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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる
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嘆く少女1

 松本まつもと れいはクール系女子である。感情を表に出すのが苦手で、他人に誤解されやすい。そんな彼女が仮面を手にした経緯は、彼女の中の優しさが原因で、それを責められる権利は誰にもない。彼女の不器用さゆえなのだ。望んで手に入れた仮面だが、決して心の奥底から望んだものではないことをここで明言しておこう。

 さて、何故こんなにも彼女を、松本さんを擁護する発言をつらつらと語っているのか。それはただの自己肯定という、醜い感情からで、僕が勝手に松本さんと自分を重ねている結果である。




「こちらが松本先輩っす。仮面を持っているらしいっすけど、返すのはしばらく待って欲しいらしいっす」


 突然不研の部室に僕と同学年の松本さんを連れてきた翠は、口早にそう説明した。話の要領を得なかったので、とりあえず2人に座ってもらい、話しを聞くことにした。


「隣のクラスの松本さんですよね?こうして話すのは初めてだと思うので自己紹介を。風乃坂 桜といいます。以後お見知りおきを」

「・・・可哀そう」

「え?」


 松本さんはその一言を絞り出した後、急に目から涙を流し始めた。突然泣き始めるものだから、さすがの僕も動揺している。


「えっと・・・何か?え、大丈夫ですか?」

「女の子に相手にされないからいたずら心で覗きとかして、それでまた女の子から嫌われている。そんな負のループに陥っている風乃坂君が可哀そうで可哀そうで」

「余計なお世話です!」


 声を荒げている僕の真正面にいる翠は、大げさに「そうっすね、可哀そうっすね」なんて言いながら、ハンカチで松本さんの涙をぬぐう。何で自己紹介だけでこんなに傷つかなければならないんだろう。


「話をもどしましょう」

「そうですね」

「「切り替え早っ」」


 僕と翠は松本さんが急に真顔に戻るのを見て、思わずツッコんでしまった。翠なんて「っす」という語尾を忘れてしまう程驚いていた。なんだその着脱可能な語尾は。もはや主義と言っていいほど使っていたそれを、こんなところでつかわないなんてことがあっていいのだろうか。

 なかなかレアな翠の言葉はさておき。


「もしやその涙を流す行動が?」

「はい。購入した仮面の力だと思います。私もまだこの現象がこんな仮面1枚のせいか、信用していないんですけど、実際に起こっていることは無視できませんから」


 そう淡々と言う松本さんは、先ほどまで泣いていたとは思えないほど無表情だった。失礼な話、今の無表情は仮面を連想させる。顔ははっきりと見えるのに、その奥にある感情が見えないところがだ。


「何故その泣くという、珍妙な機能を持った仮面が必要なんですか?」

「祖母の三回忌が近いので」

「はい?」

「だから、祖母の三回忌が」

「いえ、聞こえてはいましたが、それが仮面と、泣くこととどう繋がるのかというのが疑問で」

「私、祖母の葬式の時に泣けなかったんです。悲しかったのに、泣けなかったんです。周りの家族はきちんと泣けているのに、私だけ泣けなかった。それ自体が、どうしようもなく悲しかったんです」


 悲しかった、そう言う彼女の表情はそれでもまだ無表情だった。


「それで、三回忌の時に泣けるようにということですか?」

「はい、その通りです」

「そんな無理に泣く必要あるっすか?」

「ありますよ。周りから浮いてしまいます。私は私が無表情で、実際に感情の起伏きふくとぼしいことを自覚しています。こんなものにすがるほどに」


 松本さんはそう言いながら、例の仮面を僕達の前に置いた。それは効果に沿ってか、かなしそうな表情をした面であった。


「ちなみに、どのような人物からこの仮面を購入しましたか?」

「仮面をつけた怪しい女性です」

「女性?」


 速水さんは仮面を女の子から、遠山先生も女の子と言っていた。そのことから僕は僕達と同じくらいの歳をした女の子だと思っていたが、松本さんははっきりと女性と言った。先ほどまで学校の女子のことを女の子と言っていた彼女がだ。


「仮面を売ってきたのは‘大人’の女性ですか?」

「えぇ」


 やはり、速水さんと遠山さんとは購入元が違う。どのような時間、場所で会ったかはわからないが、‘大人の女性’と‘女の子’を間違えるものではない。ということは、犯人は2人いるのかもしれない。

 貴重な情報を得られた僕ではあったが、それ以上聞いても僕が欲しい情報は得られなかった。強いて挙げれば、他の2人と違い、仮面を無償で譲り受けたという点だけだ。


「では、三回忌まで。今週の土曜日まで待てば、仮面は返していただけるのですね?」

「それがそうもいかないっす」

「そうなんです」

「何故でしょう?」

「仮面のサイズを見てください。何か気づくことはありませんか?」

「はて?サイズ?」


 まじまじと仮面を見るが、さっぱりとわからない。いたって普通の、顔に着けられるぐらいの大きさの・・・


「これ、どうやって三回忌の場所まで持っていかれるのですか?」

「そこなんです」

「それっす」


 学生の身分での葬式は1度しかない僕だが、それでも気づけることはある。学生は制服で出席し、荷物は携帯と財布くらい。カバンを持つとしても小さいもので、今松本さんが使用している学生カバンほどの大きさのものを持って行くのは、少し常識から外れているかもしれない。そんな彼女がどうやって‘仮面を持って行く’のか。


「最終手段なんです、これは。何か理由をつけて学生カバンを持っていくことも可能かもしれませんが、なるべくなら家族に怪しまれないように泣きたい。そこで風乃坂君に依頼です」

「なんでしょう?」

「私を三回忌で‘泣ける’ように特訓してください」

「泣けるように特訓!?」


 冗談みたいな話だが、本人はいたって真面目らしい。眉一つ動かさずに依頼内容を述べたのだから。


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