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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる
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祈りの火3

 僕と翠は次の日、遠山先生のお父様が入居していたという老人ホームへと向かった。入り方と言い訳は遠山先生が用意してくれたので問題ないが、施設の方々からの冷たい視線が少々きつい。なにせ、僕達は遠山先生の親戚という立場で、もう一度遠山先生のお父様を入居させようかどうか迷っている。もう一度見学させていただきたいという言い訳だからだ。小火騒ぎを起こした過去のある前科者が、もう一度入居するかもしれないというのは、どう甘く見積もっても歓迎されないものである。にも関わらずそれを許してくれるのは、火を出す道具を何故か持たせてしまった。そんな道具が用意できる環境にしてしまった施設の方にも責任があると、ここのお偉いさんが判断したからだろう。


「こうみるとやっぱりちゃんとした施設っすね」

「どんな施設を想像していたんですか?」

「そりゃあ、千時さんほど認知症を患っている方が簡単に火を手に入れられる、世紀末みたいな環境を想像していたっす。でも、実際は平和そのものっす」

「事前に調べましたがそんな感じではありませんでしたよ。ですが」


 僕はそう言ってポケットから煙草の吸殻を取り出した。それも1本じゃなく複数本。


「こういう施設は禁煙じゃないっすか?」

「その通りですが、我が校と同じく、内緒で吸っているやからが存在しているのは確かですね」

「職員っすかね?」

「この老人ホームのすぐそばにコンビニがありました。もちろん喫煙所付きの。職員が吸うならそちらでしょう。ここで吸うにはリスクが高すぎますから」

「ということは、犯人はこの施設から出られない人間。入居者ってことになるっすね」

「論理的に考えればそうなりますね」


 僕は施設の方々に見つからないように黙って吸殻をポケットに戻す。


「さぁ、次は犯人捜しといきますか」

「了解っす」


 ライターを、火を持っている人から話を聞く必要ができた。千時さんが火を手に入れた時の様子聞き出せば、何か進展があるかもしれない。そう思った僕達だが、いかんせん方法が難しすぎる。ほとんどの入居者はこの時間広い部屋で集まって施設の職員と一緒にいる。1人ずつ聞き出すのは困難だ。なかには部屋にいる人もいるが、僕らのような部外者が、見ず知らずの人の部屋に入るのは非常に目立つ。はてさてどうしたものかと考えていると、1人の男性、入居者が僕達に話しかけてきた。


「坊主、話は少し聞かせて貰った。どうだ?ここは取引しようじゃねぇか」

「取引?」

「その吸殻、職員には黙っていてくれないか?そうすれば、火を持っているやつを教えてやる」

「乗りました。で。どなたなんでしょう?」

「1人はわし」

「あなたでしたか。では、遠山千時さんという方と面識はありましたか?」

「わしはない。ないが、もう1人のそこ」


男性が指さす先には、テレビをじっと見ている女性入居者の姿があった。どこか上品ないで立ちをしている。


「あのばあさん、大人しい感じだが、この施設の仕入屋だ。なんでも必要なもんを金次第で手に入れてくれる。この前遠山さんともめていたのを見た。恐らく、坊主達が探しているやつで間違いないと思うぞ」

「ありがとうございます。さっそくですが、話してきます」

「ありがとうっす。おじいさん」


僕達は一礼した後、上品そうなおばあさんの所へと向かう。


「失礼します。お隣よろしいでしょうか?」

「あら、随分若いお客様だこと。ええ、ええ、いいですよ」


 上品なおばあさんは椅子をわざわざ用意してくれたので、僕達はそれに座り、話を聞くことにした。


「あちらのおじいさんからお話を聞いたのですが、あなたはここでは仕入屋なるものをしているとか。マッチやライターなども扱っているのですか?」


 この質問に対し、おばあさんは僕達を値踏みするようにじっと見つめる。


「職員に話す・・・なら、もうとっくに話しているわよね。何が目的かしら?」

「先日入居・・いやもうここにはいない遠山千時さん。彼と揉めたみたいでしたが、千時さんがここで小火騒ぎをした理由を知っているのではないかと思いまして。それ以外はノータッチです。あなたがここで何をしてようが、僕達にはあまり関係のないことですから」

「そう。それはありがたいわね。じゃあ、私の秘密の副業を黙ってくれる対価として話してあげるわ」

「ありがとうございます」


 おばあさんの話をまとめるとこうである。

 ある日、先ほど自分達に話しかけたおじいさんにライターを渡している所を千時さんに見られたおばあさん。最初は誤魔化すつもりだったのだが、千時さんもライターを欲しがってきたそうだ。何故必要か、このことを黙っていられるか聞いてみても、なんとも要領の得ない答えしか帰ってこなかった。そのことに不安を感じたおばあさんは、千時さんにライターを渡すのは危険だと判断し、のらりくらりとその場から立ち去ろうとしたが、凄い形相をした千時さんにポケットからライターを奪われたそうだ。

 すぐに取り返そうとしたが、そこに運悪く職員が通りかかってしまったため、その場は千時さんと少し喧嘩をしたぐらいにして切り上げたらしい。

 その数日後だ、施設で小火騒ぎが起きたのは。


「つまり、理由はわからないと」

「えぇ。ライターに関しては“必要なんだ、必要なんだ”ぐらいしか言ってなかったわね」

「なるほど、お話しありがとうございました。では」

「えぇ。職員の方にはくれぐれも・・・ね」


 そういってウインクをする茶目っ気溢れるおばあさんに僕達は一礼し、この施設を去ることにした。


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