月欠けの真偽1
置く露の 光をだにぞ 宿さまし をぐらの山にて 何もとめけん
今日は土曜日。僕と翠は例の石川さんの家に来ている。石川さんの家は古い木造建築で、ぼろ・・趣がある、なかなか大きな家だ。ぼろいと言いかけた手前あれだが、一戸建てで庭付き、古いのはともかく広い敷地というところを見れば、なかなかに裕福な家庭なのかもしれない。
「翠、別に一緒に来なくてもよかったんですよ」
「先輩1人に任せられないっす」
「信用ないですね」
「信用の置ける生活を送ってくださいっす」
ぐぅの音も出ない。
そんな生活習慣に難ありの僕と、何故か着いてきたなんちゃって大和撫子こと翠は、石川さん宅にあるとある1室に案内されている。外観に合わず、中は綺麗にリフォームされている洋室だった。
「なんのお構いもできませんが」
この家の奥さん、石川 櫻子さんはそう言ってお茶を出してくれた。なんとも香高く、いかにも高級そうなお茶だ。
僕と翠は頭を下げ、できるだけ丁寧にお茶を飲む。高級店でドレスコードを守るように、その価値を守るためには、その価値を吟味する側の行動も大切なのだ。それを僕達は肌で感じているからこそ、不慣れでも居住まいを正した作法になってしまう。とは言うものの、翠なんかはお嬢様なので、この様な場にも高級そうなお茶にも慣れているようで、僕なんかよりもずっと自然体だった。
お茶をある程度味わった後、僕は今回の本題に入ることにする。
「静さんにお話しをお聞きしました。さっそくですが、件の茶器を見させていただいてよろしいでしょうか?」
「かまいませんよ。静さんの紹介でしたら安心です」
そう言って櫻子さんはこの部屋を後にした。
櫻子さんの言い方を聞く限り、かぐやさんともある程度親しい仲なのだと思う。どの程度の関係性かはわからないが、こんなどこの馬の骨かも分からぬ奴らに大切な茶器を見せられるくらいには親しい関係性なのだろう。
「桜先輩、茶器に詳しかったりするんすか?」
「まったくです」
「そんなので今回の依頼こなせるんすか?」
「さぁ?」
「また曖昧な」
翠は肩をすくめながらお茶を啜る。
茶器に関しては一夜漬けレベルだが、かぐやさんと付き合うためなら、これぐらいの苦労は屁でもない。頭の中で昨夜の記憶を反芻していると、静に襖が開く。
「すいませんお待たせしてしまって。こちらになります」
櫻子さんはそう言って高価そうな桐箱を2つ僕らの前の机に置いた。お茶の時と同じく、僕達は高級なものに対して背筋を伸ばす。高級さに対する行動をする。
「失礼します」
僕は櫻子さんに一礼し、2つの桐箱を開けさせてもらう。
僕達から見て右の桐箱には、茶色のごつごつとした厳つい茶器。桐箱の表面には札が張られており、そこには月の友と書かれている。恐らくこの茶器の名だろう。左の茶器は薄い青色の茶器。月の友とは違い、薄く、脆い感じがする。札には月陰と書いてあった。
2つとも素人目で見ても立派なもので、当然どちらが偽物かはわからない。
いや、違う。
「偽物とはどういう意味なんでしょうか?」
「どういう意味って、読んで字のごとくっすよね?」
「銘も形も全く違うものなのですよ。そのどちらかが偽物というのはおかしな話でしょう。同じ形のものが、同じ名前のものが2つあるのなら、どちらかが偽物という話もわかるのですが、今回は違う」
まったく違うもの。
まったく違う名前。
まったく違うというのに・・・このどちらかが偽物と言う。
「実は主人が言ったんです。この2つのどちらかが偽物と」
「ご主人が?」
「はい。2か月前に亡くなったのですが」
「それは・・・お悔み申し上げます」
「ありがとうございます」
櫻子さんはそう言ってわざわざ僕に頭を下げた。下げる前の顔はとても悲し気で、ご主人をとても愛していることが伺えた。
「夫が亡くなる前に言ったのです。‘この2つの茶器、そのどちらかは偽物だ。君にわかるかな?’・・・いたずらっ子のように笑って、そう言ったんです。それが、主人の最後の言葉で、私、それが気になって」
「なるほど。わかりました」
何をもってご主人が偽物としたか、その基準は、真相は闇の中ということだ。それを探れとはまた無茶な願いである。これでかぐや先輩が僕に依頼した理由もわかった。故人とコンタクトが取れると噂の、幽霊が見える僕に、今回の依頼をしたのはとても合理的だ。
実際にこのような依頼は僕達の業界には多い。故人との、この世にいない相手とのコンタクトを取ってくれというのは、見えない人、聞こえない人が望むこととして当然のことだろう。実際には成仏していたり、波長が合わずにコンタクトを取れないということのほうがざらなのだが。中には成仏している人と無理やりコンタクトできる力技を持つ強者もいるが、そんな人はなかなかいない。
「私は少し用があるので、好きなだけ見ていってください」
「ありがとうございます」
櫻子さんはそう言ってこの部屋から出ていった。
彼女が部屋を出ていった後、僕はカバンから手袋を出す。
「準備がいいっすね」
「高級なものだと思って用意したんですが」
故人のものなら尚更大事にしなければならない。用意しておいて正解だった。僕は翠の分の手袋も手渡し、さっそく茶器に手をつける。
「茶器として特に変わった所はなさそうっすけど」
「そうですね、強いて言うなら」
強いて言うなら、茶器の違い以外を言うなら、月陰は飲み口が上に、月の友は飲み口が下に入っている。これが関係あるかどうかはわからない。当然僕達以外もこの茶器を見ているはずなのだから、櫻子さんが片づける時に適当に片づけた。そういうことならこんな違いがあってもおかしくない。
それ以外は箱の形も同じ。サイズも大体同じ。となるとやはり、
「真偽は旦那さんの価値観次第という形でしょうね」
「それが故人なら、まさしく自分達の役割っす」
「ですね。さっそくやってみましょう」
僕達はさっそく準備を整える。僕は札を。翠は霊水やその他の器具をカバンから出す。前回はこっくりさんで交霊を行ったが、今回はもっと本格的に行う。初心者がやるようなやつではなく、古来からの、霊験あらたかなやつを。
まずは机の上に陣が書かれた紙を敷き、その上に札を張った茶器を置く。霊水を口に含み、身を清めて印を結び、呪文を唱える。
「「かしこみ申す。かしこみ申す。我はその声を聞くものなり。我はその意志を受けるものなり。礎を呈し、今この場を我らは設ける。かしこみ申す。かしこみ申す」」
本来ならこれでいけるはずだったのだが・・・
「失敗っすか?」
「みたいですね」
「やっぱり東条先輩も連れてくればよかったっす」
「いやぁー、あの人はどう説得しても来ないでしょう」
陣が光るだけで、いっこうに気配がしない。前述した通りの理由でコンタクトは取れなかった。
今話題になった3年生の東条先輩。あの人の力があれば楽々交信できるはずなのだが、いかんせん・・・まぁ、ここで多くを語るのはやめておこう。いない方の話をしてもしかたがない。しかし、こうなると厄介だ。探偵のごとく、地道な作業が必要となってくる。
「とりあえずは路線変更です。櫻子さんにいろいろ話をお聞きして、ご主人の人となりをきかせていただきましょう」
僕達はいちおう2つの茶器の写真を撮った後、この部屋を後にする。




