ドッペルゲンガーの遺言10
「許さない。あなたなんか」
彼女は、せっちゃんは僕達を利用したのだ。僕も篠原先輩に負けず劣らず学校内では有名人で、あの世に通ずる専門家ということは、姉崎百合と知識を共有している彼女は知っていたはず。降霊術でコックリさんとして呼ばれた時、彼女の目の前には僕がいた。そして、自分の無念はないのかと聞いてきた。彼女はその状況を利用し、僕に篠原先輩と姉崎百合を調べるように誘導したのだ。自らを姉崎百合と名乗ることで。
何故素直に事の顛末を話さなかったと言えば、僕が信頼されていなかったの一言につきる。彼女の願いはこの件の解決ではなく、篠原先輩を守ることなのだから。下手に話して、警察に通報でもされたら、篠原先輩は確実に牢屋の中へ行く羽目になる。
「君達、今の状況を理解してるのか?」
探偵が事件を解決したからといって、事件はそれで終わりではない。その最たる例が、今のこの状況だろう。法の、警察の、世間の前に彼らの悪を証明しなければ、何の意味もない。というか、正義を貫く以前に、僕達の命が危ないほうが問題だ。
「ええ。見事なまでに大ピンチというやつです。あなた方の秘密を知った以上、僕達を生かす理由がないですからね」
「翠は今の話しを聞いてないっす。何も知らないっす」
「翠、少し黙っていてください」
この後輩は僕を見捨てることに一切の躊躇がない。
なんて後輩だ。
「残念だけど、水樹さんもここで消えてもらうよ」
「そんな、翠はこの鬼畜変態馬鹿にそそのかされてここに来た、可哀想な一般市民っす」
「翠、そろそろ僕も怒りますよ」
鬼畜変態馬鹿って・・
「さて、お喋りはここまでにしよう。時間は有限だ。もうそろそろ終わらせようか」
「ですね」
僕は先ほど密かに切っておいた縄を、姉崎百合に向かって投げ捨てる。彼とその取り巻きは自由になった僕を見て、明らかな驚きと警戒を見せた。翠も僕と同じく、先程の会話の最中に縄を切っていたらしい。自由になった翠も立ち上がり、僕の隣に立つ。
こればかりは彼女に感謝するしかない。
一瞬の動揺を、隙を生み出してくれた彼女に。
「さて、今頃厳丈先生が警察に連絡しているでしょう。後は彼らをここに足止めするだけですね」
「なっ・・・いえ、ざ、残念でしたね。ここは病院の地下にある隠された部屋。例え警察だろうと、ここを見つけるのは不可能です」
「じゃっじゃじゃーん。これを見るっす」
翠が謎の効果音と共に取り出したのは、我が校の科学教諭である神谷 両作の発信機である。製作過程は一切秘密。一子相伝の技術が込められた一品らしい。なんでも、通信妨害されている部屋でも使えるものだとか。
その旨を懇切丁寧に説明すると、取り巻きの彼らは懐から拳銃を出しこちらに向けてきた。
「やれやれ、法律違反のオンパレードですね」
「桜先輩は人のことを言えないっす」
「失礼な」
「覗きによる軽犯罪法1条23号。篠原先輩に対するストーカー規制法違反。森下先輩の下駄箱に不快な手紙の内容を鑑みるに、あれは脅迫罪っすね。後は」
「翠、無駄話はその辺にしましょう。今はこの状況を切り抜けるのが先決です」
これ以上聞くと、自分は犯罪者なのではないだろうかという、あらぬ自覚が芽生えてしまいそうだ。
「ほぅ、銃を前にして余裕なのか」
姉崎百合は下卑た笑いを浮かべている。自らを取り囲む武力が、まるで自分の力と勘違いしているように。
「いえいえ、膝が笑う程怖いですよ。しかし、ここ日本は銃をそう簡単に入手できるような国ではないと思うのですが」
これは当然の疑問だが、その答えは明確である。
臓器売買なんていう危ない仕事を、この病院の力だけでできるわけがない。ならば、それが行える力がある団体と、手を結んでいると考えてもおかしくはないだろう。ここでいう団体とは、いわゆる暴力団、やくざだ。それならば、病院には場違いな屈強な男と、その男達が持つ銃についての説明がつく。
「桜先輩」
「・・・使う外ないでしょうね」
「人生最後の歓談は終わったか?」
本当にここまでテンプレートな悪党を見ていると、これがどっきりじゃないかとすら思えてくる。現実は小説より奇なりとは言うが、小説のまんまじゃないか。捻りも何もあったものじゃない。
そんなテンプレ小悪党に僕は言う。
「僕は少し変わった特技を持っていましてね」
「何?」
「‘呪い’を操れるんですよ。周囲のもののみですが」
僕は手を広げ、威嚇するような姿勢をとる。
「何を言っている。下手な時間稼ぎは」
「まぁ、聞いてくださいよ。呪いといってもピンからキリまでありまして。人を呪い殺すような本格的な呪術から、人を不幸にする不幸の手紙。はては‘あいつなんて死んじゃえ’なんて言葉を発するのも呪いです。僕はそういう不の感情の詰まった呪いを操れるんですよ。まぁ、限度や条件があるので、滅多に使うことはないです。ですが、今回は使えそうですね」
「恐怖で頭がおかしくなったのか?もういい。お前らやってしまえ」
姉崎百合のその一言で、取り巻きのやくざ達は、僕と翠に向けて撃つ。撃鉄を起こし、僕達目がけて、弾丸が飛んでくる。
「・・は?」
「気が済みましたか」
結果から言おう。
弾丸は僕達に当たらなかった。付け加えると、跳弾した弾がヤクザの方々に被弾している。僕は誰も死んでいないことに安堵しつつ、姉崎百合に詰め寄る。
「な、何をした?」
「言ったじゃないですか。こういう体質だと」
僕は周囲にある負の性質を持つものに、指向性を持たせることができる。誰かに向けられた敵意、憎悪、嫉妬、悪意などなどを操れる。
だが、これは存外扱いが難しい。方向を操作することはできても、その力の大きさをコントロールすることは難しい。下手をすれば、人が簡単に死ぬほどの呪いの塊となる。その他にもリスクがあるので、僕は滅多にこの特性を使わないし、使っていいものとも思っていない。しかし、今回はコントロールが簡単だったので使用した次第だ。何せ周りに姉崎百合を恨む人達が、無理やりここに連れてかれた人々がいる。死んで尚、無念でこの場から離れられない、臓器売買の犠牲になった人達がいる。
彼らには見えないだろうが、恨めしそうな顔で姉崎百合を囲んでいる。
負の感情の量は十分あり、それが向かう相手も統一されている。
ならば、僕はその方向を少し捻じ曲げ、力を収束させるだけでいい。それだけで彼らは呪いを受け、不幸に見舞われる。
「さて、あなたを守ってくれる方々は1人も動けません。警察の方々が来るまで大人しくしてくれるとありがたいのですが」
「馬鹿に・・・馬鹿にするなー」
姉崎百合はその場に落ちていた銃を拾い、僕に銃口を向ける。
彼の顔には警察が来る前になんとかしなければという焦燥と、僕に対する恐怖が見える。体は震え、銃の照準がまともに合っていないことは、初心者の僕にでもわかる。彼と僕との距離は3m程だが、そんなに震えていては当たるものも当たらないだろう。
もしも狙いが定まったとしても、今、この空間において、彼は誰も傷付けられない。誰も殺せない。その全てが自らに返ってくるようにした。そういう呪いだ。
「無駄ですよ」
「黙れ」
僕の忠告を無視して、彼は引き金を引く。
手筈通り、厳丈先生が僕達を迎えに来てくれた。
大怪我をした屈強な男達と姉崎百合。これを見た先生は膝から崩れ落ちた。血がだめとかではなく、これから先生が対処する羽目になるだろう、警察への説明と事後処理のことを想像してのリアクションだろう。
僕や翠のような学生にはまだ早いと言って、厳丈先生は後処理には関わらせてくれない。僕達はその助言に従って後処理に手を出していないが、今回ばかりは手伝わせてもらいたいものだ。今回の件、僕達がもう少し工夫をすれば、このような荒事は避けられたかもしれないのだから。とは言え、警察のお偉いさんへの根回し、マスコミが書く記事のチェック、こっちの業界での重鎮の方々への事情説明などなどを手伝える自信は僕にはない。まったくと言っていいほど。
やはり、今回も厳丈先生に頑張ってもらうしかないようだ。
崩れた足に鞭を打ち、生まれたての小鹿みたいな立ち上がり方をした厳丈先生のそれからの行動は、実に素早く的確なものだった。
今からここに来る警察への説明が難しいと判断し、僕と翠を連れて病院の近くにあった公園へ。その後、病院前まで来ていた警察官の方々に事情を説明するため、またも警備員に変装して病院に向かった。もちろん、僕達を家に帰すためのタクシーまで準備してから。
後から聞いた話だと、その後も徹夜で動き回っていたらしい。
東奔西走とはまさしくこのことだろう。
今回の不思議研究部のMVPは間違いなく厳丈先生だ。
「とまぁ、そんな感じです」
「そぅ」
僕の事後報告に、篠原先輩は素っ気無い態度で返す。普段の素振りからは考えられない程、静かに僕の話を聞いてくれた。
「なんか、実感が湧かないな♪」
「そうですか」
「うん♪だって、事後報告だけで済まされても実感が湧かないよ♪」
確かにそうだ。
自分を長年苦しめていた件が解決したこと。それがばれたこと。せっちゃんさんが僕達に接触していたこと。それら全ての情報が一気に来たのだ。無理もない。昼間の公園のベンチで、子供達の笑い声を聞きながらというシュチュエーションも相まってなのだろう。
「ありがとう、風乃坂君」
篠原先輩は僕の方を向かい、改まってお礼を言う。頭を下げて、礼儀正しく。
「あなたのためなら、例え火の中水の中・・・と言いたいところですが、今回は僕達の仕事に関わることだったので動いたまでです」
僕はこんな改まってお礼を言われるとは思えなかったので、戸惑いを覚えながら道化染みた返事をする。
我ながら困った性格だ。素直じゃない。
「それでも、お礼くらいは言わせてよ♪」
「・・はい」
学園で確実に5本の指に入るだろう美人に、真正面から素直に気持ちをぶつけられるというのは、存外と照れくさいものだった。そんな態度を篠原先輩は見逃さず、
「普段は覗きとかで有名な風乃坂君が、お礼を言うだけで顔を赤らめるなんて、面白いね♪」
「からかわないでください」
僕は無性に恥ずかしくなり、困った笑いを浮かべて誤魔化す。
そんなほんわかした空気を壊すようなことは言いたくはないのだが、これは言わなければならない。厳丈先生に伝えてくれと強く頼まれているのだ。
「それでですね」
「わかってるよ♪」
そう言って、彼女は全てを悟ったような表情で、笑顔を作る。
これからの自分がどうなるのか、今の自分の立場がどうなのか。彼女はそれを知っている。
彼女は罪を犯した。それは変えられない事実だ。その罪は償わなければならない。人外、またはそれに関わる者を捕まえ、裁く国家機関がある。篠原ひよりはそこに行くことになる。どんなに優秀な弁護士でも、少なくても5年間は拘束されるだろう。暗く、狭い牢獄で、彼女は5年間以上を過ごさなければならない。
「あれがお迎えの車でしょ♪」
篠原先輩の目線の先には黒塗りの車がある。彼女の言うとおり、篠原先輩はあの車に乗っていかなければならない。
「大丈夫♪覚悟はしてたから♪」
「あなたが姉崎百合さんにどのように脅されていたのか、操られていたのかは知りませんが、その旨を裁判で伝えれば、情状酌量の余地はあると思います。だから」
「ありがとう♪でも、そこまで気を使わなくても大丈夫だよ♪」
「待ってください」
篠原さんはそう言って車に向かおうとするが、まだ僕の用事は終わっていない。僕は篠原先輩の手を掴み、もう1度ベンチに座らせる。
「行く前にこれを」
僕はバックの中からある物を取り出し、篠原先輩に渡す。
「これは?」
篠原先輩に渡したのはクマの人形だ。大きさは10cmほどで、茶色で、特にこれといった特徴のないものだが、
「ひ・・・ちゃ」
「ひゃっ!?」
突如人形から聞こえる声に驚き、篠原先輩は人形を落としてしまいそうになる。慌てふためき、あたふたと。
「大切に扱ってくださいよ。結構苦労したんですから」
「えっと、これは何なのかな?」
篠原さんは正体不明のその人形と僕を交互に見ながら、僕に答えを促してくる。滅多に見られないだろう篠原先輩の姿に、僕は微笑みながら彼女の疑問に答える。
「本来なら、魂だけのものをそう簡単にこの世に束縛するのは危険です。悪霊になる恐れがありますからね。しかし、正規の手順で依代に魂を降ろせば問題はないはずです」
あの後、厳丈先生が後始末を終えた後、僕達はせっちゃんの扱いについて話し合った。
普通なら、この世の未練がなくなれば成仏するのだが、彼女には‘篠原ひよりのこれからが心配’という未練がまだあった。だからといって、そのまま彼女をコックリさんの紙に留めておけない。大野さんの依頼の件もあるが、悪霊になる可能性がある存在を放っておけない。しかし、彼女の意思を無視することも憚られる。
そんなせっちゃんへの対策を一晩考え、出た結果がこれだ。
「こ、これって、この中に入ってる魂って」
「まだ魂が依代に定着していないみたいで、まともに会話が成立するのに3か月以上かかるでしょうが、そこは我慢してください」
「え、あ・・」
「それと、急ごしらえの依代を使用しているので、月に1回は専門の方に」
「ありがとう・・・ありがとう。本当に、ありがとう」
彼女が両手で愛おしそうに持つそれは、涙と鼻水で大変なことになっていた。しかし、その人形は心なしか嬉しそうにしているようだったので、無粋な注意はせず、僕は静にその場を後にする。