祭り1
今日は祭りが始まる日だが、僕の体調は優れない。どこかの誰かさんがとんでもない恰好で寝ていたものだから、部屋の片隅で丸まって、バスタオルを布団代わりに寝ていた僕の体は、当然のように疲労が抜けていなかった。
疲れた体に鞭打って、バスで村の中心街にある脾片目神社に向かっているところである。
「失礼したっす。本当に申し訳ないことをしたっす」
「いえ、翠も人の子です。こういうこともあるでしょう」
猛反省している翠は、気まずさと恥ずかしさで顔を両手で覆っている。翠に人並の羞恥心があることに安堵しながら、僕はバスの揺れに身を任す。いけない、この揺れは今の僕には危険だ。今寝たら脾片目神社で降りれなくなってしまう。
「翠、何か話をしてください。このままだと寝てしまいます」
「いいじゃないっすか。あと30分くらいなんすから、寝てたらどうっすか?」
「30分寝たら、起きれる自信がありません」
「なるほど、じゃあ・・・」
翠はもじもじとしながら言葉を切り出す。
「昨日、桜先輩は翠になんかしたっすか?」
「ぶふっ」
思わず飲んでいたお茶を吐き出してしまった。
ちょ、え、何でその話題?
「したならしたで報告して欲しいっす」
「してません!今朝も言ったでしょう!」
「な!?こんな可憐な美少女が無防備に寝ていたんのに、何もしてないっていうんすか?先輩はゲイっすか?」
「なんでそうなるんですか?」
僕はそう言いながら、思わずうなだれてしまった。目は覚めたが、あまりいい目覚め方ではない。心臓に悪すぎる。
というか、翠のこの言い方だと手を出してよかったのか?
僕の疑問に感づいた翠は、慌てて僕の疑問に答える。
「手を出して欲しかったわけじゃないっす!ただ、乙女としては複雑というかなんというか・・・」
「乙女心は複雑ですね」
「そ、そうっす。複雑なんす」
顔を真っ赤にした翠は、ぷんすかと怒りながらお菓子を食べる。
「そういえば厳丈先生とは連絡取れたっすか?」
「いえ、電話もメールも返事ありません。どうやら本格的にそっぽ向かれているようです」
「それはそれは、珍しいっすね。あの過保護な先生にしては」
「そうですね」
その理由について翠は深堀しない。こちらとしてはありがたいが、後輩に気をつかわせていることには少しだけ思うところがある。
「詳しいことは聞かないっすけど、なるべく早めに仲直りしてくれると嬉しいっす。気まずくて仕方ないっすから」
「善処します」
「そうして欲しいっす。あ、もうすぐ着くっすよ。りんご飴とか焼きそばとかあればいいっすけど。楽しみっすね」
翠の切り替えの早さにはもはや尊敬を覚える。いや、落ち込んでいる先輩を励ますために無理して明るく振舞っているだけかもしれない。だとしたら、それはそれで申し訳ないばかりである、そんな情けない先輩ができることといえば、出来る後輩に合わせて、無理やりにでもテンションを上げることだろう。
「えぇ、楽しみですね」
「おごりっすよね」
「普段の僕ならNOと言いますが、今回ばかりは付き合ってもらっている立場です。おごりましょうとも」
「さすが桜先輩、太っ腹っす!」
祭りをおごる程度でこの笑顔が見られるのなら安いものだろう。
「一度屋台のくじ引きの限界に挑戦してみたかったっす」
前言撤回。この後輩、僕の財布を潰す気だ。
「僕の財政状況は知っているでしょう?そんな伝説に残りそうな金遣いは許しません」
「ケチっすね」
そう言ってコロコロと笑う翠を見て、僕は何故だか厳丈先生との馬鹿なやり取りが懐かしくなってしまった。
祭りの場所である脾片目神社は、先日訪れた時と違い、屋台とそれに集まる人達のお陰で活気に溢れていた。翠が求めていた焼きそばやりんご飴だけではなく、僕の財布を地獄の底に叩き落すかもしれないくじ引き屋や、お好み焼き、大判焼きなど、多数の屋台が並んでいる。
村中の人がここに集まっているのではないかと思う程の人口密度だが、1つだけ気になることが。
「外国の方が多いっすね。クリスさん関係の人達っすかね?」
「わかりません。確かに地方の有名でもない祭りにしては外国人が多いですが、クリスさんの手の者とは限りません。注意しましょう」
「了解っす」
翠は祭りで売っているお面を着け、焼きそばをすすりながら答える。この短時間にどれだけ祭りをエンジョイしているんだ。それに、翠が持っている財布は明らかに見た事のある僕の財布である。おごるとは言ったものの、さすがに財布をすられて勝手に使われることは想定していなかったので、思わず面食らう。いや、面食らっている場合ではない。僕は翠を小突いた後、自分の財布を取り戻す。
「さて、それじゃあくじ引きしに行くっすよ」
「嫌ですよ!あんな当たりが入っているか怪しいものに、僕の大事なお金は出せません!」
「男なら金はドンっと使うっす。宵越しの銭なんて無粋っす」
「そんな江戸っ子みたいな生き方はできません。これでも家計簿を付けて慎ましく生活しているんです。奮発するにしても、ある程度は制限を設けたいところです」
「家計簿なんてつけているんすか?案外家庭的っすね」
「1人暮らししてれば‘家庭的’なんて勝手に身に着くものですよ。翠は1人暮らししたいとは思わないんですか?」
「憧れはあるっすけど・・・翠は仕事柄実家にいたほうが便利なんすよ」
水樹家として、霊能力の仕事を請け負う家としての翠の判断なら、僕なんかが簡単に口を出していい問題ではないのだろう。
彼女はそれだけのものを背負っているし、覚悟も持っている。
以前その責任が重くないか?頼ってもいいんですよ?と言ったことがあるが。「気持ちだけで嬉しいっす」と、本当に嬉しそうに、だがやんわりと断りを喰らったことがある。‘水樹家’の責任は水樹の家の者で背負うと言わんばかりで寂しく感じたものである。
憧れているけど、それを実行できない立場というものは、僕が思うより辛いものなのかもしれない。
「それに、1人暮らしより実家の方が楽っすから」
「そうでしょうけど」
ヘラヘラとそう笑いながらそう言う翠の心内が見えない。
本当に、喰えない後輩である。




