遺産放棄1
さて、そんなこんなで放課後。僕と先生はコックリさんを行う準備を行っている。本格的な降霊術や交霊術の準備はあえてしない。教室にあるいたって普通の勉強机を2つ用意し、それを合わせる。そんな普通の、放課後ではありきたりな光景を作り出す。前回と同じ方法で行うほうが、素敵紳士さんがもう1度来る可能性が高いと考えたからだ。
「成功する保証は?」
教室から拝借した椅子を並べている僕に、厳丈先生はそう問いかける。神職の立場として、霊を扱う専門家として、この簡素な‘場’に疑問を持つのも仕方ないが、ある程度準備が終わった後に聞いてくるあたり、先生の几帳面さが伺える。
僕みたいなペーペーの意見を聞いてくれたことに感謝の意を示すため、僕は忌憚のない意見を述べることにした。
「彼の愛が本物なら、意地でもここに現れるはずです」
「そんな能天気で大丈夫かよ?」
「ロマンチックと言ってください!」
そう言いながら僕は渾身の決めポーズを決める。こう、ライダー的な。
それを可哀想なものを見るような目で見る先生。あまり見たことのない表情だった。どんな表情かを文章で表すのは難しいが、少なくとも、生徒を見る目ではなかったことだけは確かだ。
「それより桜、その頭のやつ」
「失礼します」
昨日と同じように、僕達の会話を遮る形で扉の向こうから声が聞こえた。昨日と違うのは、僕がロッカーに監禁されていないことと、部室にコックリさんの準備がしてあることぐらいである。
「いらっしゃい。待っていましたよ」
彼女は扉を開けた姿勢で固まる。コックリさんの準備を周到に、甲斐甲斐しく行った僕に感動しているのかもしれない。むしろ、そんな僕に好意を抱いたのかもしれない。
ふむ、1度フラれた立場としては、この好意を素直に受けるべきか悩むところではある。しかし、しかし、しかし、彼女の好意を無下にするのも憚られる。ならば男らしく、ドンと彼女の好意を受け止めるのが男というものであろう。
「頭のそれって何?」
彼女は好意ではなく、疑問を抱いていたらしい。
「はぁ、これはですね」
「なんで露骨に残念そうな顔するのよ」
上げるだけ上げて(勝手に上がっただけ)、落とされた僕の心情を察してほしい。
「俺も聞こうと思っていたところだ。何で狐の耳を着けているんだ?」
厳丈先生の言う通り、僕は頭に狐の耳を付けている。昨夜、そこらじゅうの雑貨屋などを周り、ようやく見つけたものだ。もちろん、厳丈先生と大野さんの分もある。このおもちゃの値段を教えたりしたら、またも厳丈先生に監禁される恐れがあるので、ここでは多くを語らないでおこう。たまたま僕の部屋にあったものだと説明した。それを聞いた2人から、またも可哀想なものを見るような目で見られたのはここだけの話。
「コックリさんとは一般的に狐の霊を呼ぶ儀式と言われています。つまり、素敵紳士さんも狐、あるいは狐耳好きの男性に違いないと思いまして」
「とんでもない思考の飛躍だな」
「素敵紳士さんって誰ですか?」
あまり好評ではなさそうだ。そして、素敵紳士さんの説明を忘れていた。大野さんの疑問に答えてあげたいのはやまやまだが、すべることが目に見えているネタは早々に捨てるに限る。というわけで、大野さんには悪いが、素敵紳士さんが何なのかの説明はなしで話を戻す。
「さっそくで悪いですが、昨日と同じようにコックリさんをやってください」
「あ、はい」
大野さんは戸惑いながらも、昨日と同じようにコックリさんを始めた。もちろん僕達も参加する。
ここで改めてコックリさんの準備について説明をしておこう。
コックリさんに必要なのは十円玉と、コックリさんが答えを伝えるための紙。その紙には1~9の数字と‘はい’と‘いいえ’という文字、そして‘あいうえお’の五十音を書いておく。忘れてはいけないのが鳥居。はい’と‘いいえ’が書かれている間に鳥居を書いておくのだ。これはとても重要である。儀式の成功ではなく、儀式の中断、終了に関する重要事項だ。これがないと霊は帰れない。帰れない場合、奴らは何をしでかすかわからない。だから鳥居の作成、もとい描写には力を入れた。霊験あらたかな水と、とても特殊な墨を使用した。リスクを回避するための行動なので慎重になるに越したことはないだろう。
先日はそれを怠りロッカーに収監されてしまった僕であったが、だからこそ分かるリスク管理の大切さ。後悔ではなく反省をし、それを次に活かす。これ大事。
「「「コックリさん、コックリさん、おいでください」」」
僕達は彼を呼ぶ。声をそろえて。すると、十円玉が五十音に向かい動きだす。そして文字を、言葉を紡ぎだす。紡ぐ言葉は、
─わしに何か用か?─
大野さんから聞いていた人物像とは全く違う話し方で、僕たちは怪訝な顔を隠しきれずにいた。
「これ・・・素敵紳士さんか?」
「素敵紳士さんではないでしょう」
「だから素敵紳士さんって誰?もしかして彼のこと?」
考えてみれば当たり前だった。コックリさんなんていう簡易版交霊術を用いて、特定の人物が来るということはない。完全にランダムである。コックリさんとは違う形、正式な手順で交霊術を行えば別だが、僕の分野でも厳丈先生の分野でもない。それに‘縁’もない。この手を得意とする部員もいるのだが、あいにく今は諸事情でここにはいない。
とりあえず、
「チェンジですね」
「チェンジだな」
「チェンジで」
そう言いながら僕達は十円玉を鳥居に移動させる。お帰り頂くことにする。しかし、十円玉が動かない。むしろ鳥居から遠ざかり、文字に向かって移動していく。
─せっかくの現世だ、そうそう帰れん─
「厄介ですね」
「めんどいな」
「ちょ、え、えっと」
僕と厳丈先生は大きくため息をつき、大野さんはてんてこ舞い。
この霊を祓うことは簡単だが、すぐさま祓うなどという暴力的な行為は行いたくないし、霊を祓うなんて残酷な光景、大野さんには見せたくはない。ここは話し合いで解決するのがベストだろう。
「あなたは何をしたいんですか?」
軽いお願いごとなら聞いてあげるつもりで聞いた。学生のこの身で、出来ることは限られてくるだろうが。
─相談にのってくれ─
「相談ですか?」
─相談というか依頼だな。応じなければ、俺様はここを動かない─
ここを動かないということは、今回は交霊ではなく降霊の儀式になったらしい。霊と通信したのではなく、霊をこの場に降ろしたということになる。霊としての力が弱いのか、はたまた儀式が不完全なのが原因かはわからないが、降霊したのにも関わらず、姿が見えない。
厳丈先生と大野さんの顔を伺うと、2人共露骨に嫌そうな顔をしている。まぁ、そうだろう。大野さんは素敵紳士さんと話したくて、厳丈先生は一刻も早くこの件を片づけ、愛しの妻の元に帰りたいはずだ。そんな2人にとって、この人はただただ邪魔なのだ。
しかし、立ち退き勧告が通じる相手とも思えない。ここは彼の言う‘依頼’とやらを受けるしかなさそうだ。
─わしの孫がこの学校にいるはずだ、その子に伝えて欲しい。遺産を受け取って欲しいと─
彼の話を要約すると、この学校に彼のお孫さんがいるということらしい。風乃坂学園の3年生、森下 千沙斗さん。彼女のために残した遺産、正確には土地を受け取って欲しいのだが、彼女は受け取りを拒否しているらしい。それが腑に落ちなくて、彼は素敵紳士さんを呼び出す儀式に割り込んできたようだ。
ちなみに、彼は20日前に亡くなられている。故人だ。
「迷惑な話ね」
「ええ、まったくです。ですが、彼のお願いとやらを叶えないと、あそこを退いてはいただけません」
次の日の放課後、僕と大野さんは教室の前のロッカーの影から森下先輩を観察していた。
ロッカーに近づく僕を見て、周囲の生徒が何かこそこそ話している。ロッカー人間やらなんやら聞こえたが、今は関係ない。仕事に集中だ。
「さて、どうしましょうか?」
「直接話してみたらどう?」
「‘あなたの亡くなったおじいさんにお願いされました。おじいさんの遺産を受け取ってください’と言うんですか?」
「そ、それは」
大野さんも今のややこしい状況を理解したらしい。
このような依頼の1番厄介な所はこれだ。死んだ人間との交信をどのように信じさせるか。ほとんどの方は心霊現象に対する知識はある程度あるかもしれないが、見た事のない方が大多数だ。見た事のないものを信じさせることは非常に難しく、とてつもなく厄介だ。逃げ出したい程に。
だからといって、1度引き受けた以上は簡単には諦められない。最低限の努力はすべきだろう。
「仕方がありません。今は他に作戦もないですし、いつも通りの正面突破といきましょう」
「正面突破?」
大野さんは何か言いたそうな顔をしていたが、僕は彼女の質問を無視する形で森下先輩に駆け寄る。
「はじめまして。僕は不研の部長、風乃坂桜と申します」
「不研の部長さん?ロッカーで校内の人間を洗脳しようとしている、あの不研の部長さん?」
「そんな多機能的なロッカーを開発した覚えはありません!」
噂に尾ひれがついてとんでもないことになっていた。我が愛しの学び舎に、そんな頭のおかしいテロ行為をするはずがないじゃないか。それとも、彼女には僕が頭のおかしいテロリストに見えているのだろうか?
変な噂のせいで、第一印象は最悪に近い形になってしまったが、ここからいくらでも巻き返しは効くはずだ。ここは丁寧に、慎重に、紳士的に行動しなければ。
「少しお話しがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「告白と変な勧誘以外ならいいですよ」
初対面の方に信頼してもらうのは難しいが、ここまで信頼されていないケースも少ないだろう。偏に、僕の普段の行いの賜物なのかもしれない。
覗きとか覗きとか覗きとか。
・・・少しだけ自分の学校生活を鑑みようと思う瞬間だった。
「告白でも勧誘でもないので安心してください。あなたのお祖父様のことで」
「・・・話をするのはやめておきます。失礼します」
森下先輩は僕の話を遮り、その場から立ち去ってしまった。明らかに嫌悪を表に出しながら。
「・・どう?」
森下先輩が逃げたのを確認した後、ロッカーの影から出て来た大野さん。一部始終を見ていたはずの彼女は、聞くまでもない質問を僕に投げかけてきた。
「ダメでした。まったく、これっぽっちも相手にしてくれませんでしたね」
これは1度作戦会議をしたほうがよさそうだ。そう考えた僕は携帯を取り出し、通話ボタンを押す。
「誰に?」
「厳丈先生です。明日の放課後までに、森下先輩に関する情報収集をお願いします。まずは、彼女を知ることから始めましょう」