大石フーズ盗難事件1
真実かと 聞きてみつれば 言の葉を 飾れる玉の 枝にぞありける
あの人の、かぐやさんの紹介だというからこの部屋にあげたが、俺はどうにもこの2人が信用ならない。
服装というのは名刺のようなものだ。初対面の相手に対する評価というのは、残念ながらその見た目からくるものであり、決して内面などではない。何故なら、人の内面を見るという行為はとても難解なものであり、見抜いたと思ってもそれは絶対ではないのだ。そんな情報を信じられる人間はそうはいない。ならばこそ、外見というファクターが重要になるのだ。
彼と彼女は見た目通り学生だろう。‘学生’だ。未成年なのだ。
そんな彼らの何が信用できるのかと問われれば、昔ながらの古臭い関係性である分家本家の関係がそうさせたと言わせてもらおう。俺自身そんな関係性は古くて無駄なものだと思ってはいるが、いかんせんそういう環境で育ってきたのだ。その関係性を完全に蔑ろにする訳にもいかず、親戚という周りの目も気にしなければいけない。
人間はどうやっても1人では生きていけず、何かしらの力を誰かに貰っているのだから。
「どうかなさいました?」
「いや、なんでもない」
「では大石さん、今回の依頼に関してのお話を続けさせてもらいます」
「聞かせてもらおう」
本家のかぐやさんが何故このような小僧を気にかけているのか、信用しているのか。いや、違うな。あの女は恐らく信用していない。なにせあの女は人を恨んでいるのだから。本家も分家も関係なく、家も世間も関係なくだ。
あの女を祀り上げる本家の気持ちも分家の気持ちもわからなくはないが、俺個人としては是非関わり合いにならずに生きていきたいものだ。そうは思ったところで仕方ないのだが。
俺は大石なのだから。
大石家所属の大石 恭介なのだから。
個人で動くことはできず、団体で動くことで勝利を約束された人間なのだから。ここはあのお姫様の我儘に付き合うことにしよう。個人的感情は捨てるんだ。
「では・・・」
少年は話始める。
どうせ正解に辿り着けないだろう彼の話を聞く。
今回の件は俺にとっても予想外だ。まさかこんなことになるなんて、誰が予想できたのだろうか。
「社長」
「片桐、今回の件は内密に頼むぞ。マスコミに嗅ぎつかれでもしたら」
「わかりました。手を回しておきます」
「任せた」
俺は片桐が部屋から去るのを見送った後、持ってたタバコに火をつける。禁煙が推奨されるこのご時世、吸える場所を自分で作るこの行為自体責められることが多い。社長室でぐらい、自分の部屋でぐらい自由にして欲しいものだ。
煙を吐きながら俺は今回の報告書を読み始める。
報告書
大石フーズの倉庫における犯罪行為について
1年ほど前から我が社の倉庫で悪質な窃盗が行われております。現場は本社近くの第4倉庫。盗まれているのは我が社の目玉商品であるマグロ。質と値段がいいことからこの界隈で最近注目されているもので、雑誌にも掲載されたことがある我が社の重要商品です。
こちらは貴重なマグロの部位を独自のルートで仕入れており、毎月数量限定という形で売り込んでいます。このマグロ自体は売ったところで黒字になるものではございませんが、他の商品を1500円以上買った場合のみ、このマグロの購入権が得られるというシステムでお客様に大変人気になっております。
数量は毎月180点。その内の2割近くが毎月無くなっていることが判明しました。
対策として保存する倉庫を変える試みをしてみましたが効果はなく、現在は警備員と監視カメラを増やすことで対応しておりますが、今のところ効果はございません。
至急新たな対策を施す必要があると考え、現在対策会議を進めております。
俺は罵声を吐きながら資料を机に叩きつけた。
「冗談じゃない」
今回の件を重く見た父は、この件に対するヘルプを同じ月宮家の分家である阿部家に相談すると言っている。阿部家は警備関係に強いことは確かだが、俺としては他の家が大石フーズに介入するのを良しとはしていない。
月宮の分家にはそれぞれ特色がある。
石川は骨董。
倉持は土地売買。
阿部は警備
大石は商売。
中川は怪しい呪詛とやらを。
これは鎌倉から続く関係性と聞いているが、真偽のほどは確かではない。
その家独特の特色があり、基本的には助け合いなどはしない。助け合うことは歴史上何度かあったらしいが、汚点として歴史に刻まれていると聞かされている。
その汚点とやらに俺もラインナップしかけているのだ。悠長にしている場合ではない。している場合ではないが、これといった対抗策がない。このままでは父経由で阿部の家から何人かが来てしまう。
俺が頭を悩ましていると携帯から連絡が入る。俺が持っている携帯は3つ。仕事用、プライベート用、そして月宮の家関係の携帯だ。この携帯に連絡が入るだけでもおっくうなのに、なんと相手はあの姫君だ。出ないという選択肢はないだろう。
「もしもし」
「もしもし、月宮です」
「かぐやさん、お久しぶりです。何か御用でしょうか?」
「あなたの頭痛の種を取り除くお手伝いですよ」
「これはこれは、お耳が早い」
「安心してください。本家でも知っているの私だけですので」
こういうところも苦手なのだ。分家のことなどなんでも手に取るようにわかっているとでも言いたげな、その上から目線のその態度。
「何かお気に召さないことでも?」
「いえ、そんな馬鹿な。お姫様からの貴重なラブコールですから」
「あなたのその軽口、俊さんを思い出しますね」
「父に似ているなんて、姫様の口からしかお聞きしたことありませんよ。似ているなんて気のせいで」
「似ていますよ」
この件をややこしくする原因でもある父と似ているなんて言われても全く嬉しくない。そんなことぐらい姫様も理解しているだろうに。これ以上姫様におもちゃにされるのは気に喰わないので、俺は本題を促すことにする。
「姫様、この件はなるべく身内だけで済ませますので」
「あら、私も阿部さんも身内ではありませんか」
やはりこの女、全てを把握しているのだろう。最悪、当事者である俺よりも。
「ご助力いただけるのはありがたいのですが・・・その」
「安心してください。月宮の分家の力を借りるわけではありませんので」
「まさか本家の御力を使うおつもりですか?差し出がましい意見だとは充分承知しておりますが、それほどの案件ではありません」
「そこまで大事にしようなんて気はありません。借りるのは外部からです」
「外部・・・ですか?」
「そうです。こちらで信頼のできるものを送りますので、その者に任せればいいだけです」
「本当に信頼できるものなのでしょうか?」
「私を疑うのですか?」
「いえ、そんなわけではないのですが、今回の件は脳外科医のような繊細な作業が必要になってきます。それができる人材なのでしょうか?」
「はい」
あの姫様が信頼できるなんていうセリフだけでも驚きだ。
「では事件の解決はその名探偵に任せるとしましょう」
「安心してください。彼らに依頼する内容は、今回の件を解決することで、ただ暴くだけではありませんので」
その言葉を聞いて俺は安心したようだ。無意識に肩の力を抜いてしまった。
姫様が動いたことが父の耳に伝わったようで、あれから阿部家に助力を求めよという意見は家で聞かなくなった。さすがは姫様だ。
とはいえ、姫様の最善が俺の最善とは限らない。俺自身が動ない理由はない。
「片桐、少し調べて欲しいことがある」
「なんでしょうか?」
「今日か明日か明後日か、まだ詳しくはわからないが、近日中に誰かが我が社の問題を解決しにくるらしい」
「阿部家の方々ですか?」
片桐は昔から我が家に仕える家系のもので、月宮の親類関係についても詳しい。
「姫様の懐刀かな?」
「姫様の懐刀ですか?そのような話、噂でもお聞きしたことありませんが」
「俺もだ」
「もしやその方を調べよとおっしゃるのですか?」
「その通りだ」
「それは・・・その・・・」
片桐のその言葉を最後に、社長室は静まり変える。この調査がどれほど無謀で実りがないものなのかは俺も理解はしている。理解はしているが、行動を起こすことでそれほどデメリットがあるとは思えない。
「そのミスター懐刀を調べるのはやはり厳しいか?」
「姫様に気づかれずにというのは難しいかと」
「そんな技術は期待していないさ」
「それはよかったです。危うく退職願を出さなければいけないところでしたので」
「そこまで怯えるか」
「当然かと」
「まぁいいさ。今回は姫様の機嫌を損なわないように調べられれば上々だ」
「それもまた難しい注文ですが、全力でお答えさせていただきます」
片桐はそう言うと早速仕事を行うためにこの部屋から出ていく。
本当に、自分にはもったいないほど優秀な人材だ。最近はハラスメントの関係上簡単に口に出せなくなったが、本当に美人になったものだ。5歳からの付き合いだが、小さい頃はあんなにやんちゃな小娘だったのに、今では立派なレディだ。あいつに関して浮いた噂なんてものは聞いたことがないが、俺の知らないところでいい男でも見つけているのかもしれない。昔からの知り合い、兄貴面をしていた俺としてはあまり面白くない話ではあるが。
思い出に花を咲かすのもこの辺りにしておこう。片桐にばかりに仕事を任せていては社長としての面目がない。俺にできることなんていうのは少ないかもしれないが、全くないというわけでもない。
「そろそろ動くか」
昔は、学生の頃はもっと堂々と動いていたのだが、生き生きと動いていたのだが。家のことなど気にもせず、今では不仲な他の家の奴らと遠慮なく色々していたのに。今やこれである。こそこそと、他の奴らの目線を気にしながら動いている。
皮肉にもあの頃嫌いだった‘大人’になってしまった俺ではあるが、その結果に不満はなく、その結果が嫌いではない。
「もしもし」
俺は電話をかける。かけた相手は我が社の重鎮。内容は会議を開くにあたっての面子集め、内容についての話し合いだ。どうにもならないと知ってはいても、ポーズだけでもしておいたほうがいいだろう。
「わかった。すまん・・・あぁ、助かる」
片桐だけではなく、俺の周りに妙に優秀な部下が多い。社長として嬉しいような悲しいような。




