仮面をつけた者1
次の日、厳丈先生に呼び出された僕と翠は不研の部室に昼休みに集まっていた。
「またせたな」
「いえいえ。で、何かあったんですか?」
「これだ」
厳丈先生は1枚の紙を僕と翠に渡す。
-本日17時、最後の仮面が現れます。場所は下記に記しておきます-
と書かれていた。ご丁寧に地図付きだが、差出人の名前は書かれていない。明らかに、
「明らかに罠くさいっす」
「ですよね」
「俺のロッカーに今朝入っていてな。指紋なども調べたが、俺の以外何も出てこなかった」
「どうするっすか?」
「どうするもなにも、乗ってみましょうと思っていたんですが」
次の仮面のヒントが向こうから勝手にきたのだ。乗るほかあるまい。しかし、うさん臭いのもまた事実なので、ここは念入りに下準備をしていかなければいけないだろう。ここでいう下準備とは、対人戦闘の下準備だ。なかなか物騒なことだが、相手が霊能力者、しかも悪意のある者なら、なおさらこういう準備は整えておいて然るべきだろう。荒事になるのは避けたいが、避けたいからといって準備をしないのは怠慢だ。
僕の言葉の真意を受け取ってか、翠も厳丈先生も準備を始める。それを見て僕も準備に入ったのだが、思わぬ茶々が入ってしまう。
「よ、剣豪(笑)」
「うるさいですよ翠。黙って自分の準備を進めてください」
「だって、木刀持っている桜先輩初めて見たっす。そりゃ掛け声の1つもかけたくなるっすよ」
「掛け声って・・・明らかに茶化しているだけでしょうに」
僕が準備しているのは対人用兼対霊用の霊験あらたかな木刀だ。この部室に前々から置かれているもので、部長の僕が引き継いだ次第である。殺傷能力が低く、対霊ようにもなる便利な武器はこれしか持ってないのだ。
ちなみに翠はお札などの対霊用のものを中心として準備している。霊能力者の中には、悪霊を使って攻撃する者が多く存在するので、それ対策であろう。対人、つまりは人と戦う際には、翠は素手で戦うので問題はない。こう見えて僕より多くの修羅場を通っている翠。それに、彼女はあの‘水樹家’の人間だ。対人対霊なんでもござれだ。
先生はいつも通りバックをロッカーから出して、そのまま座り込む。必要なものは全てあの中に入っているらしい。中身を見た事はないが、先生のことだ、抜かりはないだろう。
そんなこんなで準備をしている内に、昼休みが終わってしまった。僕と翠は急ぎ足で各々(おのおの)の教室へ向かう。
放課後、17時10分前に僕は指定された工場跡地に身を隠していた。3人で待つのもありだったのだが、犯人が複数犯の場合、外側から攻撃されてはたまったものではない。というわけで、翠と厳丈先生には外で待機してもらっている。願わくば、現場に例の‘女の子’と‘女性’両方が来て、僕と翠と先生で囲い込むのが理想だ。理想だったのだが、そうは上手くいかないものである。
来たのは黒いパーカーを来た女の子1人だった。
「来てやったぞ。さっさと仮面を返せ、クソ女!」
少女の汚い罵声が工場内に響き渡るが、‘クソ女’とやらはいっこうに現れない。17時から10分過ぎようという所で、女の子は諦めたように工場の出口に向かい始める。
これはまずい。女の子と女性が2人揃ってから動こうと思ったのだが、そうは事が進まないようだ。二兎を追う者は一兎をも得ず。僕は諦めて女の子の前に姿を現す。
「何者だ?」
「あなたが盗んだであろう仮面を取り返しに来た者です」
「そうか、それじゃあお前が・・・ククッ、私はツイているみたいだ」
少女は眼帯をしていて、僕と年齢もそう変わらない女の子だった。
にしても、ツイているとはどういうことなのだろう?
「その言い方だと、まるで僕が狙いだというように聞こえますが」
「その通りだよクソ野郎。私の狙いはあんただ」
「狙われるようなことをした覚えはないのですが」
僕はそう言いながら木刀を袋から取り出し構える。あんなにも敵意をむき出しにされては、木刀を構えずにはいられなかった。
「いやいや、ちょっと待て。あんたと今争う気は私にはない。ここは鉾を下ろしてくれよ」
僕の予想とは相対し、いきなり敵意を消し、両手を挙げる素振りをする。さっきの敵意はなんだったんだと言いたいところだが、争いごとを避けたいのはこちらも同じ、僕は彼女の言う通り木刀の切っ先を下げる。
にしても、狙いが僕とはどういうことだろう?
僕が狙いだというのなら、直接僕を狙えばいいだけの話だ。仮面を狙うなんて面倒なプロセスはいらないはず。にも関わらず、彼女はそうした。そう実行する理由があるはずなのだが、その理由とやらがまったく見当が付かない。
「まったくわからないっていった顔だな。まぁ、無理もないか。お前は‘何も知らないんだから’」
「何も知らない?」
「2年前の事件、もう終わったと思っているんだろ?」
「2年前・・・」
2年前、それは僕がこの業界に片足を突っ込むことになった年で、聖杯が出現した年で・・・大事な人を2人も失った年だ。
目の前の彼女が言っている事件というのは、十中八九聖杯の件だろう。大きな事件と言えばそれしかない。それしかないのだが、終わってないとはどういうことだ?
「あんたに恨みはないが、あんたの中にある聖杯には存分に恨みがある」
「聖杯に恨み?お聞きしても?」
「あぁ!?」
「失礼」
どうやらあまり話したくない内容だったらしい。先ほど引っ込めた敵意がもう一度僕を突き刺す。
「にしても、お前の反応を見るに、お前のところの先生は、何も教えてくれてないって話は本当のようだな」
「・・・秘密主義なもので」
本当に、一体全体どういうことだ?
あの件はとっくに終わったもので、それは僕も厳丈先生も確認している。今後聖杯が現れるとするなら、200年程後になると話では聞いていた。聞いていたはずなのに。厳丈先生もそれを自分と一緒に聞いていたはずなのに。
にも関わらず、その先生が僕の中に聖杯があるということを知っているとはそういうことだろう。
待て。落ち着け。冷静になるんだ自分。これは彼女が一方的に話している内容で、まだ事実だと確定したわけではない。ブラフの可能性も十分に考えられる。考えられるが、そんな嘘を言って彼女にメリットがあるとは思えない。第三者が彼女に偽の情報を流し、それを彼女が信じているという可能性もある。そう思考しながら、僕は自分に聖杯が宿っているという可能性から目を背け続けた。
「まぁ、いきなり言われても信じられないよな。別に信じて貰わなくても結構。信じて貰わなくても、私は私の仕事をするだけさ」
「仕事?内容をお聞きしても?」
「何、簡単な仕事さ。1つ、あんたの身柄を拘束して、うちのボスの前に引っぱりだす」
「なかなか物騒な話になってきましたね」
自分が誘拐されるかもしれないと聞いて黙っていられない僕は、またも木刀の切っ先を彼女に向ける。
「落ち着けよ。争う気はないって言ったろ。いや、正確に言えば、争う気がなくなったと言った方がいいか」
「どいうことでしょう?」
「私じゃあんたに勝てない、そう悟っただけだ。無駄で無謀な戦いはしない主義だ。だから私は逃げることにした」
「なんとも潔いですね」
「2つ目の仕事をこなしたからな」
「2つ目?」
「あんたに聖杯が宿っていることを自覚させることさ」
「そうは言っても、未だに疑心暗鬼なんですが」
「あるかもしれない・・・そんなぼんやりしたものを意識させただけで十分さ。さて・・・」
彼女はそう言って札を取り出す。臨戦態勢ならぬ逃亡態勢だろう。




