祈りの火1
厳丈先生から不研に呼び出しがあったので、僕と翠は放課後に不研の部室に向かう。ノックをしてから入ると、そこには厳丈先生だけではなく、国語の遠山先生もいた。いったい何事かと思った僕達だが、とりあえず中に入り、いつもの席に座ることにした。座った後に厳丈先生が口を開く。
「遠山先生が仮面の所有者だ。ただ、仮面を返す代わりに依頼を受けて欲しいということらしい」
「厳丈先生、依頼というほど大げさな話じゃありませんよ。ただ少しお願いごとがあるだけで」
なんとも腰の低い先生ではあるが、それが先生の持ち味だ。腰の低さと優しさで、結構な数の生徒から厚い信頼を置かれている。僕も何度か他の先生からの説教の最中、助け舟を出してもらった経験があるものだ。
「それで、そのお願いというのは?」
遠山先生はバツの悪そうな顔をしながら答える。
「自分の父の話しなんですが、どうも変なクセがあるようで、それを矯正するのに知恵を借りられたらと」
「変なクセとは?」
「小火騒ぎを起こすんです」
「はい?」
「所かまわず火をつけるんです」
「それは・・・」
それはなんとも迷惑な話しだ。いや、迷惑なんてものではない。場所と規模によっては警察沙汰になってもおかしくない案件だ。
「今まで5回ありました。最初は家で。次は老人介護施設、帰ってきてからもう3回という感じです。本人に何故こんなことをしたのか聞きたいところですが、重度の認知症で、会話もあまりままならないのです。今後も同じことをしないとも限りませんし、早めに対処したいところなのですが」
「なるほど。ところで、先生は仮面をお持ちだということですが、それは誰からいただいたものなのでしょうか?」
「仮面を被った女の子です。それ以上はわからないですね」
またも出てきた仮面の女。やはり今回の犯人はその女の子とやらで確定だろう。
後日、僕と翠は遠山先生の家にお邪魔することになった。先生の家はそこそこ立派なアパートの一室で、親である遠山 千時さんと2人暮らしらしい。
僕と翠が千時さんの部屋に入ってまず驚いたのは、千時さんが縛り付けられていたことだ。猟奇殺人者かなにかと思うほどに。
これはもう虐待の域だ。
遠山先生もそれは自覚しているようで、バツの悪そうな顔をしている。
「仮面を手に入れてからなんです。このようなことを当然のように出来るようになったのは。まるで情がそぎ落とされてしまったような、そんな気分です」
先生はそう言いながら千時さんの拘束を解きはじめる。
「このままじゃダメだと思い、厳丈先生に相談して今に至るというわけです。酷い先生で申し訳ありません。でも、こうでもしないとまた小火騒ぎを起こすんじゃないかと心配で心配で」
解放された千時さんは、抵抗するわけでもなく、怒るでもなく、ただボーっと起こる全てを受け止めていた。思っていたより症状は重いのかもしれない。
先生が千時さんの食事を用意する間、僕達は部屋を散策させてもらった。特に変わった様子や物はないが、1つ違和感があったので先生に聞いてみた。
「先生、家族写真がたくさん飾ってありますが、先生のお母さまの写真が少ないような気がするのですが、僕の気のせいですかね」
「そういえばそうっすね。あるにはあるっすけど、割合が少ないというか」
「それは・・・小火のたびに焼かれていて」
「それはわざと写真を燃やしているということですか?」
「どうでしょう?母の写真は定期的に父の側に置いていますし、それで巻き込まれただけだと思いますが・・・少し席を外します。父に食事を与えなければいけないので」
「僕達のことはおかまいなく」
「おかまいなくっす」
遠山先生は一礼し、この部屋を出て行った。
「翠はこの件どう思いますか?」
「あのおじいちゃん認知症なんすよね。何してもそう変な感じはしないっすけど」
「それが放火でも?」
「そうっす・・・ね?」
「ね?って聞き返されても」
そんな内容のない会話を翠としている時、千時さんの部屋から怒号が聞こえた。
「こぼすなって言っているでしょう!!」
その声は遠山先生であって遠山先生でないようで。あまりにもイメージとは違う怒号を聞き、僕と翠はその場で思わず固まってしまった。介護の大変さは学生の僕達には推し量れぬものがあるが、それでストレスが溜まってあの怒号・・・というわけだけでは説明がつかないのかもしれない。
怒号から数十秒後、先生がこの部屋に帰ってきた。
「・・・すいません。あなた達を驚かせるつもりはなかったんですが」
「それが仮面を得てからの影響ですか?」
「はい。学校では大丈夫ですけど、家では仮面を買ってからこんな感じです」
買った・・・ということは、例の怪しい女の子から購入したことになるが、常識的な遠山先生がそんな怪しいものを購入するとは思えない。どのような売り文句だったのか気になる所である。
「怪しいとは思わなかったのですか?仮面を購入する際に」
「もちろん怪しいと思いましたが、売り文句にやられたといいますか・・・お恥ずかしい」
「売り文句?」
「この仮面を買えば、あなたの抱えている問題から解放されるでしょうというものでしたが、今になって思えば、なかなかに怪しいものですね」
先生は笑いながらそう言うが、そんなあからさまに怪しい売り文句でこの先生が買うとは思えない。例え小火で心を痛めていてもだ。購入額も学生の小遣いで買える程度のもので、それもまたうさん臭さを助長している。
犯人の目的が全くわからない。金儲けでもなく、自分で仮面を使うわけでもない。謎ばかりが増えていく。
謎だらけなのは置いといて、そろそろ僕達はお暇することにした。気まずい空気が流れているからというのが一番の理由だ。先生も生徒の前であんなに喚き散らした手前、やはり気まずいらしく、僕達を止めるような素振りは見せなかった。