かぐや姫という名の4
「自殺ですか?」
「はい」
今までの話を聞けば容易に想像できる結果だ。
「ですが・・・」
「わかっていますよ」
竜の掌・・・西洋では聖杯と呼ばれるものが存在しているとして、日本政府が放っておくわけがない。日本政府直属の心霊専門の部署、霊障対策課が放っておかない。彼らはどんな手を使っても、日本に有利になるものを手に入れる。
かぐや先輩がこの情報を手に入れてここに現れたということは、霊障対策課もこの場に来ていてもおかしくはない。いや、確実に来ている。にも関わらず、この辺りには誰の気配もない。雨で気配がわかりづらいというのもあるので、厳丈先生に周辺を調べてもらってはいるが、未だに連絡がないということはそういうことだろう。
つまりは、
「ガセネタを掴まされたみたいね」
かぐや先輩は涙を流しながら言う。この雨の中でもわかるくらいに。
「いえ、完璧なガセネタというわけではありません。実際、3年前に聖杯は実在していました」
「過去形ね」
「えぇ、もう存在していません」
「そう、残念ね。これから私はどうすればいいのかしら。また200年の時を、龍の掌の復活を待つしかないのかしら」
「生きているのですから、生きねばなりません」
「耳障りのいいセリフですね。まだ20年も生きていないあなたに、私の絶望がわかるわけないでしょうに」
「そんな20年も生きていない僕にもわかることがあります。今回のかぐやさんの依頼は、各家がかぐやさんに持ち寄った相談なのでは?」
「そうですが、それがなにか?」
「彼らは気づいていたんですよ。あなたが自らの命を断とうとしていることに」
「何故そんな話に繋がるんですか?」
「自分で言うのもなんですが、僕はこの業界では比較的有名人です」
有名人といっても悪い意味でだが。決して素晴らしい能力を持っているからではない。
「そんな僕に対して、間接的に依頼してきたんですよ、あの人たちは」
「・・・」
「彼らはまずあなたの正体を僕に伝えようとしました。かぐや姫になぞらえ、不死の薬を連想させるものを僕達に印象づけることで。思えば不思議な依頼ばかりでした。茶器は水に入れれば答えがわかる。金の生る木は自分達で探せばいい。見つけられなくても依頼は達成終了ということ。着物に関しては本物の霊能力者にあたったのにはずれと断じ、わざわざ僕を呼ぶという違和感。そして大石フーズの自作自演」
「何故そんな遠回りなことを?」
「真偽のほどはわかりませんが、おそらく、分家の間で意見が割れた結果だと思います。あなたの死の決意を尊重する意見と、今まで通り共存関係を望む意見。それの折衷案として、第三者に託すという道を選んだのではないかと」
「随分とまぁ、中途半端なことをしましたね」
「それで、あなたはこれからどうするんですか?私的な意見を言えば生きていて欲しいところですが」
「生きていて欲しい?生きるしかない私にそれをいいますか」
かぐやさんは溜息をこぼしながら続きを口にする。
「そうですね・・・旅に出ようと思います」
「旅ですか?」
僕は予想外の言葉に戸惑いつつもかぐやさんの話の続きを聞くことにした。
「龍の掌を、聖杯を手に入れるための情報収集という名の逃避行ですかね。それに、私は長くこの場に留まり過ぎました。人でもない身分のくせに」
「そうですね・・・それもいいかもしれませんね」
僕のその言葉にかぐやさんは鼻で笑う。かぐやさんも自覚がある証拠だ。
「意地悪なことをいいますね。私にそんなことは無理だと分かっているくせに」
「そんなことは・・・」
「1つの所に留まり過ぎて、外に出られなくなった、そんな哀れな私にはそんな勇気もないのです。昔、秦に、中国に実験体としてでも長年留まっていたのがいい証拠です。そんな私が中国を出られたのは、一歩を踏み出せたのは彼のおかげ。今はもうそんな勇気も気力もありません。生きる事にも死を目指す事にも疲れた私に、龍の掌を探すという理由だけで動く気力はないのです。生きる理由が、ないのです」
そう言って彼女はこの場を去る。そんな彼女の背を見ながら僕は思う。
1つの所に留まりたい。楽をしたいと思う心は紛れもなく人間の思うそれで、決して彼女が化け物ではないことを表している証拠だと。
「かぐやさん」
僕は寂しそうにしている背中に声をかける。
「勇気を出してみて下さい。かつて日本から中国へと渡った彼のように。生きる理由がないと言いましたが、そんな考えは皆持っているものです。生きる理由がないというなら、生きる理由を探すために生きて下さい」
かぐやさんは僕の言葉に反応するように、少し歩みを止めたが、すぐにその歩みを進めてしまう。
あのかぐや姫という名の、迷子のような少女が、大きな一歩を踏み出せますように。
帰りの電車は人気も少なく、乗客は僕と先生以外は1人だけだった。その1人もご高齢の女性で、電車というゆりかごに揺られて気持ちよさそうに寝ている。
「にしても聖杯か・・・懐かしい単語が出てきたな」
「えぇ、本当に懐かしいです」
3年前、僕が中学3年の時に聖杯は確かに日本に存在していた。ここ最近で1番大きな事件だったので、この業界の人で知らない人はいないだろう。もちろんこの僕もだ。
あれ(聖杯)が日本に出現した時は本当に大変だった。霊障対策課やその下部組織、フリーの能力者が国内国外問わずに聖杯を求め、三つ巴どころの騒ぎではない、本当に血みどろの争いが起こった。
最終的にその事件の中心に立ってしまったのはこの僕なのだが、それはまた後日語るとしよう。
「先生、僕のこの呪いはどのようなものなのでしょうか?」
「急にどうした?」
「今回の件1つだけ腑に落ちないことがあります。かぐやさんが何故我が校に在籍していたかです。不死者として、化け物として、そして各分家から神のように扱われていただろうかぐやさんが何故高校なんかに通うことになったのか」
「気まぐれじゃないか」
「気まぐれにしてはタイミングが良すぎます。まるで僕の呪いの解呪を手伝うようなタイミングで、高校に通う選択をするのは少々奇妙です」
ここで僕の呪いについて軽く説明しておこう。
呪いの内容は僕がモテない、女性に興味を持たれないというものと、僕が卒業するまでに呪いを解かないと、僕の大事な物を1つ失うというものだ。それが自身の体の一部かはたまた全てか、それとも僕が大事にしている人か、それは全くわからない。
解呪方法は霊的な、または我が校の生徒、職員の悩みを解決し続けるというもので、その悩みや心霊現象を何回解決すればいいかはわかっていない。
ゴールのないマラソンを走っている気分だ。
「風乃坂高校の生徒、職員の悩みを聞くというのはなんとも曖昧でツッコミたいところが何ケ所かあるのですが、それは置いといて、やはり今まで心霊関係の依頼や生徒や職員の悩みが僕達のような怪しい部活に‘ひっきりなし’に集まるのはやはり不自然です」
「俺が手を引いていると?」
「はい」
厳丈先生は自分の頭を掻きむしりながら答える。
「外部の心霊的なものは俺だが、学校内のは俺じゃねぇ」
「ではかぐやさんの件は偶然だと?」
「偶然・・・じゃねぇわな。そんくらい誰でも想像できる」
「では誰が?」
「誰じゃねぇな。土地だよ。土地」
「土地・・・というと、風乃坂高校の土地がそうさせたと?」
「そうだ。あの土地にはそういう力がまだ少しだけ残っている。それが作用したんだろうな」
「得心がいきました。すいません、疑うようなことを言って」
その言葉を最後に、僕達は帰り道まで一切喋らなかった
後日談。
かぐやさんが突然転校した。
学園のマドンナの1人の突然のニュースに周りはざわめいたが、彼女を知る、知った僕からすれば、それは喜ばしいニュースである。彼女が一歩を踏み出した証なのだから。
試しにかぐやさんの分家の方々に連絡を入れると、大層慌てた様子でかぐやさんの行方を捜しているみたいだった。
彼女の旅路に幸多からんことを。
例えその選択が間違えだとしても、その選択をしたことには意味があることを信じ。




