コックリさんのプロポーズ
少し早い梅雨が来た。じめっとした空気は人を憂鬱にさせるというが、なるほどどうして気持ちは下がる。個人的には雨の匂いは好きなのだが、こと室内においてはその好きな匂いもせず、じめじめした感じしかしない。更にいうと、僕は室内より狭く、雨から遠い所にいる。
「出してください!」
「反省は?」
「しています!」
「罰として何でもするか?」
「何でもやらせていただきます!」
「女子への謝罪は?」
「絶対謝ります!」
ここは風乃坂高校のとある部屋。雨が降るとある日、1人の男子教諭とロッカーが会話をしている。正確には、男性教諭とロッカーに入った男子生徒とが。
「のぞきは犯罪だ。それをきちんと理解しているのか?」
「厳丈先生、生徒をロッカーに閉じ込めるこの行為は犯罪にならないんですか?」
僕をこのロッカーに閉じ込めた犯人は、目の前の男。この風乃坂高校の数学教諭。ぼさぼさの髪にメガネ、それに無精髭が特徴的だ。相変わらず、教師とは思えない身なりをしている。
この部屋に他の先生が来ないからといって、電子タバコを堂々とふかすその姿はなんともふてぶてしい。
「教育だ」
「体罰です」
「いつからだろうな・・・教育と体罰の境目が曖昧になったのは」
「昔の教育はさっぱりですが、今のこの状態が‘体罰’に入ることぐらい、現代っ子の僕にもわかります。というか、これはただの犯罪だと思います。監禁といってもいいですよ、これ」
「知っているか、罪には罰だ」
「罪に対する罰が重すぎるのでは?」
「黙れ」
「・・・」
僕の名前は、風乃坂 桜。現在、のぞきの罪でロッカーの中に懲役2時間の刑に処されている。そんな健全な男子高校生だ。そう、健全な高校生であり、健全な男子高校生であり、思春期である。つまりは女体の神秘につての探求を行うことはいたって自然。むしろ必然。
草食系男子などという輩が増えているこの現代社会で、僕という肉食系男子を誰が責めることができようか。いやできまい。ここで僕を責めるという行為の意味を、このドS教師は分かっているのだろうか。いや、わかってない。
数の減少著しい肉食系男子を閉じ込める、これは絶滅危惧種への虐待に等しい。希少な動物には手厚く保護が一般常識だろうに。まぁ、ロッカーに閉じ込めるこの行為も、ある種の保護といえるかもしれないが。
・・・僕が言いたいことをまとめると。
のぞき程度でこんな目に遭うなんて間違っている!
声を大にして言わせてもらう、今の教育は間違っている!
「言いたいことはそれだけか?」
「口に出してました?」
「バカな未成年の主張が聞こえた。声を大にして言っていた」
お口にチャックのやり方は幼稚園の時に習ったはずなのだが、どうやら忘れてしまったらしい。
「僕の心の叫びです」
「もう1時間追加」
「・・勘弁してください」
現在午後5時半。本当にもうそろそろ帰りたい。ただでさえ雨が降っていて帰りが面倒だというのに。ここは1つ知恵を絞ってみよう。
「6時からスーパーの特売あるんで、そろそろ帰りたいんですけど」
「そうか、お前1人暮らしだったな」
「そうなんです。大変なんです。スーパーの特売での結果が僕の生活の生命線なんですよ」
「しかしなぁ、チャーハンとカップ麺しか作れないお前が、スーパーの特売に縁があるとは思えないんだが」
「舐めないでください。作れる料理のレパートリーが増えた今の僕には、スーパーの特売は必ず行かなければいけない聖地なんです。メッカなんです。エルサレムなんです」
「ほーう、例えば?」
「例えば・・・」
僕は脳内をフル活動して目の前にいる体罰教師を驚かせるようなメニューを考えるが、チャーハンとカップ麺で支えられている僕の脳味噌は、なかなかそのようなメニューを考えつかせてくれない。
「そう、例えば」
「例えば?」
「ミラノ風・・・青い春とエビをのせた・・・」
「ふむ」
「それでいて古典的で斬新な」
「ほう」
「チャーハンです」
「だろうな。もう30分追加」
「殺生な!」
「あの・・・失礼します」
僕達の小粋な会話を遮る形で、扉の向こうから声が聞こえた。
「あの、不思議研究部っていうのはここでいいんでしょうか?」
そう、ここは不思議研究部という胡散臭い、それはもう胡散臭い部活動のたまり場、もとい部室なのだ。
不思議研究部、略して不研。
周りの生徒からは、‘あぶない連中の巣窟’、‘奇人変人博覧会’、‘宇宙からの電波を受信した者達の集会場’など、危ない認識をされている。それに伴い、様々な噂も流れている。そんな場所なので、普段は誰も近づかない。
だが、例外もある。
「あの、私・・・どうしたらいいか」
‘不思議’なことに巻き込まれた人は、藁にも縋る思いでこの部室を訪れる。
彼女もその一人だろう。扉が開いた先には、黒い髪のツインテイルが特徴的な、幼い顔をした女生徒だった。いかにも真面目そうな、時代錯誤と言っても過言ではないほどしっかりとした服装、髪型の生徒だ。頭髪検査や服装検査とは無縁な、そんな女性徒だ。
緊張した面持ちの彼女の緊張感を解くため、僕は優しい声というものを心がけて自己紹介を持ちかけた。
「はじめまして。失礼ですが、お名前を伺っても?」
「2年3組の大野 碧って言いま・・・ロッカーが喋ってる!」
しまった。ロッカーから出してもらうのを忘れていた。大野さんは驚きのあまりその場で崩れ落ちた。スカート丈があと5cm短かったら秘密の花園が見えたはずが、几帳面な制服がそれを邪魔した。至極残念である。
「不研は人体改造をしているっていう噂があったけど本当だったんだ。ロッカー人間を作り出していたんだ」
「違います」
不研が周りからどう思われているかを再認識させられる一言だった。このマイナスイメージを消すためには何をしたらいいのだろうか?
この部のイメージを立て直す策を考えたいところではあるが、今は自己紹介だ。第一印象は控えめに言ってもいいとは言えないので、ここで取り戻さなければならないだろう。
「僕は2年4組の風乃坂 桜です」
「きゃー! あなたがかの有名なのぞき魔!?」
「・・・」
ロッカー人間の登場よりも驚かれた。驚かれて、警戒された。
「安心しろ、大野。俺がいる内はこの淫獣に好き勝手なことはさせん」
「え、あ、ありがとうございます」
明日から不研には淫獣とロッカー人間がいるという噂が流れるかもしれない。
イメージダウンの底が見えない。
「さて、大野の話を聞かせてくれるか?」
「はい」
厳丈先生は椅子から立ち上がり、大野さんに手を差し伸べながら要件を聞くが、他にやるべきことをこの人は忘れている。
「あの、本当に、そろそろ僕を開放してください」
ロッカーの隙間から依頼人を見るのにも些か疲れてきた。目も態勢も、ロッカー人間扱いされていることにも。それ以上に、このままでは恰好つかない。
「女生徒がいるんだぞ。教育者として、この子の安全を守るためにお前をそこから出すわけにはいかない」
「不研に用があるんですよね?部長の僕がこうだと恰好がつかないです」
「風乃坂君が部長なの?」
「はい、部長なんです」
「のぞき魔なのに?」
「のぞき魔だけど部長なんです」
「ロッカー人間なのに?」
「だから、ロッカー人間ではないですって」
「のぞき魔は認めるのか、お前ってやつは」
厳丈先生はため息をしながらこちらに向かってくる。ロッカーを開けてくれるのだろうかもしれない。しかし、そんな僕の淡い期待はすぐに裏切られることになる。
「そいや」
そう言いながら厳丈先生はロッカーを蹴る。蹴り倒す。可愛い生徒が閉じ込められているロッカーを、躊躇なしで蹴り倒し、僕は‘ぐへっ’という情けない声と共に床に倒れる。
「お前はこのまま聞いていろ」
「今のは確実に体罰です!」
「むしゃくしゃしてやった」
反省も言い訳もない。ある意味清々しい。
「すまんな大野。こんな茶番に付き合わせてしまって」
生徒への暴行行為を茶番の一言で片づける。こんな教師が存在していいはずがない。そろそろPTAに訴えかけたいところだが、悲しいことに、僕のほうが厳丈先生よりPTAから警戒されているので、残念ながらその案は使えない。策士策に溺れるといったところだろうか。
「・・・・コックリさん」
厳丈先生が大野さんを部室のソファーに座らせ、人数分(僕を除いた2人分)のお茶を用意し終えた後、彼女は零すようにそう呟いた。
「コックリさん?」
「‘コックリさん、コックリさん、おいでください’のコックリさんでいいんでしょうか?」
「うん、それ。クラスの友人と、コックリさんをして遊んでいたんだけど」
「それはまた、危険なことをしましたね」
コックリさん。
降霊術の1つで、正しいやり方をしないと呪われる危険もある。降霊したものに憑りつかれ、最悪の場合死ぬ恐れがあるものだ。まぁ、そんなことは滅多にないが。
「その・・・私、コックリさんをしている最中に・・」
「はい」
「コックリさんに・・・」
「コックリさんに?」
「プロポーズされて・・・」
「「・・・は?」」
「求婚されまして」
「「え?」」
「どうしたらいいんでしょう?」
こちらが聞きたい。
どうしてそうなった?