コックリさんのプロポーズ2
昨日の放課後、大野さんは2年3組の教室でクラスメイト3人と一緒にコックリさんを行っていた。いつもは外で遊ぶ彼女達だったらしいのだが、雨の中の外出が面倒だという、そんな理由だった。
インターネットでやり方を調べ、結構本格的に行ったらしい。本格的にといっても、コックリさんは遊び目的で使用されることが大半であり、ネットに書かれている情報も、遊びとして本格的といった程度だろう。
そして大野さんを含めた4人はコックリさんを行った。最初は順調だったという。質問して、コックリさんがそれに返答する。今まで心霊体験がない彼女達のテンションはいっきに高くなる。質問、返答、質問、返答、質問、返答・・・。
最初の方は楽しんでいた彼女達だが、繰り返すうちに飽きてしまった。なので、大野さんは最後の質問をすることにした。
「私の運命の相手は誰?」
そんな他愛のない質問。女子高生らしい質問をした。返ってきた答えは、
─僕です─
十円玉を通して語ってきたという。
─僕と君は運命で結ばれている─
─結婚しよう─
その後も十円玉は動き続けた。大野さんを口説き続けた。その異常事態、異常な要求に恐怖した3人は、思わず指を離してしまったらしい。そこであることに気づく。大野さんも、他の子も。コックリさんのことを調べていた大野さん達が、コックリさんのタブーについて知らないはずがない。
コックリさんが帰るまでは指を離してはいけない。
そんな誰でも知っている禁止事項を思いだす。結果、大野さん達は自分達の行った行為に気付き、顔を青ざめる。ここからが大野さんの凄いところだ。十円玉に触れているのは自分だけ。つまり、今コックリさんと会話できるのは私1人。そう思った彼女は涙目になりながらにコックリさんに謝ったらしい。
「すいません。ごめんなさい。私、何でもしますから、他の子を呪わないで!」
そんな危険な交渉を行った。正義感があるとも取れるが、僕から言わせれば正気の沙汰じゃない。幽霊に対してそのセリフを言うということは、自らの命を相手に委ねることと同義であるのだから。いくら友人の身を案じての行動とはいえ、自分を危機に晒すのでは元も子もない。
そんな正気を疑う言葉に対しコックリさんは、
─泣かないでくれ。僕は君の悲しい顔なんてみたくない。安心してくれ、君の大切な友人には手を出さないよ。そんなことより、僕の求婚について、いや、最初は健全な交際からでいいんだ。真剣に考えてはくれないだろうか?─
・・・それはもう、とても紳士的なコックリさんだったらしい。
そんな紳士的な対応に、大野さんはある程度の冷静さを取り戻したらしく、面と向かって(コックリさんの紙に)こう言った。
「ごめんなさい、私おばけに告白されるの初めてで、すこし時間をください」
─わかった。いい返事を待っている─
そんなこんなで、今にいたるわけなのだが、
「えっと、おめでとうございます?」
「大野はまだ十代なんだから、その・・そうだな、健全な交際をするべきで」
予想の遥か斜め上からの相談が飛び込んできたため、僕も厳丈先生もひどく混乱している。頭の中で思い浮かべた言葉をそのまま口に出してしまっている次第だ。
「僕達は何をすればいいんですか?式場の予約とかですか?」
「桜、まだ早い。まずは健全なデートプランから」
「2人共落ち着いてください。あれから冷静に考えて、正式にお断りしようと」
「正気ですか!その方は真剣に告白したんだから、もうちょっと考えてくれても」
「嫌よ!」
大野さんは机をおもいっきり叩き、拒否の姿勢を強く示す。
「何故?」
「だって、おばけの彼氏はちょっと」
「おばけの前に男です。男の熱い想いを、少しは汲んでやろうとは思わないのですか」
「だからって、おばけは無理」
「じゃあ僕とならどうでしょう。ぶっちゃけ好みです。付き合ってください」
「ごめんなさい。おばけより無理です」
平坦な口調で、あまりにも業務的に断られた。
「そんな馬鹿な!」
ロッカーから謎の液体が流れ出す。言わずもがな、僕の涙だ。
校内での噂が、僕の男としての魅力を正体不明の幽霊以下にしているらしい。どのような噂が流れているのか気になるところだが、同時に知るのが怖い。そんなパンドラの箱を開けたくはない。
「長生きするものだな。ロッカーが女子高生に告白してフラれる光景なんて、めったに見られるものじゃない」
ケラケラと笑う厳丈先生。
生徒が告白に失敗した時に言うセリフじゃない。‘僕を慰めてくれよ’と言いたいところだが、いつまでもくよくよしてはいられない。切り換えていこう。
「さて大野さん、あなたはこれからどうしたいのですか?」
これを聞かないことには始まらない。
話を聞く限り、大野さんはコックリさんとの交際は考えていないみたいだが、だからといって彼を退治して欲しいような素振りは見せていない。告白を断ったところで、逆上して襲い掛かる危険性も、大野さんの話を聞く限りはないのだから。
「付き添って欲しいの」
大野さんはもじもじと恥ずかしそうな仕草をしながらそう言った。
「付き添いですか?」
「うん。さすがに1人でっていうのは怖くなっちゃって」
「1人で会うのが怖い?あなたと一緒にコックリさんをしていた友人達はどうしたんですか?」
「もう2度とやらないって。よっぽど怖かったみたい。だから、その後私1人でコックリさんをやったんだけど、なかなか出てきてくれなくて」
「それは感心できませんね。‘1人でコックリさんを行ってはいけない’。これは有名なコックリさんに関する禁止事項の1つです。これからは絶対やってはいけませんよ」
無事だったから良かったが、最悪の場合、呼び出した霊に憑かれる可能性だってあったのだ。指を離した時といい、些か緊張感に欠けているのではないのだろうか?遊び感覚なら仕方ないかもしれないが。それでもこれからのことを考えるならば、ここで釘を刺しておいたほうがいいだろう。
「ご、ごめんなさい。けど・・」
「安心してください。僕と厳丈先生が付き合います。一緒にその素敵紳士、ではなく、話に出て来た彼を、もう1度呼び出しましょう」
「いいの?ありがとう」
「えぇ。しかし、僕はこれから予定がありまして。明日の放課後でいいですか?」
「あ、うん」
「それじゃあ桜も俺も、明日の放課後予定を開けておかないとな」
「予定は開けておきますから、ロッカーを開けてください」
「しょうがないなぁ」
そう言って厳丈先生は渋々、僕が閉じ込められているロッカーを開けてくれた。
「3時間ぶりのシャバです。空気がうまい」
ロッカーから現れた少年は、黒く、長い髪を後ろでまとめていた。
「依頼は確かに受け取りました。解決するまで、お手伝いさしていただきます」
彼は一礼する。
端整な顔に笑顔を貼り付け。