仮面をつけたもの2
「私の事情は全て話したんだ。逃がしてくれると助かるんだが」
「そうはいきません。残り1枚の仮面も返してもらっていませんし」
「あーそれはだな・・・」
「?」
初めて年相応の顔を見せた彼女の表情は、とてもバツが悪そうなもので、頭の後ろを搔きながら気まずそうにしている。
「・・・盗まれた」
「はい?」
「盗まれたって言ったんだ、こんちきしょう!2枚もな!」
「盗まれたというのは、どなたにですか?」
「わからねぇ。女ってことしかわからなかった」
というと、件の松本さんに仮面を渡した女性に盗まれたのだろう。しかし、目の前の彼女といい、件の女性といい、何故仮面を盗んでそれを他者に譲渡するような真似をしたのだろう?前者の場合はまだわかる。僕をおびき出し、聖杯が宿っていることを言うことだ。だが、それなら仮面を盗むプロセスはいらないはず。にも関わらず、‘彼女達’はそうした。前者も後者も仮面を経由して僕にアプローチを仕掛けてきたのは貴重な共通点だが、その意図が全くといっていいほど読めない。
そしてふと不安がよぎる。後者の女性も目の前の彼女と同じく、狙いが僕だとすると、早晩ここに来るのではないかと。なにせ彼女はここに来た時、「仮面を返せ、クソ女」と言っていたのだから。
だとすると、早めに彼女との決着をつけなければならない。1対1ならともかく、三竦みはこちらのプランにはないのだから。
「あら、もう集まってらしたのですね」
その声は工場内の2階から響き渡った。
「あ、クソ女!仮面を返し・・・はもういいか。こっちの仕事は終わったんだから。だが、1発殴らせろ。ムカつくから」
「なんて乱暴な言葉でしょう。あぁ、慈悲深き神よ、猪のような彼女に救いを」
「やっぱり2発殴らせろ!」
2人の漫才を見ながら冷や汗を流す僕。否応なく三竦みになってしまった。これで1対1対1対になっているように見えるが、実はそうではない。各々、各自、どんな戦力が隠れ潜んでいるかわからないのだ。パーカーを着た彼女だけなら、まだどうこうしようはあった。なぜなら、彼女がここに来た際、周りには誰もいないことが確認できているからだ(厳丈先生からそういう連絡があった)。だが、新たに表れた新勢力については確認が取れてない。これは非常にまずい事態である。
先生と翠からは連絡がない。連絡出来ない状況、戦闘中、あるいは捕縛されている可能性も否定できない。
「安心なさい、風乃坂桜君。あなたやあなたの身内に手を出す気はありませんわ」
「では連絡がつかないのはどうしてでしょう?」
今さら僕の名前を知っているぐらいじゃ驚かないが、外で待機している2人のことまでわかっているとなると、交渉は慎重にならざるおえない。
「手を出さないのなら、僕の元に1本くらい連絡があってもおかしくないんですが」
「それはまぁ、足止めくらいはしてますわ」
「手を出してそうな言い回しじゃないですか」
これで十中八九先生達は戦闘中だということが判明した。となると、援護は望めない状況になったわけだ。
最悪だ。
最悪の事態だ。
せめて敵の勢力がどのくらいか把握したいところだが、生憎とその手段がない。
「あなたの・・・失礼、お名前を伺っても?」
「クリスとお呼びください」
「クリスさん、あなたの目的を教えて貰っても?」
「特にございませんわ」
「はい?」
「強いていうなら、聖杯を宿しているというあなたに会いに来ました」
また聖杯。
これで確定ではないが、僕の中に聖杯なんていうものがあることが濃厚になってきた。この場では聖杯を自分が保持しているという前提で動かなければならないだろう。
「会って、どうするおつもりでしたか?」
「んー特には?」
「特にはないと?」
「はい」
本当に僕に会いに来ただけかもしれない。なにせ、先ほどから彼女に敵意を感じない。
「もう一つお聞きしたいことが」
「いいですわよ」
「これはお2人にお聞きしたいのですが、何故仮面を経由して僕とコンタクトを取ろうとしたんですか?」
僕はまず眼帯の少女に目線を移す。
「・・・依頼主の意思だ。文句あるか」
「なるほど」
次はクリスさんに目線を向ける。
「あなたに接触するついでですわ。仮面の件が片付けば、あなたの呪いが解けるのが一歩進みます。他者を介した方が、聖杯は依頼をこなしたとみなす可能性が高いですから」
「その口ぶりだと、まるで僕の呪いを解く手助けをしたという風に捉えられますが」
「その通りですわ」
いったい何の得があってそんなことを?
そんな疑問が頭を巡るが、その考えがまとまらない内に、クリスさんが口を開く。
「しかし困りましたね。ここまで来ると欲が出てきましたわ」
そう言ってクリスさんは2階から1階に飛び降りてきた。降りてきたというより、降臨したというほがしっくりくる。それほど神秘的に、神話的に、彼女はゆっくりと飛び降りた。
「やはり、風野坂君の身柄はこちらで預かるとしましょう」
急な敵意でゆっくりとではあるが現実に戻された僕。いや、僕達は咄嗟に獲物をクリスさんに向ける。僕は木刀を、眼帯の少女はクナイを。
「一時休戦といきませんか?眼帯さん」
「胸糞悪いが了承した。あと、俺の名前は眼帯さんじゃねぇ」
「なんとお呼びすれば?」
「・・・眼帯さんでいい。お前に名乗るのは癪だ」
「では眼帯さん、合わせるので自由に動いて下さい」
「どっちにしろ、俺には初めて会ったやつと合わせるなんて芸当できねぇ。後は任せる」
「了解しました」
僕の声と同時に眼帯さんがクリスさんに突っかかる。クナイを数本投げ、それと同時に僕達はクリスさんとの距離を詰める。
「甘いですわ」
クリスさんは首に下げていた布でクナイをはじき返す。それと同時に、布が僕達を襲う。僕達はそれぞれの武器で返ってきたクナイと布を躱すが、布とクナイの鍔迫り合いという、奇妙な現象を目の当たりにしてしまった。どれほどの強度があるんだ、あの布。やはり、ただの布というわけではなさそうだ。
「聖骸布・・・のレプリカですかね?」
「あら、ご存知でしたか」
聖骸布とは聖遺物の1つで、かのキリストが磔にされ死んだ後に、遺体を包んだとされるものだ。本物ならお手上げだが、そんな価値のあるものは由緒ある所で厳重に保管してあるのが相場だ。と考えると、あれはレプリカであると予想するのは容易いものである。
「レプリカだとしても厄介だぜ、あの布。攻防一体で隙がねぇ」
「隙なら僕が作ります。捕縛の術式は?」
「使える。使えるが、本業じゃねぇから時間がかかる」
「具体的には?」
「10秒くらい?」
「遅いですね」
「うっせぇ!」
「ちなみに種類は?」
「呪縛だ」
「なら勝ち目はあります。耳を」
僕は眼帯さんに耳打ちする。




