脾片目村2
「そんな簡単なハニートラップに引っかかって、翠はこんな田舎までついていく羽目になったっすか?納得いかないっす」
「まぁ、それだけじゃないんですけど」
夏休みに入ってすぐの今日この頃、バスの中で今回の経緯を詳しく話し過ぎたせいで、先ほどから翠の機嫌がだだ下がり中だ。お菓子で何とか機嫌を直してもらうように試みているが、あまり効果がない。
さて、僕達2人が向かっているのは脾片目村である。人口1000人もいない小さな村で、そこで開かれる祭りで出てくるであろう祭具、それに霊的な何かが宿っているかどうかの確認が、今回の依頼の内容である。そんなのクリスさん本人、または部下に任せればいいだけの話だと思うのだが、そこは‘忙しいから’の一点張りで、その心内を見せることはなかった。
ちなみに厳丈先生は今回同行していない。クリスさんと話があるらしく、それならついでにということで、クリスさんの仕事を手伝っている次第である。
「で、厳丈先生と何かあったっすか?」
「唐突ですね」
「唐突じゃないっすよ。前回の仮面の件が終わってから、桜先輩と厳丈先生の間に何かあるなぁ、気まずいなぁって感じていたっす」
翠にはばれないようにしていたのだが、存外簡単に気づかれていたようだ。まったく、先輩として後輩に変な気を遣わせたのは反省せざるおえない。翠がわざわざ口に出すということは、よっぽどだったのだろう。
「少し、へこんでます」
「はい?」
「厳丈先生に隠し事をされていまして。それで」
「隠し事なんて誰にでもあるっすよ」
「それでも・・・」
「翠は厳丈先生を信用してるっす。桜先輩はそうじゃないっすか?」
「信用はしてたんですけど・・・前回の件でその信用が薄れたというか」
「じゃあ考え方を変えるっす。先生は隠し事をしている。けど、それは桜先輩を守るためとか」
「守るため・・・ですか」
翠は溜息一つこぼして、お菓子を僕の口にねじ込んでから言う。
「翠達は特殊なことをやってるっす。特殊な立場っす。それでも、厳丈先生にとっては翠や桜先輩は守るべき生徒っす。‘子供’っす。その‘子供’っていう立場を利用してクズな行為をする大人達は確かに存在するっす。けど、厳丈先生がそうかと言われれば答えはノーっす。」
「確かにそうですね。えぇ、そうなんでしょう」
僕達は子供だ。守られるべきだと思われる存在なのだろう。それでも、子ども扱いして欲しくないと思う。それこそ僕がまだ精神的に未熟で、子供だという証なのかもしれないが。
「ところで翠。あなたも僕に隠し事してるんじゃないんでしょうね?これ以上の隠し事は僕のキャパオーバーです。人間不信になりかねません」
「・・・ないっす」
「ありそうな感じですね。さぁ翠、ここらで腹を割って話し合おうじゃないですか」
「うるさいっす!乙女の腹の内を探るなんて、四肢断裂の刑に値する罪っす」
「そこまでの非道ですかね?」
「そんな桜先輩も翠に隠しごとしてるじゃないっすか。前回の仮面の件で何があったか。今回の調査の件の報酬・・・ハニートラップに引っかかっただけじゃないって言ってたっすけど、それ以外に何があるのか。さぁ、洗いざらい話すっす」
「天気が・・・いいですね」
「こらー!」
ただふざけて翠の話題を逸らしたわけではない。聖杯の件はなるべく翠には関わって欲しくないのである。ならば今回の件に翠を同行させなければいいと思われるだろうが、どこからか聞きつけた翠が、無理やりついて来た次第である。恐らく、厳丈先生の差し金だろう。
僕も厳丈先生への信頼が今では薄いが、それ以上に僕が厳丈先生に信頼されていないのかもしれない。
またもぷんすかと機嫌が下がる翠を苦笑して見ていると、ようやく目的地に着いたみたいで、バスのアナウンスが車内に響き渡る。
夕方頃に脾片目村に着いた。祭りや祭具に関する情報収集は明日にして、民宿に向かうことにした僕達。ちなみにだが、今回僕達は学校の宿題で、各地の祭りに関して調べている学生ということになっている。
そのはずだった。
それだけのはずだった。
「すいません、予約した風野坂ですが」
「はいはい。あぁ、1部屋2人の風野坂様ですね」
「「はい!?」」
「え?どうしましたか?」
「ちょっとタイムっす!」
翠はこそこそと僕を連れて、民宿の外にいったん出る。
「どういうことっすか桜先輩!?モテないフラストレーションを翠にぶつけるため、こんな回りくどいことを仕掛けるなんて、小癪っす!獣っす!」
「そんなわけないでしょう。それに、予約したのは厳丈先生です。僕じゃありません」
僕は確認のため、厳丈先生に連絡を入れるが、いっこうに繋がらない。あちらの仕事が忙しいのかもしれない。さて、こうなると・・・
「桜先輩が野宿ということで」
「一緒の部屋で過ごすことになりますね」
・・・
「「え?」」
僕と翠はお互いの目を見て、そして笑う。
「こんな知らない村で、道具もないのに野宿なんて目立って仕方ありませんよ。仕事に支障をきたします」
「仕事より翠の貞操を心配して欲しいっす。桜先輩がこの場で去勢しても悩むレベルの事案っす」
「去勢してなお嫌って、どんなレベルの変態と寝ることを想定しているんですか。それに。一緒の寝具で練ることを提案はしていません。翠は布団なりベットなり使用してください。僕は床で寝ますので」
「信用できないっす。そう言っておきながら、ラブコメ的展開に持って行こうとする腹がみえみえっす」
「信用ないですねぇ」
「あの、お2人さん、何か問題でも?」
僕と翠の作戦会議に割り込む形で、民宿の女主人が扉を開けて話し合いに入ってきた。僕は野宿の覚悟を決めたが、予想外の言葉が翠の口から出る。
「な、何も問題はないっす!2人!1部屋で!お願いするっす」
「翠さん!?」
「あらあら、でも、年頃の男女が同じ部屋っていうのは・・・ねぇ?」
「問題ないっす。翠と桜先輩は兄妹っすから」
とんでもない嘘が翠の口から出て、開いた口が塞がらない僕。
「でも、桜‘先輩’っておっしゃってましたよね。普通兄妹で先輩呼びは・・・」
「せ、先輩後輩プレイの真っ最中だったっす」
もうツッコむのも馬鹿らしくなってきた。
民宿の女主人は「あら、そうなの」と、僕達を可哀そうなものを見る目で、そのまま部屋に通してくれた。部屋は8畳ほどの広さの部屋で、ギリギリ2人分の布団を敷けるスペースはあったが、現実は残酷だった。
部屋の中心には2人は入れる大きな布団が1つ。女主人は「兄妹なら大丈夫よね」なんて一言で済ませて部屋を出て行ったが、翠がそろそろこの現実に限界を迎えている。先ほどから顔を真っ赤にしながらプルプルと震えている、
「翠、やっぱり正直に話して・・・」
「女に二言はないっす!」
「さいですか」
僕達は寝る前にこの村で明日やることを整理するっことにした。
「まず一番の目的は明後日行われる祭りで祭具を見ることですね。それに霊的な力があるかどうかを確認すること。これがクリスさんから依頼してきた内容ですが、その祭具とやらがどのような物なのか。クリスさんはそれを知ってどんな行動を起こすのかを予想すること。これが2番目の目的です」
「珍しいっすね。依頼達成後の依頼人の対応まで気にするなんて」
「依頼人が依頼人ですから。100%信用置けない相手です」
「それはクリスさんがっすか?それとも側にいた厳丈先生がっすか?」
「・・・どちらもです」
「わかったっす。桜先輩が今回そういうスタンスでいくなら、翠もそれに乗っかるっす。けど1つだけ約束してくださいっす。もしもピンチになったら、厳丈先生を頼ること」
「わかりましたよ。僕達はしょせん子供ですからね」
「拗ねないで欲しいっす」
「拗ねてないです」
「はいはい、そういうことにしとくっす。で、祭具がどんなものかは、村人への聞き込みでだいたいわかりそうなものっすけっど、クリスさんの行動を予想するっていうのは?」
「予想は予想です。それに、あっち側で派手な動きがあれば知らせてくれる協力者もいますので」
「それは厳丈先生より信頼が置ける相手っすか?」
「・・・わかりません」
「そんな相手を頼っても大丈夫っすか?」
「藁にも縋る思いというやつですよ」
「無害な藁なら百歩譲って大丈夫っすけど、縋ったのが爆弾なんてオチはやめて欲しいっすよ。特に、翠を巻き込んでボカンってのは勘弁っす」
「善処します」
そこから細かな話し合いを終え、一緒に夕食を食べ、別々の時間帯に風呂に入り、遂にこの時が来た。
「翠、これまで何度も忠告してきましたが、本当にいいんですか?僕と同じ布団で?」
「ほら、広い布団っすから、お互い触れるわけでもないっす。大丈夫っす。・・・大丈夫っす。大丈夫っすよね?」
段々と不安に駆られる翠を見て、思わずため息をつく僕。そんなに不安なら、僕を布団に入れなければいいのに、翠曰く「同じ部屋で寝るなら、同じ布団でもそれ以外でも大差ないっす。それに、仕事前に桜先輩に風邪でもひかれたら困るっすから」。
同じ布団に入るのと同じ部屋で寝るのは天と地ほどの差があると思うのは僕だけなのだろうか?
「翠は布団の右側に、桜先輩は左側でオーケーっすか?」
「だから、僕は布団の外で寝ますよ」
「だめっす。翠の覚悟を無駄にしないでくださいっす」
覚悟って。
そりゃあ、同い年くらいの男女が同じ布団で寝るというのは、覚悟しなければいけないのかもしれないが、そんな覚悟捨ててしまえ。僕を布団の外に追いやって楽になってしまえと思う。
正直僕も初めての体験でどぎまぎしていたが、翠の慌てふためきようを見ていたら、なんだか落ち着いてきてしまった。賢者タイムに近い何かになっている。
「では失礼して」
僕は電気を消して翠の言う通り左側に陣取った。
「では、翠も失礼して」
お互い布団の中に入ってから30分。僕の目はギンギンだった。
誰が賢者タイムだ。
誰が落ち着いてきてしまっただ。
女子と同じ布団なんて、思春期の僕にとって毒にしかない。さっきから心の中で羊を数えているが、まったくといって効果がない。198匹目の羊と199匹目の羊がキスし始めたので、もう羊を数えるのは諦めた。
「翠、僕のカバンの中にトランプがあるんですが」
「・・・やるっすか?」
「やりましょう」
「そうっすね!せっかくのお泊り会、何かしないともったいないっす!」
「そうです、えぇ、そうですよ!」
ヘタレ2人が競合したため、朝方までトランプをやる羽目になった。




