月欠けの真偽3
次の日の放課後、僕と翠は再び石川家に訪れた。
「あら、いらっしゃい。来たということは、期待してもいいってことかしら?」
「もちろん」
「あら、それは楽しみね。さぁさぁ、是非上がってちょうだい。昨日の部屋に行っててね。今お茶入れてくるから」
「おかまいなく。あ、それと、茶器のほうを用意していただいてよろしいでしょうか?」
「はいはい。少し待っててくださいね」
櫻子さんは以前と同じく高級そうなお茶を入れてくれた。僕達は少しお茶に手をつけた後、さっそく本題に入る。
「1つ確認したいのですが、智樹さんのご趣味は?」
「ん~多趣味な人でしたから」
「代表的なものだけでもよろしいですよ」
「代表的ですか、そうですね・・・釣り、酒、チェス、読書」
「読書というと、どのようなものを読まれていたんでしょうか?」
「読書ですか。西洋、日本文学、学問書、数多く、ジャンルは問わないみたいでした」
「しかし、書斎に置かれていた本のほとんどは洋書でしたが」
「日本文学の本は他の部屋にあるのよ」
「なるほど」
僕は櫻子さんが持ってきてくれた2つの桐箱を開け、月の友と月陰の2つを取り出す。櫻子さんは楽し気に、興味深く2つの茶器を見比べる。まるでなぞなぞの答え合わせをする子供のような目に、思わず笑みが零れてしまっている。
「茶器の名前、これにヒントがありました」
「名前ですか?」
「はい。まずは茶器本体に関してですが、月陰はとても高い品ですが、月の友はそれほど高くはありませんでした」
月陰は何十万だったが、月の友は2,3000円だった。厳丈先生のお知り合いの鑑定士に茶器の写真を見せた所、このような鑑定結果が出た。直接見ていないので確実とは言えないが、月陰が月の友より高いのは間違いないらしい。
「そうなの。で、この2つであの人は何を伝えたかったのかしら?」
「月の友と月陰には共通点がありました」
「月という漢字が関係しているのかしら?」
「あながち間違いではありません。いきなり答え合わせというのも趣がありませんから、少し遠回りしながらでよろしいでしょうか?」
「えぇ。回りくどい言い方は探偵の専売特許ですもの」
「ありがとうございます」
さて、櫻子さんからの許可もいただいたところで、ここからが謎解きだ。
「これは予想ですが、智樹さんは茶器をご自分の部屋に置いていたのではないですか?」
「えぇ、その通りです。それが?」
「あの部屋に置かれている和のものは偶然にも2つだけでしたね。茶器と掛け軸」
「あら、あの掛け軸が答えになっているのかしら?」
「いいえ。ですがヒントです。この2つの茶器の名前は俳句にリンクしていました」
「俳句ですか?」
「はい」
「ですが月の友はともかく、月陰で始まる俳句なんかはなかなか多いのでは?」
「はい、たくさんありました」
櫻子さんは月の友はともかくと言ったが、月の友と書かれている俳句も複数存在した。その中から智樹さんの遺志をく汲み取る俳句を見つけるためのヒント、それは・・・
「この茶器は2人の女性を表しています」
「私と雛さんかしら?」
「その通りです」
「ちなみに、どちらが私なのでしょうか」
「月の友です」
「あら嫌だ。私は安い方なのね」
そう言って櫻子さんはコロコロと笑う。その表情には微塵も悲しさが伺われない。
「自分の名前が由来の茶器が安い方で悲しくないっすか?」
「えぇ。私はあの人からもういっぱいもらったんです。別に私の名前が由来の茶器が安かったところで恨みはしませんよ」
「井戸茶碗 めでつつ居るも 月の友。水原 秋櫻子さんの作品です」
「秋櫻子・・・私の名前が入っているということは、月陰は?」
「月影を くみこぼしけり 手水鉢。雛屋 立圃さん作です」
「なるほど。確かに雛さんのね。」
読んだだけなので、櫻子さんはこの違和感に気づいてない。この漢字の違和感に。違いに。そこで僕は今までの俳句を字で書く。書いたことで櫻子さんも違和感に気づく。
「あら、そういうこと」
真実を知った割には、疑問が解決した割には、えらくさっぱりしたもので、事前にもう知っていたのではないかと思う程だった。子供に謎かけを出し、その答えを優しく聞く親のような、そんな変な気分だ。
「お察しの通り、偽物は月陰のほうです」
月陰ではなく月影。
名前が違う。
偽物だ。
ここで僕はいつも通り、決め台詞のように言う。例え不躾でも、趣がなくても。正当防衛のように。全く、自分の情けなさに腹が立つ。
「これが僕の推論ですが、事実はわかりません」
「では確認してみましょうか」
「「え!?」」
櫻子さんの思わぬ言葉に、僕達は思わず情けない声を出してしまう。
「実は智樹さんから答えは聞けなかったけど、答え合わせの仕方は聞いているの」
「それはどんなやり方っすか?」
櫻子さんは答えを言わぬままこの部屋を出る。
僕と翠も困ったように目を合わせてから5分後、櫻子さんがペットボトル片手に戻ってきた。なんの変哲もないペットボトルで、中には透明な液体が容量の半分程入っていた。
「それは?」
「ただの水です」
そう言って櫻子さんは月の友に水を入れる。
僕と翠は黙って月の友を見る。変化はすぐに表れた。絵が浮かんできたのだ。赤い色の花の絵が。昔はともかく今ではそれ程難しくはない技術ではあるので、この茶器はそれ程古いものではないのかもしれない。
「これは・・・正解でよろしいいんでしょうか?」
「ええ。おめでとうごじます」
櫻子さんの表情が朗らかになり、それが何故だかひっかかる。安心したような、納得したような、そんな表情だ。
「これで正解ですよ。ありがとうございます」
そう言って彼女は僕達に頭を下げた。この件はそれで終わり、僕達はこの家を後にした。なんともさっぱりとした結末で、僕達は道中ぽかんとした顔をしながら歩き続ける。拍子抜けというかなんというか、櫻子さんの反応がひっかかるところである。それは翠も同じだったようだ。
「桜先輩、あの反応は予想外だったっす?どういうことっすか?」
「恐らく、櫻さんはこの件の正解に辿り着いていたのでしょう」
智樹さんが亡くなってから2ヵ月もあったのだ。智樹さんのことを深く知る櫻子さんが、今回の真相に辿り着いたとしても何ら不思議ではないだろう。僕達のような部外者でも1日で出せた答えなのだから。
「それは変っすよ。正解に事前に辿り着いたのなら、かぐや先輩経由で桜先輩に依頼しないっすよ。それに、水を入れるなんて答え合わせの仕方なら」
「言いたいことはわかりますよ」
水を入れるなんて簡単な答え合わせの仕方なら、事前に答え合わせができるはずだ。なんなら、両方に水を入れて答えを確認するという方法もある。だいぶずるいやり方だが、茶器を壊すという恐れもないやり方なのだから。
しかし彼女の、櫻子さんの反応を見る限り、今まであの茶器の、花の模様をみていないみたいだった。
「そうですね。普通はそうなんでしょうが、今回は違うんでしょう」
「違う?」
「恐らくただ確認したかっただけではなく、一緒に確認する人が欲しかったのではないのでしょうか」
「一緒にっすか?」
「怖かったのでしょう」
月の友と月陰が自分を含む2人の妻だということがわかったが、その内の1つが偽物という事実。つまりは偽りの妻ということになるのではないかと思ったのだろう。その結果のつけかたはあながち間違ってはいない。
今回の件は死ぬ間際に智樹さんが櫻子さんに残したラブレターのようなものだろう。しかし、その愛が自分に向けてのものではないと、自分への愛は偽りかもしれないと思うと、自分1人で確認するのを恐怖する気持ちもわかる。智樹さんのことを理解した理解者と共に確認したいと、そう考えての依頼なのだろう。
それが例え僕達のような他人でもだ。
いや、他人だからこそか。
「これも推論ですけどね」
「けど、その方がロマンティックでいいじゃないっすか」
「そうですね」
「ラブレターっていう表現は桜先輩らしからぬいい表現っすね」
「余計なお世話です」
僕をなんだと思っているのだろう?
ロマンティックが服を着て歩いているような男になんて言い草だ。
「それに、水原秋櫻子という名前、何か気づくことはありませんか?」
「なんすか?」
「秋櫻。赤いコスモスの花言葉は愛情ですよ」
燃えるような真っ赤な夕日を見ながら、僕達は月の友に浮かんだあの赤い花びらを思い浮かべていた。




