枝探し3
翌朝、気持ちのいい朝日が寝袋にくるまっている僕に降り注ぐ。カーテンもないので当然であるが、朝日で目が覚めるというのは案外悪くない。僕は小屋に設置してある簡単な給水設備を使って顔を洗う。その後、この山を散策するために地図とにらめっこしようと思った矢先、携帯にメールが入っていることに気づく。
From 翠
本文:着いたっすよ
可愛いツンデレ系後輩(僕にだけ)からメールが入っていた。メールが来たのは5分前だ。僕は翠に急いでメールを送る。この小屋は目印にはもってこいなので、僕は待ち合わせ場所にこの小屋を指定した。
メールを送って5分後、小屋の扉が勢いよく開いて翠が入ってきた。
「桜先輩、いくら自分の現状に失望したからって、こんな世間から隔離された場所に自分を監禁しなくてもいいっすよ」
翠はわかりやすく嘘泣きしながら言う。わざわざ涙をながしてまで。せめてその手に持つ目薬を隠してから来て欲しかった。それに、自分の監禁場所はロッカーと相場が決まっているのだ。
「翠、僕は自分の人生に絶望してませんし、ここは僕の独房というわけではありませんよ。メールで詳細は送ったでしょう」
「翠は自分の目で見たものしか信じない主義っす」
「かっこいいですが、そんな風に見えましたか」
「見えるっす」
「このやり取りで若干不安になってしまったんですが、本当の本当に見てないんですか?」
「待ち合わせ場所だけは見たっすよ。後は面倒で・・・」
「正直ならそれでいいというわけではないんですよ」
「正直であれ。そう幼稚園の時教わったっすから」
「幼稚園の時はそうでも、今は対面を気にしなければいけない年齢なんですから、そこらへんは使い分けてくださいよ」
「けど幼稚園とか小学校低学年の時の教訓とか指導って、私達の年齢に適しているとは言えないっすよね」
「確かに」
「正直であれというのもそうっすけど、好き嫌いしたらだめとか」
「それは正しいでしょ」
「友達100人できるかな?」
「無理でしたね」
「みんなと仲良くしなさいとか」
「みんなは無理ですね。実際反りの合わない人もいるわけですし」
「ほら」
いや、ほらって言われても、翠のその意見を肯定したところでメールの内容が無視されたことが許されるわけではないだろうに。それでも、それを承知の上で、翠は自分を全肯定してみせている。
「まぁ冗談はさて置き」
「どこまでが冗談なんですか?」
「さぁ?こんな茶番はさて置いて、さっさと探しにいくっすよ。頼れる後輩はいい情報を持ってきたっすよ」
「いい情報?」
「先輩がとばした第一段階、自分が済ませてきたっす」
「それは・・・助かりますね」
「頑張って厳丈先生からメールを受信したっす」
「・・・」
頼れる後輩ではなく、食えない後輩である。
倉持さんは、いや、倉持さんだけではない。今までかぐやさん経由で僕に依頼してきた人達全員に共通することだが、その全てがかぐやさんの家の分家らしい。今のご時世、本家と分家の繋がりを大事にしているなんていうのは古くて立派な家ぐらいで、かぐやさんの家もご他聞に漏れずすみたいだ。昨日の車を見てもわかるように。
そんな分家である倉持さんの家も大分立派で、今もとても裕福で、少なくても僕みたいに高校生に金策を頼む程ではないみたいだ。
「となると、この写真の枝を求めるのは金というわけではないんですかね」
「どうっすかね?人間は欲深い生き物っすよ」
一体この子の人生に何があったんだろう?
割と本気で心配になってきた。
「その枝が本当に金が成るものだとしましょう。そんな怪奇現象聞いたことありますか?」
「ないっす。近いもので言えば、成金草とか‘縁紅弁慶’と言われるものとかっすかね」
「成金草?もしかして本当に金が成るんですか?」
「まさか」
「ではどういうことなんでしょうか?」
「その植物にの新芽が小さい内に5円玉を通しておくっす。それが成長したら5円玉が抜けないようになって、まるで金が成っている木に見えるっていう、そういう類のものっす。決して本当に金が成るものではないっす」
「それは残念ですね」
「そうっす。恐らく今回の件とは関係ないっすよ」
僕が残念がっていたのは、この件で枝をちょろまかせば僕の財政難を解決できると画策していたのが頓挫したからの‘残念’というセリフだったのだが、翠はいいように取ってくれたみたいだ。わざわざ訂正する気もないのでここは黙っておこう。
「となるとまたもノーヒントに逆戻りですかね」
「そうとも言えないっすよ」
「ほう?」
そう言って翠は僕に厳丈先生がよく使う茶封筒を取り出す。恐らく先生の調査結果がまとめてあるのだろう。昨日は朝起きた後とか言っていたくせに、なんとも几帳面というか真面目というか。
「拝見します」
僕はそう言って資料を見始める。なかなかの量だったので、僕は地面に座って見る。翠は暇を持て余してしまったようで、木に寄りかかって目を閉じる。暇ならば例の枝でも探して欲しいというのが本音だったが、翠も翠で今日は早くから行動しているのだ。少しうたた寝したところを責める気にはなれない。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
資料はあらかた呼んだが、今回の件に関することはあまり書かれていなかった。書かれているのはかぐやさんに関することが主だった。かぐやさんと倉持さんの関係や、かぐやさんの家のことが事細かく書かれている。依頼ということを除けば完璧にアウトな内容が数多く並んでいるのはいつも通りだが、いつも通りではない部分が1つ。
「翠、起きてください」
「むにゃ・・・なんすか?」
寝起きのハムスターみたいな表情を浮かべる翠を起こすのには抵抗があったが、タイムリミットがあるので時間を無駄にすることは得策ではない。僕は心を鬼にして翠を起こし、質問を投げかけることにする。
「翠はこの資料に目を通しましたか?」
「行きのタクシーの中でざっと見ただけっすよ」
「この資料は先生らしくないとは思いませんか?」
「確かにそんな気はするっすけど、アルコールの入った大人の仕事なんてこの程度っす」
「相変わらず達観してますね」
とても高校1年生のセリフとは思えない。
「あの人はアルコールを取ってダメになっても、ダメな資料は作らない人ですよ。それにあの人の肝臓は鋼鉄ですよ。ちょっとしたアルコール摂取ぐらいで頭がおしゃかになることはありません」
「なんで先生の肝臓事情を知っているんですか?」
「昔先生が飲んでいるのを見たことがありますので」
資料の中には倉持家の情報に関しても少しはある。しかしその中身には倉持の家が金策に難しているという情報もなく、金が成る木に関する情報もない。先生なら豆知識の1つや2つ資料に載せてもおかしくはないはずなのに。
「それが情報なんじゃないっすか?」
「それ?」
「情報がないっていうのも情報っすよ」
確かにそうだ。
厳丈先生が集められなかったということは、それは存在していないということ、あるいは先生の情報網の上を行く何かが、ファイアウォールのようなものがあるということだ。翠が言いたかったのはそういうことだろう。
「もう一つの可能性も勿論あるっす」
「しくじった・・・ということですか?」
「そうっす。あの厳丈先生だって人の子なんすから、先生がミスしているということも想定に入れた方がいいっすよ」
「なるほど。勉強になります」
こういうことに関しては僕より翠のほうが遥かに経験がある先輩なのだ。ここは大人しく翠の助言を頭に入れておいたほうがいいだろう。
「大人しく助言を聞く先輩っていうのも気味悪いっすね」
「失礼な。歳は僕の方が上でも翠の方が先輩ですからね。この業界に関しても、こういう依頼に関しても」
「そんな自慢できる程の経験値ってわけでもないっす」
「それでもあなたは僕より上ですよ」
「それだけっすよ。呪力、お祓い、交霊とかその他もろもろだけっす」
「自慢にしか聞こえないですけど」
総合的に見て、不研の面子の中で一番霊関係の力が弱いのは僕だ。霊力なんていうのは人それぞれ、一長一短があるものなので、ここでは総合力ということで判断している。それでも総合的に見て力が強いということは、それだけ幅広い任務を行えるというわけだ。
そういう理由もあり、基本的に不研に来る任務のほとんどが僕1人で達成することが不可能であり、先生や翠、その他の人の力を借りてやっとこさ依頼を達成できるものなのだ。自分で言っていて情けなく感じるが、これがどうしようもないリアルというやつである。ここは粛々と受け止めるしかない。
これでも僕は普段から努力をしているのだが、やはりキャリアが違う。翠はこの業界に小学3年生の時から関わっているし、厳丈先生はそれ以上だ。才能のない僕がまだまだ追い付けないのも仕方がない。
僕にももちろん得意分野というものがある。篠原先輩の件で使った呪いの制御というやつだ。しかし、これは未完成な技術のためそんなに多用できない。
「今回も頼りにしてますよ、翠」
「・・・正直厳しいっす」
「ですよね」
倉持さんからの依頼はとても霊に関するものではない。となると僕達はお手上げで、普段は厳丈先生の情報で解決できることが主なのだが、その先生も今回お手上げ状態なのだ。翠がこう言うのもおかしな話ではない。
「とりあえず探しましょうか」
「はいっす」
ここで話し合っていても仕方がないので、僕と翠は今いる山を捜索する。




