総とっかえ2
厳丈先生にも協力してもらい、この数日はチア部の情報収集をし、今日の放課後、つまり今その情報の照らし合わせをするところだ。
「まずは厳丈先生の話から聞かせてもらっても?」
「いや、いいが。調べれば調べるほどわからんという一言につきる。チア部は花山先生の熱心な教育で、強い技術力と団結力を手にしていて、特にレギュラー陣の団結力はほかの部の比じゃねぇ。にも関わらず、レギュラー陣は全員降格した。しかも妙な事に、誰も抵抗しなかった。抵抗したのはむしろレギュラー以外の部員だったらしい。花山先生に聞いても、この件は私の一存で、他にとやかく言われる筋合いはないと一蹴された」
「花山先生に変わった様子は?」
「特にないが、前よりより一層力を入れて指導すると校長と話していたらしい」
前から相当厳しく指導をしていたと聞くが、それ以上をすることになるとは・・・チア部の皆さん頑張って。というようなエールと共に、1つの確信を得た。
「やはり、花山先生に、チア部に何かあったのは確実ですね。その話は・・・」
「総とっかえ事件の後だ」
「でしょうね。翠はどうですか?何か変わった話しなど聞いたりは」
「事件の前に、レギュラー陣だけの合宿があったって聞いたっす。総とっかえはその2日後だとか」
となると、合宿で何かあったと見るのが自然だろう。それが何なのかまではわからないが。
「ちなみに合宿はどこで?」
「学校っす。土日を使って2泊3日って聞いたっすけど」
「ではその合宿で何かあったのでしょうか」
「聞いても誰も答えてくれなかったっすよ。みんな、口を揃えたかのように「何もなかった」の一点張りで。態度も悪かったす」
「態度?」
「みんな速水さんと一緒で、ガム嚙みながら受け答えしてたっす」
「速水さんは良くて、上級生の方々のガムはダメなんですか?」
「年上がくちゃくちゃガム嚙みながら会話してたら、何となく嘗められてる気がするっす」
その理論はわからなくもないが、それは全員であって、同級生なら良しという風にはならないだろうに。それにしても・・・
「全員ですか?」
「はい?」
「全員ガムを噛んでたんですか?」
「それはそうっす。部の新しい方針なんすから」
「それは・・・」
それはそうかもしれないが、なんとも奇妙な話ではある。
「それにしても、学校的にはガムを噛みながらの活動というのはどうなのでしょうね?風紀委員に取り締まられたりしないものか心配です」
「覗きよりましだろ」
「覗きよりましっす」
2人の総ツッコミに押し黙ってしまう僕。
確かに覗きは校則に引っかかることかもしれないが、ガムを噛む、菓子を食べるも昔ながらの我が校では校則違反である。もちろん、暗黙の了解で‘先生の前では’という言葉がつくが。
どちらも同じ校則違反というなら、罪の重さも同じはず。そう熱弁した僕だったが、軽蔑の視線を受けて強制的に黙らされた。
「ちなみに、風紀委員はこの件、ガムの件では動かんぞ。そんな小さな案件を抱えている余裕、今はないみたいだ」
「ほう、また罪のない僕のような人間を捕まえようと躍起になっているのですね?」
「あぁ。お前みたいな罪のある人間を捕まえようと躍起になっているらしい」
さてはて、一体全体どんな人がターゲットになっているのか。考えるだけで恐ろしい。
次の日、僕と翠はチア部のキャプテンの川口さんの家に向かった。学校で会えればベストだったのだが、川口さんは事件の日以来学校を休んでいる。そんな彼女とコンタクトを取れる機会を得られたのは翠のコミュニケーション力と速水さんの後押しのおかげである。
そんなこんなで彼女の部屋に訪れさせていただいたのだが、川口さんは見た感じ元気そうだ。とても学校を休んでいるとは思えないほどに。
「学校を休んでいる割にはお元気そうで安心しました」
「体調不良ってわけじゃないから」
「では何故学校に行かないのですか?」
「・・・なんとなくよ」
明らかに何かある言い回しだったが、これ以上は答えてくれそうにない。そう判断した僕は、別方向から攻めてみることにした。
「今回お話を聞きたいのは、チア部で何かあったのかをお聞かせ願いたいからです」
「何がって?」
「とぼけないでください。レギュラー陣が全て入れ替わった件です」
「実力よ」
「実力?」
「私達に力が足りなかったから、こういう結果になってしまった。それだけの話よ」
「でも、先輩達の代は全国で指折りのパフォーマンスをしたって聞いたっすよ」
翠の言う通り、前回の大会で彼女達元レギュラー陣は全国でベスト4に入賞していた。そんな彼女達が実力不足でレギュラーから落ちたというのは考えにくい。
そんな僕達の考えを鼻で笑いながら川口さんは言う。
「チアとしての表現力や体力的なことだけじゃないのよ、花山先生の言う実力っていうのは。私達には精神的な、我慢が足りなかったのよ。未熟だったのよ。ただ・・・それだけなの」
そう言って河口さんは顔を伏せる。
「我慢が足りなかったとは?あなた達は何を我慢していたのですか?」
「・・・」
彼女は答えてくれなかった。しかし、その後の彼女の行動に目が行くことになる。
「川口先輩もガム噛むんすね?」
「え?あぁ、そ、そうね」
川口さんもガムを噛み始めたのだ。まるで不安を紛らわすように。しかしこれは不自然である。チア部の皆さんがガムを噛む理由は、集中力向上のためであり、あくまでも部活のためであることが大前提だったはず。それなのに、部活をしていない彼女までもガムを噛んでいるのは些かおかしな話である。
そんな思考を巡らせていると、窓の外に不信な人物を見つけた。電信柱の影からこちらを覗く、我が校の制服を着た不審者を。僕の視線に気づいたのか、彼はそそくさとその場から立ち去っていく。
「川口さん、最近誰かに見張られている感じはしませんか?」
「そういえば、誰かに見られている感じが・・・」
そう言い淀んだ河口さんと翠は、突然汚物を見るような目で僕のことを見る。
「僕じゃありませんよ!」
「怪しいっす」
「怪しいわね」
「怪しくないです!」
無用な疑惑を抱かせてしまった。翠はともかく、川口さんにも疑われるとは。僕の学校での不祥事が全生徒に把握されていることを再認識させたれる出来事だった。
ともかく、川口さんを狙う、もしくは監視する男子生徒の存在。これもこの騒動のヒントなのかもしれないが、ここはマンションの3階。今から追いかけて話しを聞くというのは現実的ではないだろう。
「川口さん、何か心辺りは?」
「ないわよ。ストーカーとか?」
「ありえるっす。チア部の部長は美人って校内で有名っすから」
「そんな・・・照れるなぁ」
「照れてる場合じゃないでしょうに。ああいう女の敵は許しておけません。後日退治しに・・・」
女の敵と言った瞬間、翠と河口さんは僕を指さす。
失敬な。
「にしても、あの人はどこかで見たことがあるような」