが村八分を受けた時と同じ、理由などないのかもしれない。加害者側の勝手な自己満足を満たすためのものということもあるだろう。
いじめをしたこともされたこともない僕だが、目撃したことはある。とても、とても悲惨なものだった。
なるほど、確かに親しい人に‘あれ’の被害にあってほしくないというのは当然の反応だろう。それでも、
「それでも、けじめはつけるべきでしょう。このままだと、比見さんは潰れてしまいますよ」
こんな怪しい学生に事情を説明してしまう程に判断能力が落ちている、弱っている比見さんは、近いうちに罪悪感に潰されてしまうのではないかというのが僕の心配しているところだ。それは檜山さんも感じ取っていたようで、視線を地面に落とし黙りこくってしまう。
「翠もそう思うっす。村に住みづらいっていうなら、他に住処を移すっていう手もあるっすよ」
「そうは・・・いかんのだ」
「それは何故?」
「彼女は、静さんはこの町から出てはいけない」
僕と翠はお互いを見てから首を傾げる。
この町を出てはいけないとは一体全体どういうことなのだろう?
「理由をお聞きしても?」
「・・・・・・失礼する」
檜山さんはだんまりを決め込んだ後、そう言い残し、走ってこの場から去って行った。追いかけたいところではあったが、地の利がないこの場所で追いかけっこというのも勝算がないので、ここは黙って見逃すことにした。




