枝探し4
「この写真の木の種類わかるっすか?」
「わかりません。どこにでもある木のように見えますが」
どうにもこの件のゴールが見えない。もちろんゴールというのは写真に写っている枝を見つけることなのだろうが、その枝が倉持の家にとってどのような利益をもたらすか、それがわからないというのがとても不気味だ。
「これは柳じゃないっすか?」
翠は少し悩んだ後に僕にそう言った。少し意外だ。翠がこんな知識があるなんて。
「柳の木ですか?日本の、しかもこんな山の中にあるんでしょうか?」
「こんな山の中にはないと思うっすけど、この写真は本当にここのやつなんすか?」
確かに。かぐやさんにここに連れて来られたが、彼女は1度もここに枝があるとは言ってはいない。言ってはいないが、文脈的にそうだろう。そうじゃないとおかしい。
そう思う僕ではあるが、写真の枝がこの山にあるという言葉を聞いていないからこそ油断はできない。
「ではそのもしもについて考えてみましょうか」
「写真の枝がここにないっていう前提っすね」
「そうです」
そしてそうなると何故かぐやさんが、あるいは倉持さんがここを探せという依頼をしたのか。山の中にその枝があるという確信があるのなら自ら探せばいいだけなのに、それをしないのは、あるいはできないのか。
「自分でその枝を取るのは危険だから他人に任せたとかっすかね」
「毒とかそういう類ですか?」
「あるいは呪術的な何かっすね」
「呪術的なものは感じませんでしたが」
この山には神聖な雰囲気はあっても、悪い雰囲気というものは感じられない。そんな山の中に質の悪い呪術的な木が入っているとは考えにくい。となると毒や木のある場所が危険な所だというのが考えられるが、こんな土地を持っている人がその程度をどうにかできないはずがない。
「翠も感じなかったっすね。やっぱり写真の枝がここにはないっていうのは飛躍しすぎたっすかね?」
「そうでもないと思いますが、やはり問題はこの枝の種類でしょうね」
「それっぽいのはいくつか見つけたっす」
翠はそう言って携帯の画面を僕に見せる。
見せてもらった画面には、シダレヤナギ、ペキンヤナギ、ポッキリヤナギなどなど。何の知識もない僕達には全て同じに見えるが、その1つ1つが違うものなのだろう。1番写真に近いのはペキンヤナギだが、ペキンと名のつくものなのだから日本にあるとは考えにくい。となると翠の突飛な予想が正しいということになるのだが・・・
「見ても考えてもわかりませんね」
「とはいえ、翠達だけでこの山を虱潰しにするのは不可能っすよ」
「そうですねぇ。個人的な意見としても肉体労働よりも頭脳労働の方が好ましいですからね」
「いやいや、足も使うっすよ」
ごもっとも。
僕は翠に首根っこ掴まれて山の中を散策する羽目になった。
見知らぬ山の中を探索するのは人生で4度目という貴重な経験の持ち主の僕ではあるが、何度経験したところでこのようなことは慣れるわけはなく、僕達はぜぇぜぇと息を切らせながら山の中を散策している。
普段のテンションならもう少し楽しめるところなのだが、生憎とこちらは慣れない場所で一泊(監禁?)しているので、いまいちテンションの方が上がらない。まぁ、こんなシチュエーションでテンションが上がるのもおかしな話だが。
「疲れたっす。もう歩けないっす」
「これだから最近の若者は」
「桜先輩は無駄に体力があるっすからね。なんでそんな理系みたいな見た目で腹筋が6つに割れてるんすか」
「いつ見たんですか!?」
「昔っすよ昔」
とても気になる発言が出たが、ここは深く掘り下げないでおこう。ろくな目にならない気がする。
「さて半分は見て周ったと思うんですが、ヤナギのようなものは見当たりませんでしたね」
他の木と比べて特徴的なヤナギを見逃すことはないとは思うが、木を隠すなら森の中というように、森の中で1本の木を見つけるのは困難だ。まさかよく使う例え話が現実になるなんて思わなかった。
「目がしばしばするっす。森の緑を見て目が良くなるっていう話は嘘みたいっすね」
「そんなことありませんよ。翠が真剣にヤナギを探しているっていう証拠です」
「むー」
なんで翠がむくれているのかはわからないが、女性というのは気持ちの浮き沈みが激しいものだと厳丈先生に聞いたことがあるので気にしないことにしよう。
そういえばそのアドバイスをしてくれた時の厳丈先生は何故かボロボロで怯えていたのだが何故だろう?
「休憩はこのくらいにして捜索を続けましょうか」
「えー」
「えーじゃありません」
かぐやさんの用意した食料が底をつき、予想通りかぐやさんが車で迎えに来てくれた。
「風野坂さん、どうでした?」
まっすぐな瞳でそう聞いてきたかぐやさんを見られない。なにせ、僕は朝まで探しても見つからなかったのだから。依頼を達成することができなかったのだから。
「申し訳ありませんでした」
「・・・何がですか?」
「ご依頼の枝は結局見つかりませんでした」
「そうですか」
かぐやさんはそう言って車の中に戻る。僕がその場で俯いたまま車に向かう。
本当は悔しくて悔しくて仕方がない。かぐやさんと付き合いたかったという理由も少なからずあるが、それ以上に不研の部長として依頼が達成できなかったのが悔しい。でも、それ以上にそういう感情を表に出すのが悔しくて、僕はおどけたように、隠すように言うことにした。
「それにしても残念です。可憐なあなたとお付き合いできる機会を逃すなんて」
「どうゆうことですか?」
「どうゆうこともなにも、あなたの出した5つの依頼を達成できたらという条件で」
「依頼は達成したではないですか」
僕は驚いてかぐやさんを2度見した。
どういうことだ?
「私が今回あなたに依頼したのは、あなたに渡した写真の枝を探してくださいというものです」
「えぇ、ですが僕は見つけることができませんでした」
「探すだけでよかったんです」
「・・・はい?」
僕が思わず聞き返すのも無理はないだろう。かぐやさんは車に乗ってから1度も僕の方を向かずに真っすぐに正面を見続けている。そんな彼女は続けて言う。
「今回あなたに依頼したのはあくまで探すこと。見つけなくてもよかったんです」
「いったいどのような意味でしょうか?」
「言った通りです。それ以上でもそれ以下でもありません」
そう言い切る彼女の態度は、それ以上の質問を受け付けない姿勢で、人を拒絶する雰囲気というものを出していた。
それでも最後に聞きたいことがある。
「もしかして金の成る木というのは存在しないのではないですか?」
存在しないからこそ、存在が怪しいからこそ、今回の件は調査だけという形になったのではないかと僕は考える。金が成る木というのはどう考えても非常識な、非現実的なものであり、それは僕達の分野だ。その僕達が山を探して何もないと判断するなら‘金の成る木の枝’は存在しないと判断することができる。
そう予想した僕の考えは、かぐやさんの言葉で無に帰すことになる。
「ありますよ」
「・・・あるんですか?」
「あります。存在しています」
「あなたが知っているのなら、わざわざ僕に依頼する必要はなかったのでは?」
「・・・」
それ以上彼女は何も答えなかった。
あからさまな拒絶。
僕はこれ以上話すのを諦め、視線を車の外に移す。これはあれだろう。翠の言っていた通り、情報がないのもまた情報。そういうことなのだろうか?




