かぐや姫という名の1
天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
降りしきる雨の中、私は傘もささずに歩いている。目的地に到着するまではあと20分は歩かないといけないが、今はこの雨の冷たさが心地いい。これから歩く距離など気にもならない程に。
普段なら濡れている髪がうっとおしく感じるものなのだが、今はこの気持ち悪さもまた心地いい。
目的地まで着いた私はその近くにあったベンチに座る。
「さて、そろそろ出て来たらどうですか?」
「・・・尾行はお手の物という自信があったのですが、いつからですか?」
「いつからでしょうね?」
「相変わらず、ミステリアスな笑顔がチャーミングですね」
あぁ、ここで私は終われる。
かぐやさんの5つ目の依頼をこなした後、僕は厳丈先生の情報を頼りに、かぐやさんのいる場所をつきとめ、尾行を開始した。
尾行をして30分程、ようやくかぐやさんは目的地に着いたようだ。かぐやさんもそうだが、僕も尾行がばれぬように傘もささずにいる。尾行がばれるとわかっていれば傘をさしていたのだが、そんなことは結果論だ。
雨の音が強くなり、かぐやさんの声が聞こえづらくなったので僕はかぐやさんにゆっくりと近づいて行く。
「とりあえずお疲れ様です。5つの依頼を無事達成できたのですから、私はあなたの恋人になったということでしょうか?」
「そう・・・ですね。そうなんでしょうか?」
「聞き返されても困ります」
初めて見た。かぐやさんのそんな困った顔を見たのは。困ったような笑顔は。
いつものクールな表情とは違う、幼さが残るその笑顔に僕が見惚れていると、かぐやさんは座っているベンチを叩く。ここに座れということだろう。周りを見渡しても雨宿りが出来る場所はなかったので、僕は諦めてかぐやさんの隣に座る。
「郷田先輩が言っていましたよ。あなたは高校生が纏う雰囲気ではないと」
「さすが郷田風紀委員長、人を見る目は確かなようですね」
「あなたは妖怪、幽霊・・・その類ではないとお見受けしますが。一体何者なんですか?」
「人間ですよ。あなたと同じ」
僕は黙ってかぐやさんに1枚の写真を手渡す。これは石川さんからの借り物なので、一応防水処理はしてある。それはともかく、写真に写っているのは石川さんの夫である石川智樹さんとかぐやさん。それだけ聞けば何の変哲もない話だが、問題は写真に写っている人物の年齢だ。
「最初は信じられませんでしたよ。この赤ん坊の石川智樹さんを抱いている人物、顔があなたとそっくり・・・そっくりというより本人ですよね」
「私の祖母と言って信じますか?」
「最新技術で確認済みです。顔をスキャンしたところ、同一人物である可能性は98%という結果が出ました。例え血縁関係だとしても、ここまでの一致はないそうです」
ちなみにその最新技術とやらがある場所は、前回訪れた生臭坊主の寺だ。あそこの寺はここら一帯から怪しい依頼を請け負う場所なので、それに対抗出来るための機械類なども色々と置いてある。
「ご想像の通り、ここに写っているのは私です。懐かしいですね」
「女性に対してこの質問はタブーだとは知っているのですが、それでも聞いておきたいんです。あなたのご年齢は?」
「・・・1500歳程です。細かい年齢は、忘れてしまいました」
降りしきる雨はうるさかったが、その悲壮に満ちた言葉だけははっきりと聞き取れた。
「そうですか」
「驚かないんですね」
「いえいえ、これでも予想よりお年を召されていて驚いているんですよ」
「ふっ、ご冗談を」
「何故今回僕にこのような依頼をしたんでしょう?僕と付き合う気はなさそうなのに」
「1500年近く生きているんです。あなたみたいな存在とお付き合いをするのもまた一興でしょう」
「そうじゃないんですよ。あなたは僕の呪いを少し誤解している」
「誤解ですか?」
僕の呪いは、モテないという呪いは因果律に基づくものだ。運命的に、存在的に僕は異性から恋愛対象として見られないのだ。例外はあるにはあるのだが・・・いや、ここでは関係ないのでやめておこう。かぐやさんには関係のない話なのだから。
「運命ですか・・・あまり信用したくはありませんけど」
「おや?運命論はお嫌いですか?」
「嫌いですね。運命なんていうのが存在しているのなら、人の決定には意味がない。人の意思には意味がないってことになるじゃないですか。そんなのは・・・とても悲しい」
「・・・」
「そう教えてくれた人がいました。そう・・・私が愛した人が言っていましたので」
「その人のことを今も?」
「えぇ、愛しています。1200年以上経った今でも愛しています」
「なにやら運命と同じようなロマンチックな臭いがしてきましたね。詳しくお聞きしても?」
「こんなおばさんの恋バナ聞いても面白くはないですよ」
「お願いします」
かぐやさんはまたも困ったような顔をした後、話し始める。
「まずは私の本名を教えておきましょう。李 静と申します。生まれは洛陽で、日本に移り住んだのは室町時代辺りですね」
「なかなか壮大ですね。17年しか生きていない僕にはその時間間隔は理解できません」
「えぇ、私もあの頃は理解できませんでした。あなた達のことを」
彼に会ったのは西暦でいうと700年頃だったか。細かい年は覚えていませんが、今でもあの月を覚えています。
あなたと初めて会った時の、あの時の月を。




