コックリさんの告白2
「コックリさんで呼び出される霊は基本的には悪霊か、悪霊に成る可能性のある霊です」
「今すぐこれを止めて」
これというのはコックリさんのことだろう。この儀式を、降霊を止めろと言っているのだろうが、そうはいかない。途中で止めることなんてできやしない。
僕は大野さんの要求を無視し、話を続ける。
「成仏した普通の霊と交信するなんて、それ相応の技術と経験がないとできない」
「これを止めてよ!」
大野さんは声を荒げ始めるが、もう遅い。
「あなたはその中でも、相当厄介な物を呼んでしまったんですね」
「‘あれ’が来る!」
その瞬間、コックリさんの紙から大野さんが言うところの‘あれ’が出てきた。
狸のような腹、狐のような耳、狗のような顔。見た事のない怪物が僕達の目の前に現れた。大きく醜い‘あれ’が来た。
─ボクノオヨメサンニナリマセンカ?─
「あの時と・・あの時と同じだ」
彼女は震えながらその場で膝から崩れ落ちる。涙を流し、恐怖に顔を歪ませている。
─ボクノオヨメサンニナリマセンカ?─
「奇遇ですね。僕も今、お嫁さんを絶賛募集中なんですよ」
「何を悠長に構えているの!」
少し場の雰囲気を和ませようとしただけなのだが、大野さんが怒るだけの結果になってしまった。場を和ます冗談を言うのは難しい。
それはそうと、
「あなたは死んでいる。その事実を受け入れてもらえましたか?」
「思い出した。思い出した。けど」
「それはよかった」
‘あれ’の正体はコックリさんという儀式を繰り返す度にできる憎悪、嫉妬、不浄、そしてその場に居合わせた‘よくないもの’の集合体だ。姿は狐狗狸さんからのイメージからだろう。狐、狗、狸、そして恐怖を混ぜてできたもの。それが‘あれ’だ。
「不浄なあなたを我が校に置く訳にはいけません」
僕は九字を切り、
「ノウマクサラバタタギャティビャクサラバボッケイビャクサラバタタラタセンダマカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタカンマン」
唱える。
怪物は消えた。
正確には燃え尽きた。
叫び声も出さずに、静かに燃え尽きた。
「え・・・何が?」
「大丈夫です。‘あれ’はもう出ません」
大野さんは呆然としたまま、そこに座り込んでいる。
「すいません。死んでいる事に気付いていない方に自覚を持ってもらうには、死んだ原因を見てもらう事が手っ取り早かったんです。あなたの成仏のためとはいえ、こんな怖い思いをさせてしまって、本当に申し訳ありません」
僕は大野さんに向かって頭を深く下げる。
「・・・成仏?」
「はい。あなたは死んでいるんです。死んでいる人間は基本的に現世に留まってはいけません。存在自体が罪なのです。なので、あなたにはここで成仏してもらいます」
せっちゃんのことを棚に上げてと思われるかもしれないが、あれは異例なのだから仕方がない。異例ならば特例もやむなしといったところだろう。
しかし、大野さんの場合は違う。彼女は普通に生まれて、普通に生きていた。死に方も普通だ。一般の方から見れば普通ではないかもしれないが、僕達は知っている。この業界に携わる人なら知っている。このような件が特別ではないことを。こういう風に死んでいく人達が沢山いることを。
そんな彼女に特例など出せない。
「ど、どうやって」
僕は大野さんに先ほどの記事を渡す。いつも学校で一緒だった、仲のよかった、彼女の友人の写真が載ったその記事を見せる。
「彼女達は無事成仏しています。あなたがいなくて彼女達も寂しいでしょう。早く行ってあげてください。僕もお手伝いします」
僕は諭すように彼女に言うが、彼女は体を震わせ、顔を上げずに声を漏らす。
「彼女達に会いに行く?ふふ、できるわけないじゃない」
「何故です?」
彼女は涙でくしゃくしゃな顔を見せながら、僕を睨みつける。
「私が・・・殺したのよ」
彼女は叫ぶ。
「私が指を離したから・・・皆死んだ」
彼女は泣きじゃくりながら罪を告白する。思い出した自らの罪を。
「やっぱり、そうだったんですね」
「やっぱり?いつからそう思っていたの?」
「最初にお話しをお聞きした時です」
コックリさんの対応が怖くなり、彼女以外指を離した。
常識的に考えれば、コックリさんの標的にされている大野さんが、その場で1番怖がると思われる。しかし、彼女以外が3人共指を離した。その後、大野さんが誰の助けもなしにコックリさんと話すことになるのだが、一般人の、ましてや心霊関係の経験をしたことのない彼女にそんなまねができるとは考えにくい。
そこから考えられる可能性は2つだ。
大野さんが嘘をついている。
大野さんの記憶が間違っている。
このどちらかだろう。
「あなたが意図的に嘘をついているようには見えませんでした。となれば、残る可能性はあなたの記憶が間違っているということになります。実際、あなたは自分が死んでいるのに生きているかのように振る舞っていましたからね」
「私はどうすれば」
彼女は縋るように僕を見る。
僕はその場で屈み、大野さんの手を強く握りながら訪ねる。
「あなたが望むのはハッピーエンドですか?バッドエンドですか?」
彼女は救いを求めるような笑顔を僕に向ける。
「バッドエンドでお願いします。罰が・・・欲しいです。私は、私が救われるのに耐えられない」
彼女は、人間は弱いということを再認識させられた瞬間だった。
僕は立ち上がり、彼女に九字を切る。先ほどと同じように、切った。
彼女は先ほどの‘あれ’のように燃え上がる。
彼女は笑っていた。いや、そう見えただけかもしれない。彼女と同じように、僕も罪悪感から逃れるために、記憶を改ざんしているだけかもしれない。
彼女は笑って逝った、そう思いたいだけかもしれない。
「落ち込んだらいつもここだな」
厳丈先生は屋上にいる僕の所に来た。
先生は缶コーヒーを僕に渡して、僕の隣に座る。
「まだ慣れないか?」
「はい、人の形をした霊を祓うのはまだきついですね」
僕は厳丈先生に渡されたコーヒーを見ながら答える。ブラックか・・・僕がブラックを飲めないという事を彼は知っているはずなのだが。
「しょうがねぇよ。あのままだと大野は悪霊の類に成っていたかもしれねぇ。それに、人の形をしたものを祓うのには、俺もまだ慣れちゃいない」
「そうは見えませんが」
「そう見えるようにしているだけだ。こういう仕事を長く続けるコツは、仕事の時専用の仮面を作っておくことだな」
「そんな器用にはなれませんよ」
「その口調と態度、それがお前の仮面だろ?」
「やっぱり変ですか?」
「いや、そうでもない」
「・・・」
「ここしばらくは大変だったな」
「そうでもないですよ」
「図書館で過去の新聞読み漁って、病院には過去の大野のカルテを読むために侵入して、警察には事件記録を盗み見るために、わざわざ通報されやすいような変装で尾行して」
厳丈先生の言う通り、森下先輩、姉崎先輩と篠原先輩の件を調査している最中も、僕は平行して大野さんの件に当たっていたのだ。
「おかげで警察に潜り込むのはスムーズでしたよ、ストーカー教師」
「警察から連絡がくる顧問の身にもなって欲しいところなんだがな、覗き魔。おかげで周りの職員からは心配されっぱなしだ。うっとおしいたらありゃしない」
「なかなか辛辣ですね」
心配されている人のセリフとは思えない。やはり、この人は教師という職に向いていないのではなかろうか。
「にしても、今回は随分と遠回りしたもんだな」
「僕の我儘に付き合わせてしまって申し訳ありません」
「気にするな」
大野さんの件は今から約1か月前、校長先生から依頼された。
放課後、1人でコックリさんをする女生徒が度々目撃されるが、どうもそれは生身の人間ではないという。被害、というほどのものはなかったのだが、それを見た生徒から、
「何とかしてくれ」
「気味が悪い」
「このままじゃ授業に集中できない」
という意見を聞いた校長先生。すぐさま不思議研究部を訪ね、その女生徒を祓ってくれと依頼してきた。金ずる、もとい校長先生直々の依頼ならと、袖をまくってあちらこちらとその女生徒を探した僕達だったが、いっこうに彼女は、大野さんは見当たらなかった。
そこで僕が考えた作戦は、コックリさんに関する噂を流すというものだった。
火のない所に煙は立たない。
火と煙に因果関係があるというのなら、煙を濃くして火を大きくすることができるはず。
コックリさんの噂を学校中に流し、学校がコックリさんの話題で盛り上がれば盛り上がるほど、大野さんの力と存在感は強くなり、出現頻度も増すのではないかと考えたのだ。
放課後、とあるクラスである条件を満たすと、コックリさんをしている少女に出会うことが出来る。その少女にお願い事をすれば、何でも願いが叶うらしい。
というような噂を流した。
これによって大野さんを探す人が増え、目撃情報も多くなる。そういう考えで流した噂なのだが、何をどう間違ったか、
女のコックリさんがお婿さんを探している。
そのコックリさんに見合うお婿さんを見つけられれば、何でも願いが叶う。
という噂に変容してしまった。
これは推測だが、‘あれ’に関する噂、お嫁さんを探している悪霊がいるという噂と、僕が流したコックリさんを行う少女の噂が混じり、変容してしまったのだろう。
そうとは知らず、僕と厳丈先生は馬鹿面下げて大野さんの目撃情報を部室で待っていた。今思えば何たる怠慢だろう。効率を重視するようなふりをして、楽を取っただけかもしれない。そんな風に部室で怠惰を貪っている時だった。大野さんが初めて僕達のいる不研に訪れたのは。
初見で幽霊とはわかったが、僕達の探している人だとは思わなかった。
大野さんが校長先生の言っていた幽霊だと確信したのは、そのしばらく後、森下先輩の件が片づけ終わった後だ。
コックリさんをやる少女の霊の目撃情報がなくなったのだ。
いきなり目撃情報がなくなるなんてことは、そうあるものではない。あるとしたら、それには必ずと言っていいほど理由がある。カンニング犯がなくなったのに理由があったように。
例えば、‘彼女が教室でコックリさんをやる理由がなくなった’とか。
僕が大野さんに1人でコックリさんをするなと言ったから。
不研でコックリさんができるから。
「大野が校長先生の言ってた幽霊だと知った時は驚いたが、俺はその後のお前の対応にも驚いたぜ」
「そうですか?」
「あぁ。まさか、こんな面倒な真似をしてまで大野に選択する機会を与えるなんて、少し前のお前なら考えられん」
大野さんが校長の言う幽霊だとわかった時点で、この世から強制的に消す手段はいくつもあった。今回のように燃やして消すこともその1つだ。それをすぐにしなかったのは、僕の自己満足だと言わざるを得ない。このまま何も思い出せず、わからず、選ぶこともできない彼女に、僕は図々しくも同情したのだ。そして、彼女に与えた。
思い出す時間を。
答えを。
選択肢を。
僕が彼女に無理やり押し付けた善意は、彼女を悪戯に苦しませただけではないだろうか?そんなことばかり考え、勝手に罪悪感に溺れている。
それが原因で、僕は今屋上で黄昏ているのだ。
「いいんじゃねぇか。俺は今のお前のほうが好きだぜ」
厳丈先生は僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。
こんな時だけ教師の顔になるのはやめて欲しい。
「それに」
‘風乃坂桜君、風乃坂桜君。至急職員室まで来てください。追試を行います’
「お前には他にやることがあるだろう?」
「そのようですね。では、いってきます」
「待て」
厳丈先生はにやけた顔で僕を止める。
「それは何だ?」
「・・・念のためです」
僕のポケットには、先日使ったコックリさんの紙が入っていた。




