祈りの火4
次の日の放課後、僕は不研の部室で、昨日撮らせてもらった先生の部屋の写真を携帯でじっと見つめていた。小火騒ぎが起きた所を中心に見ているが、共通点というものが一切見当たらない。小火の場所は小火の原因とは関係ないのかもしれない。となると、にらめっこすべき写真は他の写真なのかもしれないが、遠山先生のマンションの一室は至って平凡なものである。もしかしたら写真にヒントなどないのかもしれない。ではまた聞き込みになるが、千時さんはあの様子で、遠山先生には聞きたいことは全て聞いた。
「桜先輩、どん詰まりっすか?」
翠も携帯で写真を見ながらそう言ってきた。言葉を発したということは、あちらもどん詰まりということかもしれない。
「はい。どん詰まりです。そちらは進展ありましたか?」
僕は諦めながらも翠に問いかける。
「ちょっと気になることはあるっすね」
僕の予想とは裏腹に、翠は何かに気付いたみたいだった。
「なんですか?」
「写真っす」
「写真?」
「千時さんの奥さんの写真がないことっす」
「それは遠山先生が言っていた通り、小火の現場に奥さんの写真がたまたまあったからで」
「それでも奥さんの写真が少ない気がするっす。それに、そんなたまたまあるっすかね?」
言われてみれば確かに妙だ。それと同時に僕は気づく。
「写真がないですね」
「ん?だからそれが違和感って話をしているっす。なんすか、翠の手柄を奪う気っすか?」
この後輩は僕のことをなんだと思っているのだろうか?
そんな心の狭い人間に見えるのだろうか?
「違います。あるべき写真がないんですよ。いえ、あるべきというのは語弊がありますね。千時さんにとってあって欲しい写真がないんですよ」
「あって欲しい?」
「はい。あって欲しい写真と場所がないんですよ。しかし、千時さんが何故小火騒ぎを起こしているのか、それに繋がるヒントではないですね」
僕は携帯の写真を見る。見るのは家族写真だ。そこからわかることと言えば、家族での旅行が多かったということ。千時さんの奥さんが亡くなってからは家族旅行に行っていないということだ。
旅行に行っている件に関しては、部屋に飾ってある写真立てを見れば一目瞭然だ。日本だけではなく、中国、タイ、インドなど、様々な場所に行っていることが伺える。そして、千時さんと遠山先生のツーショット写真が一切ないのは、奥さんが亡くなってから写真を撮る機会がなくなった。つまり、旅行にいかなくなったということだろう、
奥さんが亡くなったショックで今の症状が酷くなっているとも聞いているので、この推測は恐らく間違いはない。となると・・・僕は頭の中にふと湧き出た推測を元に、ネットで調べものをした。その結果は、思いのほか早く出た。
後日。僕と翠は遠山先生の家に再び訪れることになった。
「何かわかったんですか?」
「はい。今回の件の解決法を持ってきました。もう少しで届くはずです」
「届く?それは」
遠山先生の声を遮る形でインターホンが鳴る。遠山先生と僕と翠は玄関に向かい扉を開ける。
「こんにちは、田中仏壇店です」
「仏壇店?」
遠山先生は困惑した表情を僕に向けたが、僕はそれを受け流し、業者を中に入れることにした。論より証拠。実行したほうが早い。
田中仏壇店の仕事は、厳丈先生から聞いた通り手際がよく、あれよあれよと‘仏壇’が部屋の片隅に鎮座する形になった。僕達はお礼をいい、仏壇店の方々は帰っていった。
「これが解決策です」
「これが?どうゆうことでしょうか?」
「中国のお葬式をご存知ですか?」
「中国?」
「中国ではお葬式の際、お金を燃やすんです」
「もしかして・・・」
「そうです。千時さんはずっと弔おうとしていたんです。亡くなった奥さんのことを」
そう言って僕は仏壇に飾ってある千時さんの奥さんの写真を指さす。
「小火の現場に必ずあったものは、お金と千時さんの奥さんの写真でした。少し強引な仮説でしたが、結果はご覧の通り」
千時さんは奥の部屋から出てきて、仏壇の方へ向かって手を合わせる。祈り始める。そう、千時さんはずっと祈っていたのだ。
「そういえば、小火の現場には小銭や燃えた紙が毎回あったような」
そう呟いた遠山先生はゆっくりと千時さんに寄り添い涙を流しながら謝る。
「すまない父さん。そういうこととはつゆ知らず、俺は怒鳴ってばかりで、本当に、本当に・・・ごめんなさい」
千時さんはそんな遠山先生の頭を撫でながら、満足そうに仏壇を眺めていた。
僕と翠はそんな穏やかで温かな光景を少しの間眺めた後、黙って部屋を後にした。
「にしても、仏壇をまんま購入するとは、厳丈先生も太っ腹っすね」
「それだけ遠山先生にお世話になっていたということですよ。因果は巡るというやつです。いい事も悪い事も」
帰り道、近くにあるコンビニでアイスを食べながら僕達は今回の件について話している。仏壇を奢るという程の財力がない僕ではあるが、後輩を労ってアイスを買うぐらいはできる。
「千時さん、今回の件を通して認知症が回復したりするっすか?」
「難しいでしょうね」
「・・・悲しいっすね。あれだけ祈る心を持っているのに、これから段々と祈る相手も忘れるってことっすから」
「それでも千時さんは祈り続けるでしょう。それが習慣だとしても、気持ちが入っていないとしても。けど、習慣化したということは、それだけ祈っていた証拠です。それは決して無駄なことじゃないと信じたいですね」
アイスもお互い食べ終わったので、僕達は帰り道に向けて歩き出す。
「桜先輩は真剣に祈ったことあるっすか?」
「突然なんですか?」
「いえ、ちょっと気になっただけっす」
「そうですね、女子更衣室のロッカーで隠れている時には」
冗談で返そうと思った僕だったが、ふと横を見ると、そこには翠の真剣な表情があった。それを見た僕は、頭をポリポリと書きながら真剣に返答をすべきだと感じた。
「昔、中学生の時1度だけ、真剣に神様ってやつに祈ったことはあります」
「祈りは届いたっすか?」
「ダメでした」
「ダメだったっすか?」
「はい。それはもう完膚なきまでに。祈ったところで自分の思い通りになったら、今の時代無神論者はいませんよ」
「じゃあ、その祈りが届かなかった誰かさんは、今は無神論者なんすか?いや、立場上神様がいることは知っているはずっすから、神様嫌いにでもなってるんすかね?」
「それがそうともいえないんですよ。神様が人一人をわざわざ救う程の情を持ち合わせていないことを知っていても、祈ることに関しては否定的にはなれないんです」
それは彼女を否定する考えだから。
否定して、拒絶する考えだから。
そんなことは絶対に思えないし、思う権利など僕にはないことを、僕は
誰よりも知っている。
「そうっすか。なんか安心したっす」
「翠はどうなんですか?何か祈ったりはしたことがあるんですか?」
「それはもう・・・」
翠は急に僕の前に立ち、いたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべながら言う。
「先輩の呪いが解けることを、毎日翠は祈っているっす」
冗談とも取れるその発言だったが、僕はその発言のせいで顔に熱を持つ事になってしまった。




