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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる
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遺産放棄3

 次の日の放課後、森下先輩に部室まで来てもらった。やはり本人に直接聞いて説得するのが手っ取り早いという結論から、僕がこの部室に招いた次第である。勿論お客様をお呼びするのだから、ある程度掃除は完了している。

 警戒されている僕が彼女をこの部室に呼ぶのには、それなりの工夫を強いられたわけだが、それもやむなし。仕事である以上、どんな面倒も厄介も喜々として受け入れるような精神でないと、この仕事を続けることができないのだ。


「このふざけた手紙は何ですか?」


 森下先輩は怒りをあらわにしながら、カバンの中から1通の手紙を取り出す。それはこの部室まで彼女を呼ぶため、僕が丹精込めて書いた手紙だったのだが、何が彼女の琴線に触れたのかは僕にはわからない。まったく身に覚えがない。


「ふざけた?」


 厳丈先生は森下先輩の発言と表情が気になったようで、彼女から手紙を取り上げ、それを読み始める。



 はじめて会った時からあなたのことが忘れられません。

 嗚呼、あなたの髪はまるで黒真珠のような輝きを放ち、あなたの凛とした瞳は日本刀のようです。その美しさ、気高さは例えようがなく、女神も裸足で逃げ出してしまうほどでしょう。そして、何といってもあなたのその暴力的なナイスバディ!ボンキュンボン!

 僕はその体から目が離せずにいます。

 今日の放課後、不思議研究会の部室に来てください。僕のこの熱い想いをあなたに知って欲しいのです。

 P.Sあなたのおじいさんについて話があります。こなかったら・・・    

 88、58、82の森下先輩へ。

 あなたの風乃坂桜



 厳丈先生はため息をしながら、ロッカーを引きずって僕に近づいて来る。普段は僕達の荷物を預かってくれる頼りがいのある学校の備品だが、この状況においては、あれが僕専用の牢屋にしか見えない。


「あれがロッカー人間の正体ですか?」

「・・・この部の恥だ」


 先生が頭を抱えながらロッカー(僕)を指差す。それはもう、心底申し訳ないという雰囲気を出しながら先生は答える。自分の生徒を捕まえて恥じと言うのは、些か先生らしさに欠ける発言だと思うのだが、これを言ってしまうと、僕はこのロッカーの中で天寿をまっとうする羽目になりかねないので、ここでは絶対に言わない。


「厳丈先生、悩んでいる暇があったら彼女の話を聞くべきなのでは?」

「黙れ変態」

「失礼します」


 森下先輩は僕と厳丈先生の恒例行事を横目に、この部室を出て行こうとする。


「待て森下。生徒の悩みを聞くのは俺の、先生の役目だ。お前がお祖父さんのことで悩んでいるなら話してくれないか?」


 厳丈先生もやはり本職は教師。困った学生を放ってはおけないようで(僕を除く)、この部室ではあまり見せないような真剣な表情を見せる。

 その表情から真摯さを感じ取ったのか、この部屋から出るための歩みを止め、先生の方に振り向き、口を開く。


「そこのストーカーに私の平穏な学生生活が脅かされています。どうにかしてください」

「安心しろ。それに関しては携帯を開いて110を押すことで解決する」

「生徒を前科者にするのに、何でそんなに躊躇いがないんですか!」


 僕はロッカーの中から悲痛な叫びを漏らす。

 確かに切実な悩みかもしれないが、本筋から逸れてしまう。筒治さんの依頼の件もあるが、僕が前科者にならないためにも、ここは話しを戻さねばならない。

 いや、本当に、110を押されたら洒落にならない。


「少しでいいんです。ちょっとだけ。ほんの少し僕の話を聞くだけで、あなたが得をするかもしれませんよ」

「お前は怪しい営業マンか」


 そう言って先生はロッカーを蹴る。生徒への暴力。この案件こそ警察に通報すべきだと僕は思う。

 その後も、この部屋から退出しようとする森下先輩を根気よく説得した結果、遺産の話を聞かせていただけるプラス、僕への通報はなしということにしてくれた。ここまでたどり着くまでに土下座8回と、バケツが溢れるほどの涙を流すはめになった。これ以上の詳しい描写は、僕のプライバシ―のために伏せさせてもらう。ちなみに、土下座を行う際に1度ロッカーから出所できた僕だったが、先生と森下先輩の判断により、またもロッカーに戻るはめになった。安全上の理由らしい。

 なんとも賢明な判断だ。


「では約束してください。私の祖父についての話をしたら、もう私に近づかないことを」


 110のボタンを押し、いつでも通報できる姿勢を僕に見せる森下先輩は、心底、嫌々といった感じで言う。

「ちなみに、僕の告白の答えは?」

「あなたとお付き合いするなんて、まっぴらごめんです」


 勇気ある純粋無垢な青少年の告白に対しての答えがそれとは・・・美人は基本的に厳しいという噂は本当なのかもしれない。僕に対して優しく接してくれる大和撫子は、いったいどこにいるのだろう?


「ですが、これぐらいのことで僕がめげると思っているのなら大間違いです。僕は障害があればあるほど燃え上がる系の男子ですよ」


 もっとも、障害が公的な機関になるかもしれないことを考えると、なかなかに自滅的な行為だとも取れるかもしれない。それでも燃え上がることができる僕は、なかなかの器の大きさなのではないのではなかろうか。


「これ以上私に対して嫌がらせ(告白)するのなら、学校の裏サイトにあなたの手紙をアップして、私がどれ程の精神的苦痛を与えられたかを書き込みます」

「さらさないでください!」

「他の生徒への注意喚起です」


 僕のガラスのハートを壊さない注意が全くない。そこらへんも注意していただきたいものなのだが。


「もうそろそろ、お前のお祖父さんの話を聞かせてくれないか?」


 厳丈先生はこのやり取りに飽きたとでもいいたげな表情だった。確かに、先生は部の活動上僕と行動することが多く、それに伴い僕の女性関係のトラブルを見る機会が多々ある立場かもしれない。飽きるほど見てきたのかもしれない。そう思うと、ほんの少しだけ申し訳なくなってきた。


「・・・はい」


森下先輩はソファーに腰を下ろし、話し始める。



 私の祖父は一代で森下家を富豪にする程の手腕の持ち主でした。海運業で成功し、その後は土地の売買で儲け、いつのまにかこの辺りでは有名な地主になっていたと聞きます。そんな祖父に対して、私を含めた家族の皆はそんな祖父を尊敬すべきだとは思いますが、祖父の性格がそれを邪魔しました。

 唯我独尊。

 人間不信。

 家族に対しても信用せず、横暴に接していました。時には罵倒で、時には暴力で、何度も家族を傷つけていたそうです。

 そんな祖父でしたが、家族や親戚の中で唯一、私にだけは甘く、優しい祖父でした。休日には私を楽しい場所に連れて行ってくれて、欲しい物は何でも買ってくれました。優しく頭を撫でてくれました。子守歌で寝かしつけてくれました。とても、とても私に優しい人だったんです。

 今回私に譲るはずだった山にも、何度も遊びに連れて行ってもらいました。そこは緑豊かで、とても綺麗な場所でした。幼い頃の私はその場所が好きで、祖父に会う度、その山に連れて行って欲しいとせがんでいたらしいです。大分昔なので、私はあまり覚えていませんが。

 その山は当時、私有地でもなんでもない、国が所有する山だったらしいですが、祖父はそんな私のために5年前にその山を購入しました。最初から私に譲るために購入したのかもしれません。えぇ、金銭感覚が常識の外なんです、あの人は。欲しいものは基本的に、金を積めば手に入れられると思っている節がありました。最低な人でした。

 そんな祖父が死んでから10日後、私を含めた親族の全員が集められ、そこで遺産の配分についての祖父の遺言を伝えられ、あの山が私に譲られることも、そこで話されました。私があの土地を譲渡することに反対する人はいましたが、祖父専属の弁護士が私の味方になってくれました。しかし、私はまだ学生です。いくら思い出ある土地とはいえ、学生の私が持っていても持て余すという理由で、受け取るのを辞退させてもらいました。それに、これ以上親戚の中で浮くのは御免でしたからね。

 その後の親戚会議は見ていられないほどに、聞いていられないほどに醜いものでした。

 山を手に入れるため、親戚達がお互いに罵り合い、相手の弱みを見せびらかし、怒鳴り合う。この人達と同じ血が少しでも私に流れていると思っただけで、吐き気がするほどでした。本来はここまで酷く罵り合ってまで欲しがるような土地ではないのですが、祖父が可愛がっていた私に残した遺産、というのに過剰反応したみたいです。恐らく、貴重な地下資源があるのではないかと思ったのでしょう。

 話合いはその日には終わらず、祖父の長男と3男が今尚、弁護士を立てて争っているらしいです。ですので、しばらくはあの山は持ち主不在の山ということになりますね。

 これだけです。

 これだけのことなんです。



「それに、私は祖父があまり好きではありません」

「あなたを甘やかしてくれる、とても優しいお祖父様だったのでは?」

「だからです」


 僕は彼女の言っている意味が分からず、首を傾げる。


「私だけを特別扱いすることで、私の家族、親戚内での居場所がなくなってしまったんです。特に祖父の長男で、父の兄にあたる人は、私が祖父の莫大な財産を奪うのではないかと昔から疑っていました。そんなこと、これっぽっちも考えてはいなかったのに」


 そうか。筒治さんは家族や親戚から嫌われていた。そして森下先輩はその中で特別扱いされていた。そんな特別が彼女の居場所を奪ってしまったことは、容易に想像できるものだ。

 部屋の隅で彼女の話を聞いているだろう筒治さんは、今どのような気持ちなのだろうか?

 自分の孫娘に向けた愛情が、彼女を傷つける牙となっていた事実を聞かされて。僕は横目で紙を確認するが、何の変化も起こっていない。その紙は黙って、彼女の話を静に聞いていた。


「私が祖父の土地を受け取らなかったのは、祖父に対する小さな復讐も兼ねていたのかもしれませんね」


 森下先輩は顔を俯け、淡々と今回の件について語り続ける。


「貰える物は貰っておいたほうがいいと思うんですが?」

「お祖父さんが嫌いとはいえ、可愛い孫娘への愛情として受け止めておけばいいのにな」

「そんな簡単な話じゃないんです」

「そういうものですか?」

「そういうものです」


 実際、そういうものなのかもしれない。客観的に見れば受け取ったほうがいいかもしれないが、本人にとって、主観的に見れば、答えは全然違うものになってくるものかもしれない。


「それで、これでいいんですか?」

「はい?」

「私の話せる内容はこれくらいです。もう帰ってもいいですよね」


 森下先輩はそう言って立ち上がり、僕を睨みつける。


「いいでしょう」

「何で上から目線なんですか」

「‘これ以上’は話す気がなさそうですから」


 彼女は話していた時よりも険しい顔を僕に向ける。僕にというか、僕が入っているロッカーにだが。


「失礼しました!」


 険しい表情を浮かべたまま、森下先輩は部室から出て行った。

 森下先輩がこの部屋から出た後、厳丈先生は帰宅の準備を進めながら、僕に1つの質問をする。


「今の会話、何か変な所あったか?」

「ありませんでしたよ。何故ですか?」

「‘これ以上’って言っただろ」

「鎌をかけただけです」

「お前って奴は」


 先生は呆れるような笑みを僕に向ける。このシーンだけを切り取ると、なかなかニヒルな感じがするが、先生が笑いかけているのはロッカーだ。ニヒルとは到底似つかない絵面だろう。

 さて、森下先輩の話が全て嘘ということはないと思うが、それが全てではないということも分かった。しかし、これ以上彼女から事情を聴き出すのは難しい。


「明日は休みですから、話の中心である山に行ってみましょうか?」

「俺はパスだ。明日は奥さんとデートだから」

「結婚して10年も経ってからデートって、相変わらずのバカップルですね」

「最高の褒め言葉だ」

「仕方ありませんね」


 その時、タイミング良く部室に来客が来る。もはや恒例になりつつある、あの方の登場である。


「あの、森下先輩の話は終わったんですか?」


 いつも通りに静に扉を開け、大野さんは部室に訪れた。

 最初に盗み見た森下先輩の僕への冷たい態度からなのか、彼女は少し先輩への苦手意識があるように見える。びくびくと部室を除く姿を見る限り、僕のこの予想は近からず遠からずといったところだろう。


「大野さん、明日は僕とデートをしましょう」

「え、嫌。・・・何でまたロッカー?」

「即答でしたね」


 手をぶんぶんと目の前で振りながら、拒否の言葉を口にした大野さんを見て、僕は大きなため息をつく。何とも付き合いの悪い方だ。もう知らない仲ではないというのに。


「大野、明日はそこのロッカー男と一緒に出掛けてやってくれ」


 そう言って僕への助け船を出す先生だったが、明日の予定の助け船を出すくらいなら、今の自分の状況(ロッカーに閉じ込められている状況)にもなんとかして欲しいものだ。


「どんな罰ゲームですか」

「可愛そうな男の可哀想な休日を潤してやれ。そう、ボランティアだと思えばいい」

「救いたくもない人を救う気はありません。というか、救えない馬鹿を救う気はありません」


 これは明らかにいじめではないだろうか?

 我が部の部長として、この由々しき事態は見逃せない。自分のことだから目が離せないというのが1番の理由で、悲しい現実なのだが。


「というか、私をどこに連れてこうとしてたんですか?」

「森下筒治さんが言っていた森だ。どんな感じか見て来て欲しい」

「先生は行かないんですか?」

「予定がある。それに、休日になってまでこの問題児と一緒にいたくない」

「それは私も同じですよ」


 ここから厳丈先生と大野さんによる僕の押し付け合いが始まる。本当にもう、聞いていられない。これ以上2人の押し付け合いを見るのは僕のメンタルに悪いので、僕自らが大野さんと話をする。交渉をする。


「これが解決しないと、会いたい方に会うことが難しいですよ」

「うぅ」

「早期解決をしないと困るのはあなたでは?」

「えっと」

「という訳で、明日は僕と一緒に‘木斗目山きとめやま’に来てもらいます」

「・・わかったわよ」


 大野さんは渋々といった感じで了承してくれた。

どれだけ嫌なんだ。そこまで嫌がられると、まるで僕の普段の行いが悪いみたいに読者に伝わってしまうではないか。


「それで、木斗目山っていうのはどこにあるの?」

「僕は場所を知りませんが、彼なら当然知っているでしょう」


 僕は部室の隅に置いてある紙を指差す。もとはと言えば、彼の所有物であったのは間違いないのだから、場所くらいは当然知っているだろう。僕はそう言って、コックリさんの紙が置かれた机を指差すが、


「千沙斗に嫌われた・・千沙斗に嫌われた」

「この孫馬鹿が普通に話せるメンタルになるのを待つ必要がありそうだな」


 厳丈先生はコックリさんの紙をヒラヒラと揺らしながら言い、僕と大野さんは盛大にため息をついた。


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