コックリさんのプロポーズ3
翌日の昼食時間、僕と厳丈先生は作戦会議という名目で部室に集まる。僕は購買で買ったパンを、先生は愛妻弁当を机に広げて食べながらの会議だ。いい歳したおっさんの弁当にLOVEと書かれてあるのに戦慄する僕だが、それに突っ込むのももう何度目かわからないので、ここではスルーさせてもらおう。
「にしても、驚きの依頼でしたね」
「さて、不研の部長様は今回どうするんだ?」
厳丈先生はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、挑戦的に問い掛けてきた。本当に、性格の悪さが滲み出ている。生徒をロッカーに監禁するという暴挙を、何の躊躇いもなく行えるのも頷ける。
「どうもこうも、とりあえず話を聞いてみないと」
「なるほど。で、俺に何をしろと?」
相変わらず察しがいい。性格のほうは救いようがないが、さすがは僕の担任兼相棒だ。僕は食べかけのパンを机に置き、厳丈先生の方に体を向ける。
「コックリさんについて教えてもらいたくて」
「知ってるだろ?」
「降霊術でしょう?霊を呼ぶみたいな」
「霊を呼ぶだけではなくて、話すこともできる。霊と交信する交霊術、霊を降霊する降霊術、そのどちらも兼ね備えている。いや、正確に言えば、本来霊と交信するはずの交霊術を、間違ったやり方で行うことにより降霊術となってしまう感じだな」
「ほら、先生のほうが詳しいじゃないですか」
「・・・お前よりはな」
先生はばつが悪くなったみたいで、自然に目線を僕から逸らす。変な所で恥ずかしがるこの教師がおかしくて、思わず口元に笑みを浮かべてしまうが、今はそんな悠長な雰囲気を出している場合ではない。本題に戻ろう。
「僕はこの‘業界’に関してはまだまだ素人同然なんですから」
「それでも、3年間もこの業界に首を突っ込んでんなら分かるだろ、ある程度は」
「ある程度はわかります。ですが、呼び出した霊からプロポーズされたなんて話、聞いたことありません」
「俺もねえよ」
「やはり、先生でもご存じありませんか」
「あぁ。規格外だな。話を聞く限り」
「ですね」
こういう依頼に共通して言えるのは、依頼人の話を鵜呑みにするなということだ。依頼人は脚色する。大袈裟に言ったり、大事なところが抜けていたりする。噂話の怪談のように、真実とはかけ離れた物語になっている可能性もなきにしもあらずなのだ。だから、依頼人からは話の大筋だけを聞いて、それに関わるありとあらゆることを精査する。調査する。吟味する。そうしないと、現場での対応がスムーズにできない。
「コックリさん・・・ここでは素敵紳士としましょう。素敵紳士さんについてですが」
「待て。他に何かないのか」
「不満でも?呼びやすいじゃないですか」
「不満ってわけじゃねぇが・・」
口では文句のないようなことを言ってはいるが、僕の命名に文句があることは見てわかる。それほど露骨な表情だった。その表情と態度にについて言いたいことがないでもないが、貴重な昼休憩をコックリさんの命名で終わらせるのは惜しかったので、僕はこのまま話を進めることにした。
「では素敵紳士さんで。素敵紳士さんの目的は何でしょう?」
「大野との結婚だろう?」
「どうやって?」
僕の疑問に先生は顎に手を当てながらしばらく考えこみ、考えを纏めたところで口を開く。
「・・・普通なら、大野を呪って同じ存在にしようと、殺そうとするだろうな。ただ」
「そう、今回の霊は非常に紳士的な方です。それが外面だけの可能性もありますが、一度大野さんを自由にして、自分は大人しく帰るという行為から、本当に紳士的な方という可能性のほうが高いでしょうね」
悪霊などの質の悪い類は、そのような自由な時間は与えてくれない。例外も多々あるが、基本的にはすぐに襲ってくる。その例外というのは、獲物にマーキングを施すというものだ。マーキングの仕方は霊によって様々である。体に印をつけるタイプ、言霊による因果へのマーキング、魂に直接刻み込むタイプなど、やり方は多種多様である。そんな例外に大野さんが当てはまらないと断言する理由は、目の前の体罰教師の特性にある。先生は特別霊のマーキングなどに敏感なのだ。そんな先生が大野さんに何も感じなかったと言うのであれば、大野さんは霊的なマーキングをされてないと断言していいだろう。
「はぁ、そういうやつもいるのかねぇ」
「世の中広いですから」
「確かにな。未だに覗きをするなんていう恥ずかしい高校生もいるくらいだ。優しくて紳士的なコックリさんもいるかもな」
先程からちょいちょいと人のメンタルを傷つけてくるな、この人は。
厳丈先生は、目の前の僕の心が鋼か何かでできているとでも思っている節がある。こんなセンチメンタルを絵に描いたような男子生徒を相手にだ。
「それにしても、狐狗狸さんですか」
昼食を終えた僕は、部室にあるソファーに座り込み、お茶で一服。やはり梅昆布茶は美味い。お茶で心と体をリフレッシュしつつ、僕達は仕事の話を進める。
「普通は知恵を持った動物霊。まれに人間の霊、悪霊、それに・・・可能性は極めて低いですが、ある程度神格化した方が降霊、いえ、交信に対応します。そんな方々が人なんかに求婚するでしょうか?」
「少なくても、今回の件は悪霊ではなさそうだな。紳士的すぎる」
「それは僕も同意ですね。しかし他も」
「わかんねぇぞ、あいつら気まぐれだから」
「おや、動物霊はそこまで厄介な性格をしていましたか?」
「違う。神格を持ってる奴らだ」
「なるほど」
厳丈先生は神舞神社の次男であり、教師という職をしながら実家である神社の手伝いも行っている。そんな教師兼神主である厳丈先生が言うとなると、言葉の重みというやつが違う。
「しかし、今回の件ではそれはないでしょう。神格持ちを呼び出せるほどの‘場’が彼女達に作れたとは思えません。そして、動物霊は悪戯好きですが短気な方が多い。返事を待つなんて悠長なことはまずしないです」
「お前が言いたいのは、つまりは今回交信した霊、素敵紳士が元人間の可能性があるってことか?動物、神格持ち、悪霊の類ではなく、ただの人間霊だと」
「そうです。もしくは手の込んだいたずら」
「つまり、今回は人間か元人間が関わっているのか」
「ザッツ・ライト」
僕は得意げな顔で厳丈先生を指さす。
「あ、お前のそのへたくそな英語で思い出した」
「思い出しただけでよかったですよね?」
明らかに僕を傷つけるためだけに付け加えたセリフだった。
この教師は僕を傷つけることを義務にしているのではないか、そう疑いたくなる。1日3度はこういうセリフが飛んでくるので、僕がそう思うのも無理はないだろう。
「英語の高橋先生から伝言がある」
「何でしょう?」
「次補習をサボったらマジで留年になるみたいだぞ、お前」
「・・・善処します」
最近は綿密な覗き計画を立てていたので、そんな細事は忘れていた。
「さて、こんな茶番染みた話し合いはそこらへんに投げ捨てて」
「茶番って言うな」
「今回の作戦はどうしましょう?」
昼休憩が終わるまで後5~10分程。ここらで作戦を纏めておかないといけない。放課後の予定ができてしまったのだから尚更だ。
「‘百物語’っていうのはどうだ?」
先生は電子タバコを咥えながらそう提案する。
業界自体が狭く、色々な人と協力する体制があるこの業界では、共通した作戦というものが存在している。百物語というのはその1つだ。しかし・・・
「今ここにいるのは僕と先生だけです。人数の方が些か不安ですね」
「じゃあ‘鶴と亀’」
「経費が掛かり過ぎます。今月ピンチなんですよ、僕」
「あぁ、そういえばそうだったな。だからといって、部費はほとんど使っちまってもうねぇからな。なら、‘人体模型’はどうだ」
「道具が揃うのに時間がかかりすぎます」
「・・・じゃあ」
「‘灯台探し’でいきましょう」
「勝手に決めんなよ」
「不満でも?」
「場合によってはな」
「僕に危険が及ぶ場合もありますね」
「・・・」
「大丈夫ですよ」
厳丈先生は1度目を閉じ、ため息をした後に僕の目をジッと見つめる。僕の意思の強さの再確認といったところだろうが、生憎、この作戦でいくつもりであり、それを変える気は僕には毛頭ない。それを悟ったのか先生はため息と共に了承の言葉を口にする。
「・・・ここではお前がボスだ。お前の好きにしろ」
「はい。ありがとうございます」