枝探し1
いたずらに 身はなしつとも 玉の枝を 手折らで更に 帰らざらまし
倉持家は石川邸と同じように広い。いや、広すぎる。ここ倉持邸は自分が住んでいる所から電車で1時間、バスで30分以上かかるところにあり、僕の知っているテリトリーではなく、当然のように僕はこの辺りを知らない。倉持邸を知らない。この辺りでは有名な名家であり、有名になるほどでかい敷地を持っているということを知らなかったのだ。だからこそ安請け合いをしてしまった。今となっては後悔ばかりである。この如何ともしがたい状況に対し、僕は思い返す。今回の依頼を。
かぐやさんからの2つ目の依頼を。
僕は今とある寺に来ている。これもまた不本意だが、かぐやさんの件ではなく別件である。意外に不研も忙しいのだ。依頼のマルチタスクなどいつものこと。いつものことなのだが、
「ふぁぁ~~どうにもやる気が出ませんね」
「シャキッとしろ馬鹿」
呪いの人形を封印中、僕はあくび出しながらやる気のなさを露呈するが、厳丈先生がそれを諫める。いつもは鉄拳仲裁が来るところだが、今は僕も先生も手が離せない。陣の前に並び、手を合わせている最中なのだから。
「最後行くぞ」
「はい」
そう言って僕達は目を閉じ唱える。
「「オン シュチェリ キャラロハ ウン ケン ソワカ」」
唱え終わったと同時に陣の光は収まり、周囲を取り巻いていた嫌な気配が消える。
仕事を終えた僕と先生はその場で倒れこみ、肩で息をすることになった。
「やはり人形に宿った魂を送るというのは難しいものですね」
「俺も苦手だ」
「こういうのは翠の仕事でしょうに」
「あいつは実家の手伝いだ」
「それはそれは」
翠の実家は僕達の業界でも有名な霊能力者の名門で、よく実家に仕事へ行くことがある。前回のこっくりさんの件での途中参加もそれが原因である。そして彼女の、水木家の本領は魂と物を繋ぐというものだ。その場にいる霊魂を感じ取ったり、自らの霊魂の一部を切り離し、物に自分の五感を与える。例を挙げれば、壁に自分の耳を、聴覚を与えて盗聴。視覚を与えて透視といった具合だ。隠密に特化している能力で、よく政府から重宝されている。
僕達のような大したことない、どこにも所属していない者とは仕事の量も質も段違いなのだ。
ちなみに篠原先輩の件でせっちゃんさんの魂を人形に固定したのも実は翠であり、その後もマメにメンテナンスを行っている。
「おや、終わったんか?お疲れ様」
僕と先生が倒れている部屋に、1人の僧侶が入ってきた。歳は60代後半で、この寺、郷連寺の住職である純雄さん。ここはこの辺りでは1番大きな寺であり、僕達のお得意様でもある。
お得意様とはいえ、僕達に入ってくる依頼などたかが知れている。本当に厄介な依頼は僕達のような末端ではなく、翠の実家のような名家に行くのが普通だ。
「2人とも情けないですぞ。たかが1回の魂送りぐらいで」
「そう思うならご自身でおやりになったらどうですか?」
「ゴホゴホゴホ、寄る年波には勝てんのでな」
「「嘘つけ」」
先週はハワイにバカンスに行ったと聞いている。まったく、この生臭坊主は何の罪悪感もなく嘘をつく。まだまだ現役なのは噂でよく聞いているにも関わらずこれだ。自分が面倒くさいというだけで、僕達に面倒な雑務を全て回してくるのだ。
金払いがいいのでそこまで文句は言わないが、最近は立て続けなので少しは勘弁して欲しい。
「最近はそちらも忙しいと聞いておるが」
「そうでもねぇですよ。こっちの馬鹿が個人的に依頼を受けているだけで」
「‘必要’な依頼です」
「ほっほほ、変わったねぇ、君も」
「そうですかね」
そう言って住職は僕の方を優しく見る。その微笑みは孫を見るような優しい顔で、僕はそれが少し苦手なのだ。なので、僕は思わず顔を背ける。
僕と先生の息が整った頃に、他の僧侶が僕達の分のお茶と菓子を持ってきてくれた。石川さんのところで貰ったものよりは安物だろうが、今の疲れた体には染み渡るものだ。僕も先生もいただいたお茶をいっきに喉に流し込む。
「今回の依頼はどんなので?」
「少なくてもこれよりは厄介ですね」
僕は陣の中心に置いてあった人形を住職に投げつける。突然のことに慌てた住職だったが、なんとか人形を取ることができた住職は、珍しく怒った顔を見せて言う。
「これ、行儀が悪い」
「今はただの人形なんですから、見逃してくださいよ」
「で、その依頼とやらは無事終わりそうかな?」
「そうですねぇ・・・恐らくは。ぐへ、ぐへへへ」
「その煩悩に塗れた笑いはなんじゃ」
「住職、今回の依頼無事に済めば、この馬鹿に恋人ができるみたいなんですよ」
「それはまた面妖な」
「ごもっともです」
面妖とは酷い言い方だ。
神職の関係者とは思えぬ言い方だ。
「おや、噂をすれば」
ポケットに入れていた携帯から連絡が入る。言わずもがな僕のマイスウィートハニーである静さんからのメールだ。
「デートに誘われましたのでこれで失礼します」
僕は1枚の写真を住職に渡す。
「これは?」
「お願いします」
「時間が空いたらでいいか?」
「そこまで急がないので」
集合場所に着いて早々、僕は月宮家のリムジンに押し込まれ、目的地も教えてもらえないまま車は発進。これが俗に言うデートというやつだと思うと、心躍って普段通りの姿勢にならない。乗り物がリムジンということも相まって、先日出されたお茶の前以上に緊張し、比例して背筋も以前より伸びる。ここまで自分の背筋が伸びるとは思わなかった。
何度も妄想していたデート。実際に体験してみると緊張で何もできない。いつもは覗きをしている厚顔無恥な僕ではあるが、こういうピュアなことにはてんで免疫がないようで、小粋な話の1つもできないでいた。
背筋を伸ばし、黙ってかぐやさんの隣に座っている次第だ。
「石川さんの件、お疲れ様」
「いえ、とんでもない」
「次の依頼も期待していますよ」
「はい。もったいなきお言葉で」
なんとも業務的な話運びで、ピュアなデートという僕の勘違いが跡形もなく消え去った。そんな業務的な雰囲気になってしまったので、僕も無事普段の姿勢に戻ることができた。
「石川さんの件のお話でもしましょうか?」
「いえ、石川さんから聞かせてもらったので結構」
かぐやさんは事後報告を聞きたいから自分を呼んだのかと思ったのだが、どうやら違うようだった。となると、今回僕がリムジンに乗る羽目になったのは、次の依頼の件についてだろう。
「次の依頼についてお聞きしても?」
「察しがよくて助かるわ」
そう言って彼女は一枚の写真を取り出す。僕はそれを受け取り、まじまじと写真を見させてもらった。
「これは?」
「今回の依頼よ」
「この木の枝がですか?」
「ええ、これを探して欲しいの」
今まで探し物の依頼はある程度受けていたが、木の枝を探して欲しいというのは初めてだ。
かぐやさんに渡された写真を見る限り、どこにでもあるただの木の枝である。特徴を無理やり上げるとするのなら、写真に写っている枝は切られたものではなく、木から生えているもの。枝別れが3つ。内2つも枝分かれしており、緑が・・・無理だ。無理やり特徴を挙げるのも難しいもので、本当にただの木の枝にしか見えない。
いや、これはなかなかの難易度・・・というか、もはや嫌がらせなのではないかと思う。これを探して何になるのかと聞いたが。
「私も詳しくは知らないの」
と言われてあしらわれた。未来の恋人に対してなんとも素っ気ない。
「・・・実を成すらしいわ」
「実?」
沈黙に耐えかねたのか、珍しくかぐやさんから話しかけてきた。もっとラブロマンスな会話をしたいところではあるが、今のかぐやさん相手では難しいことは僕にもわかる。将来絶対デレさせてやる。
にしても実?
なにか実が成るというのなら、必要なのは木なのでは?
なにせ実は枝から成るものであるが、枝は木から生えているのだから。にも関わらず、今回の依頼は‘枝だけ’なのだ。丁寧に写真を撮ってまで枝を指定しているのだ。
「ちなみに何が成るんですか?」
「金」
「え?」
「金が成るらしいわ」




