遺産放棄2
「と、いうわけだったんです」
「何がというわけだ。要件だけ言って一方的に電話を切りやがって」
森下先輩と接触した次の日の放課後、僕と大野さんは厳丈先生の話を聞くために不研の部室に集まっていた。部室はコックリさんの儀式上のため散らかってはいるが、僕と厳丈先生、大野さんが寛げるスペースくらいはある。というかそのためのスペースしかない。今度掃除しなければ。
「何で私まで」
「あながち無関係という訳ではないでしょう」
納得のいかなそうな大野さん、疲れた顔でパイプ椅子にもたれかかっている厳丈先生、そして僕。全員が無事に集まったところで、前日に厳丈先生に調べてもらった内容を聞く。
「このぐらいしか調べられなかったぞ」
厳丈先生は10枚程の報告書を僕に渡す。1日で個人情報をA4用紙10枚分以上集めることの大変さは、情報収集素人の僕でもわかる。これに関しては素直に感謝するし、尊敬もする。
「なるほど・・・88、58、82ですか」
厳丈先生は持っていた湯呑を僕に投げつける。疲れた厳丈先生を思って、お茶目なジョーダンを言っただけなのだが、寝不足でイラついている今の先生にはまったく意味をなさなかったみたいだ。
ちなみに、3サイズを言い当てたのは僕の日頃の努力の成果である。
「で、そこには何が書かれてるの?」
呆れ顔の大野さんに促され、僕は厳丈先生から渡された報告書をめくる。
彼女の祖父様の名前は森下筒治さん。筒治さんは地元では有名な地主で、相当な数の土地を持っていたらしい。彼はその内の1つを森下先輩に死後、遺書を通して譲渡しようとしていた。1人暮らしで常に金欠の僕からしたらなかなか羨ましい話だが、彼女はそれを断った。その原因は、筒治さんの性格にあったらしい。
彼はなんというか、唯我独尊というかなんというか。自分が絶対正しいと信じ切っている方で、他人はもちろん、家族でも信用を置く方は少なかったみたいだ。そんな自分本位な筒治さんを、当然のように家族は良く思ってなかった。頼りにはするが尊敬はできない、そんな家族関係だったらしい。
例に漏れず、森下先輩も筒治さんのことを良く思っていなかったらしく、それが遺産を受け取らなかった原因だと思われる。
今回の件に関することだけを、報告書から抜粋するとこんな感じになる。
「土地をもらう権利を手放すなんて、もったいないですねぇ」
「それについては俺も同感だ」
「確かにそうよね」
実家が地主の森下家は、土地の1つぐらいどうって事ないだろうが、食堂で税込み500円のBランチや、1個100円のパンをいくつか買って飢えを凌ぐ僕、車と家のローンに追われている厳丈先生にとっては、土地という資産を手放す行為に疑問を感じてしまう。
「にしても、本当に筒治さんを嫌っているという理由だけでしょうか?」
「それ以外の理由があるっていうことか?」
「はい」
「とんでもない場所を渡されたのかもね」
僕達の話を聞いてきた大野さんが、なかなか参考になりそうな意見を口に出してくれた。
確かに、土地の場所や状態によっては、森下先輩が相続を拒否するに足る理由があるかもしない。しかし、それといった具体例が思い浮かばなかった僕は、目の前の2人に助力を求めることにした。
「例えば?」
「一寸先は崖・・・みたいな?」
「常に絶体絶命ですか」
そんな火曜サスペンスみたいな場所、確かに受け取るのに困るだろう。犯人でも探偵でも刑事でもない森下先輩が、そんな場所を必要とする理由がないのだから。
「この辺りで有名な心霊スポットとかはどうだ」
「どんな嫌がらせですか」
「先住民が住んでいるとかはどう?」
「そんな未開の土地、この日本に存在しません」
その後も厳丈先生と大野さんはいくつかの具体例を出してくれたが、あまり実りのある話し合いになったとは言い難い。大喜利みたいになってしまった。
このまま楽しくこの茶番を続けるのも悪くはないが、こんな雑談染みたことをいつまでもやっているほど僕達も暇ではない。というか、早く厳丈先生を帰らしてあげたい。先ほどから何度も意識を手放しそうになっているのを見かけている。限界は近そうだ。
「これ以上話合ってもしょうがないかもしれません。もう1度筒治さん話を伺いましょう」
「けど、狙った人を呼ぶ事はできないって」
「実は、彼はあれからずっとここにいるんです」
「解決してくれるまではここを動かないと言ったはずだ」
「え!?」
大野さんがその声、筒治さんの声のする方に目を向ける。
そう、あの日から筒治さんはずっとこの部室の片隅にいる。正確には机の上のコックリさん用の紙に居座っている。居座っているといっても声だけだが。
「こ、声が・・・え、何で?」
「わざわざ十円玉を動かして会話というのも面倒なので、声がでるように工夫してみました」
「そ、そうなの?」
大野さんは驚いているような、呆れているかのような、感心しているような、その全てが混じり合った複雑な表情で、声の出る紙を見つめる。
ここまで驚かれると、頑張った甲斐があったというものだ。別に大野さんを驚かれるために頑張ってコックリさんの紙に工夫を施したわけではないのだが、女性にサプライズというのは紳士のお約束。これで大野さんの中で下がりきった、僕の株が急上昇するのではと期待している今日この頃。
望みは薄いだろうが。
「迷惑なので、1度帰っていただけるとありがたいのですが」
「もう1度呼ぶ事は難しいと聞いたからな。わざわざここに居座っていることにもっと感謝しろ」
「あの紙を破れば、むかつくおじさんの声を消すことができるの?」
「落ち着いてください」
その意見には大いに賛成だが、それができない理由がある。
「筒治さんの意思が予想以上に強く、その紙を物理的に破ることができない状況なんです」
僕は梅昆布茶を飲みながら、残念なニュースを大野さんに伝える。
筒治さんを現世に維持するのための協力させてもらった僕だが、これに関しては僕にも予想外だった。予想を超える執念だった。僕達が思っている以上に、遺産を受け取ってもらえなかったのが心残りだったのかもしれない。
新たな紙で‘場’を作るということもできなくもないが、経費の問題やその他の問題でなかなか難しい。
地道にやるほかないのだ。
「大野、少しうるさいだろうが我慢してくれ」
「でも」
「何じゃ、胸だけじゃなく心も小さい女じゃな」
その言葉を聞いた大野さんは、無言で、無表情で紙を処分しようとし始める。
破ろうとしたり、燃やそうとしたり、インクを水で洗い流そうとしたり、様々な事を試すが、その尽くが筒治さんの信念に、いや、怨念に打ち破られる。
「これ、どうなっているんですか?」
「霊験あらたかな墨と、霊験あらたかな紙、その他もろもろの高級材料のなせる技です」
「お金の力なの?」
大野さんは変にがっかりしているようだったが、世の中そんなものだ。いいスペックのもの、高いものに頼るのが、なんやかんやで1番楽で手っ取り早く、いい成果が出せるというものだ。この世以外を扱う僕達も、その例外ではない。
「今回は‘出現’がないだけでも良しとしましょうか」
「出現?」
「霊や神格を持った方々が、実体を持って私達のいる現世に現れることです」
「体を持つって・・・憑りつくってこと?」
「その場合もですけど、現世でよく見る幽霊などもそうです。現世に現れることを総じて‘出現’と言います」
まぁ、とても大雑把に説明をするとこんなものだ。他にも‘出現’には詳しい区分がある。
人に憑りつく憑依人型。
ものに憑りつく付喪型。
場所に憑りつく自縛型。
中には噂話しなどに憑りつく怪談型。
などなど。他にも細かい種類はあるが、代表的なのはこの辺りだろう。
「それより、孫の件は解決しそうなのか?」
「努力しますよ」
厳丈先生に渡された資料が正しければ、明日の予定はある程度予想がつく。それにしても、
「厳丈先生、ストーカーの才能がありま」
「さっさと補習に行け!」
またも湯呑を投げられてしまった。