祭り2
「桜さん、翠さん、いらしてたんですね」
声のする方を見ると、そこには巫女姿の比見さんがいた。この人混みの中よく見つけたなと思ったが、どうやら僕達を探していた訳ではなさそうだ。
「穂村さんを見かけませんでしたか?」
「地主のおっちゃんすか?見てないっすけど」
「何かあったんですか?」
「実は、村長の檜山さんと穂村さんと私で、神事の前に集まる予定をしていたんですが、穂村さんだけ集まっていなくて、放送でも呼びかけているのですが、集合場所にいらっしゃらないので、こうして足を使って探しているわけです」
「携帯で呼び出さないんすか?」
「生憎と電話にも出なくて」
「心配ですね。僕達も探すのをお手伝いしましょうか?」
「よろしいんですか。是非お願いします」
これ以上翠に僕の財布を漁られる事態を防ぐ為に、僕はそういう提案を持ち出したわけだが、思いのほか素直に受け入れてくれた。翠は若干不満そうな顔をしているが、ここは僕の財布のために我慢してもらおう。
穂村さんを探すこと30分。未だ見つけられずにいる僕達は、本殿のすぐ隣で休憩を取ることにした。そんな余裕がないのはわかっているが、いかんせん見つからない。下手の考え休むに似たり。比見さんの話を聞いて今回の件を整理しよう。
「比見さん、穂村さんにはどのような用事だったのですか?」
「祭が終わった後の打ち上げに関する話をしたくて、集まってもらう予定でした」
「そうですか。穂村さんが寄りそうな所に心当たりは?脾片目神社付近以外でもいいです」
「いくつかありますが、2時間ほど前に穂村さんを境内で見かけたので、祭をしているこの付近にはいると思います。わざわざここを離れる理由はありませんから。それに」
「それに?」
「もう2.30分程で神事が始まります。信心深い穂村さんが、それを見ないなんてありえません」
「もぐもぐ。神事って何をやるんすか?」
「翠、ものを食べながらしゃべるのは行儀が悪いですよ」
「翠のお母さんじゃないんすから、そんな忠告御免っす。比見さん、りんご飴一口いるっすか?」
「いえ、私は結構です。それよりも、先ほどの話の続きですが」
比見さんは一呼吸置いた後に話を再開した。
「祭具を神様に捧げるのです」
「捧げる・・・ですか?」
「はい。祭具である鎚と鎌を巫女である私が奉納するのです」
思っていたよりも簡素な神事だが、比見さん達にとってはかけがえのないもので、穂村さんはそれを見逃すはずがないという。なら、
「案外この近くにいるんじゃないっすか?」
「かもしれませんね」
「まさか、本殿近くは先に探しました」
「本殿の中は?」
「探していませんけど、あの穂村さんが勝手に本殿に入るなんて考えられません。先ほども言った通り、穂村さんは信心深いんです。神様がおわす本殿に、私の許可なく入ることはありません」
「ですが、確認のためにも本殿を見ていればどうですか?」
「・・・そうですね。確認のためにも」
そう言って比見さんは本殿の入り口へと向かって行った。さすがに僕達もお邪魔するというわけにはいかないだろうと思い、ここで待つことにした。
比見さんが本殿に入るのを確認して10数秒後、比見さんの悲鳴が聞こえたので、僕と翠は慌てて本殿へと入る。そこで目にしたのは、
「穂村さん、穂村さん、大丈夫ですか!」
頭から血を流している穂村さんの姿だった。僕は慌てて脈を測って生存確認をする。
「脈はあります」
「息もしているっす。気絶しているだけっすね」
「酷い。いったい誰がこんなことを」
「うぅ・・・」
僕達の声で気がついたのか、穂村さんが唸り声を出しながら目を開ける。
「穂村さん、ここがどこだかわかりますか?」
僕は穂村さんに問いかける。
「わかる。本殿だろう」
「そうです。では、ここで何があったのか覚えていますか?」
「鹿が・・・」
「鹿?」
「白い・・・鹿に襲われた」
白い鹿?そんな珍しいものがこの日本に?そんな疑問があったが、辺りを見回すと納得がいった。
「先輩、この気配は」
「えぇ、‘式神’ですね。翠、追えますか?」
「合点承知の助」
「何故江戸っ子風?」
翠は式神の気配を追い、本殿から出ていく。本当は翠1人に任せるのは少し危険だが、翠なら危険の一歩手前で退散する頭は持っているだろう。
「比見さん、救急車を」
「は、はい。え?翠さんはどこに?」
「少し野暮用です。それより早く救急車を」
「はい!」
比見さんは急いで救急車を呼ぶ。
その間に聞きたいことを聞いておかないと。
「穂村さん、あなたは何故本殿へと入ったのですか?」
「誰もいないはずの本殿で、人のいる気配と音が聞こえたんじゃ。誰かいたずら目的で入ったのかと思い、しかりつけようと入ったんじゃが・・・」
「そこで白い鹿に襲われたと」
「あんなもの、この辺りじゃあ見たことない。なんだったんじゃ?」
まだ自身に起こったことを整理できていない穂村さんは、明らかに混乱していた。これ以上事情を聞くのは酷かもしれないが、それでも聞いておかなければならないことはまだある。
「穂村さん、白い鹿以外に見たものはありませんか?」
「他・・・他は・・・人影を見た。そうじゃ、鎌を持った・・・鎌を持っておったんじゃ!」
穂村さんは急に興奮して立ち上がろうとするが、体の痛みのせいか、その場で崩れ落ちる。僕と電話を終えた比見さんは崩れ落ちた穂村さんを受け止め、その場に座らせる。
「比見ちゃん、大変じゃ。祭具が、祭具が盗まれた」
「なんですって!?」
比見さんは慌てた様子で本殿の奥へと向かい、祭壇のようなところを確認する。何度も。何度も。
「ない。ない。ないです!」
「落ち着いてください比見さん。祭具が盗まれたのなら警察に連絡を」
「それは・・・ダメです。ダメなんです」
「それはどうして?」
「と、とにかく、ダメなものはダメなんです!」
明らかに狼狽えている比見さんは、下手したら穂村さんよりパニックになっていた。大事であろう祭具を盗られたというのに警察沙汰は困るとは、いったいどんな理由があるのやら。聞くのが怖くなってきたが、ここで引き下がるのは愚策というものだろう。そう思い比見さんを問いただそうとしたが、間が悪いことに、救急車の音が近づいてきた。
比見さんはその音を聞くと救急車を迎えに本殿の外に出ようとするが、穂村さんに引き止められる。
「比見ちゃん、盗まれたのは鎌だけなんじゃろ?」
「・・・えぇ」
「そうか。そりゃぁよかった。不幸中の幸いじゃ」
よかった?
盗まれた祭具が鎌だけなら不幸中の幸い?
どういうことだ?
いくつもの疑問が頭の中を巡る。それを整理しようと頭を働かせていると、翠から連絡が来た。
「式神の痕跡を辿ったっすけど。途中で複数人の気配を感じたから、対象とだいぶ離れたところで待機してるっす。どうすればいいっすか?」
「複数人って、具体的に何人かわかりますか?」
「10人はいないくらいっす」
「・・・撤退で。集合場所は本殿の前にしましょう」
「了解っす」
僕は通話を切り、比見さんを追いかける形で本殿を出る。




