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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる
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月欠けの真偽2

 櫻子さんに頼み、ご主人の、石川いしかわ 智樹ともきさんの書斎を見せていただけることになった僕達。さすがに故人の部屋に他人だけというわけにはいかず、櫻子さんも同席していただいている。

 智樹さんの書斎は綺麗に片付いていた。大量の本があり、多くのアンティークが置いてある。茶器を遺品として残すわりには、なんとも洋風な部屋だ。よく見れば本も洋書が多い。唯一‘和’を感じるのは俳句とこいの絵が描かれた掛け軸だけだ。ここまで洋風なものが多いと掛け軸が浮いてしまうが、それがなくても目に付く立派な掛け軸だった。


「不躾ですが、日記やアルバムなどの個人的なものを見せていただいても?」

「かまいませんよ。そこの棚にあります」

「ありがとうございます」


 僕と翠は遠慮なく、手分けして日記やアルバムを見させてもらう。普段からの依頼で資料を読むことに慣れているので、僕達は速読という特技を手に入れている。目の前にある十数冊程なら2,30分程で終わるだろう。僕は日記、翠はアルバムを担当している。


「ん?この方は誰っすか?」

「どれですか?」

「これっす」


 翠が指差す写真を見ると、そこにあるのは古い家族写真だった。しかし、智樹さんの隣に映っている女性は恐らく櫻子さんではない。僕と翠が頭に疑問符を浮かべながら写真を見ていると、櫻子さんが僕達の間に割って入ってきた。


「あら、懐かしいわね」

「櫻子さん、これは?」

「これは40年前の写真ですね。智樹さんと、当時の妻だったひなさんです。私と智樹さんが結婚したのはほんの10年前なんです」

「そうだったんですか」

「何があったんっすか?」

「翠、それは踏み込みすぎですよ」

「いいえ、大丈夫ですよ」


 翠の失礼な質問に対しても、櫻子さんは優しく微笑んで答えてくれる。

 櫻子さんは椅子に腰かけゆっくりとした口調で話し始めた。


「まぁ、簡単に言えば離婚されたんです。この家は資産家の家系で、雛さんとは親に勧められたお見合いで結婚されたと聞きました。けど、そうね、反りが会わなかったらしくて、随分とぎくしゃくした結婚生活だったらしいわね。それで15年前に離婚したらしいです」

「智樹さんと櫻子さんの馴れ初めってどんなのっすか?」


 ぐいぐい行くな、この後輩は。とはいえ、それは僕も気になってたところだ。


「私と智樹さんは子供の頃からの幼馴染でね。雛さんが亡くなったお葬式で10年ぶりに会ったのだけど、そこから・・・ねぇ」


 櫻子さんは恥ずかしそうにはにかみ、言葉を濁す。その姿は可愛らしい少女のようで、可憐という言葉がよく似合う。これが俗に言う、いい歳のとりかたというやつなのだろう。

 その後も日記を見ては櫻子さんに色々と聞くという作業を繰り返していたが、茶器に関する話は日記のどこを見ても出てこなかったし、茶器に関する写真もアルバムにはなかった。

 唯一聞けた話は茶器の購入時期だ。半年前、余命宣告された時期と重なるらしい。これを聞く限り、何かしらメッセージ性のあるものなのかもしれない。遺品というより遺言だ。今回は時間も時間なので、ここでお暇させてもらうことにするが、明日また訪れさせていただく約束をした。それまでに解決出来ればいいのだが。


「どう思うっすか?」

「なんとも言えませんが、そう難しいものではないでしょう」

「その心は?」

「死後の遺言だとすれば、知られたいことだとすれば、そう難しいことはしないでしょう」

「そうっすかね」

「おや?その心は?」

 

 翠は走って僕の前に出る。そして、振り向きざまににかっと笑って言った。


「愛の告白ならどうっすか?恥ずかしいから難しくしたっていう線もあるっすよ」

「それなら・・・まぁ」

「どちらも月という名前が入ってるんすから。I LOVE YOUっすよ」

「‘今夜は月が綺麗ですね’」

「そうっす」


 夏目漱石が英語の小説を訳したことで有名なこの言葉。確かにそういうことならロマンティックだが、遺言の解読の難解さは増すだろう。なにせ月が綺麗=I LOVE YOUなのだ。こんな公式僕には解読不能だ。日本語としては美しいかもしれないが、訳す立場としてはさめざめしてしまう。


「相変わらずこういうロマンティックなのが好きですね。自分自身恋愛をしてこなかったくせに」

「もちろん興味はあるっす」

「では、数多くの告白を断ってきたのは何故ですか?」

「レディのデリカシーに気やすく触れる男は、馬に喰われるっすよ」

「喰われるって・・・」


 そんなおっかない化け物に喰われる程のことなのだろうか?

 翠は急にご機嫌斜めになり、すたすたと僕の先を歩きていく。なんとも難しいお年頃というやつなのだろうか。僕は急いで翠の後を追いかける。


「それでも月が関係しているというのはあながち間違っていないと思いますよ」

「やっぱりそうっすよね」


 桐箱はとても年季の入ったものだが、札は新しいものだった。日記に書かれていた筆跡を見る限り、恐らくは亡き智樹さんが書いたものだろう。

 それに札の下には月の友、月陰以外に名前が書かれていた。そこに書かれているのが本当の名で、月の友、月陰は智樹さんが名付けられたのだろう。わざわざ名を付け替えるなんて面倒なことをするなんて、何かしらの意図があるに違いない。


「月と言えばなんすかね?」

「そうですね・・・」


 月。太陽に次いで明るい太陽系の衛星で、それに関する歴史も深い。各国の神話体系や文化にも強い影響力があり、‘僕達のような種類の人間’が使う技術、占い、交霊術、魔術などにも強い関わりがある。今では月面旅行などで人類と月に関する距離が随分と縮まったが、昔は月が欠けたり消えたりという現象などから、その神秘性は太陽に匹敵するものだったという。

 話はそれたが、僕が言いたいのは月に関してなどという曖昧な質問など、答えが無数にあるものであり、その中から絞るのは到底困難なものだということだ。


「月と言えば月見、秋、光、衛星、宇宙、神話、あとは餅をつくウサギですかね」

「ウサギっすか。でも、あの形は国によって見方が違うみたいっすよ」

「そうでしたね」


 ロバ、ワニ、ライオン、編み物をしている女性、木の下で休む男性など、見方によって、心持ちによって、環境によって見えかたがまったく違うものになる。視覚なんてものはそんなものだ。朧気で、曖昧だ。視覚だけではなく感覚全てに言えることだろうが。

 人は勘違いしてしまうものだ。錯視やひっかけ問題などはその最たる例だ。誤った方向に誘導されてしまい、それを正解だと確信してしまう。これは僕達がこういう依頼を受ける時に1番気を付けていることでもある。


「翠は何を連想しますか?」

「団子、うどん、そば」

「食べもの以外でお願いします」


 時間も時間なので仕方ないかもしれないが、最近冷凍食品ばかりの僕にとってはこの話題は毒でしかない。


「月という漢字ならいっぱいあるっすけどね」

「卯月、朧月、五月、如月・・・たくさんありますね」

「部首も含めればとんでもない量なるっすよ」


 やはり‘月’単品で考えるのは無理がある。何かと組み合わせて考えなければ解決に至らないのだろう。


「何か候補があるんすか?」

「まぁ、推論にはなりますが」

「今夜は徹夜っすかね」

「そうですね」


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