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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる
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ドッペルゲンガーの遺言8

 ロッカーからの脱出から30分後、監視カメラと警備員、そして何故か厳丈先生も避けて資料室に行くのは骨が折れる作業だったが、何とか部屋の前までたどり着けた。

 カードキーとパスワードは厳丈先生から教えてもらったから問題はないが、如何せん計画当初よりも時間がない。隠れたり逃げたりしていたら当然だ。あと1時間でこの病院を去らなければならないと考えると、資料を漁ることができる時間は30分程度だろう。

 急がなければいけない。


「とはいえ、何を探すかの当てもないのですが」

「男の方の姉崎百合情報じゃないんすか?」

「彼はこの病院の院長の息子というだけです。ここに彼の情報があるという可能性は低いでしょう」

「じゃあ何でここを調べるっすか」

「少なくても可能性があるからですよ。今はこれ以外、彼を調べる方法がないんですから」

「けど、こんなに量があると、全部調べるなんてできないっす」


 翠の言う通り、資料室には大量の資料がところ狭しと置いてある。とても30分でどうこう出来る量ではない。


「そこは思考と勘でなんとか補いましょう」

「適当っすね」


 僕と翠はその会話を最後に、各々資料室にある書類に目を通していく。古い患者のカルテから、この病院の歴史や設計図など、沢山の資料がここにはあった。


「・・・」

「・・・」

「ありました?」

「ないっす」

「そうですか」

「そうっす」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」


 調査から10分、まだ僕も翠もそれらしい資料は見つけられてないみたいだ。部屋には紙が擦れる音しか聞こえない。僕は半分諦めていたが、


「これは」

「どうしたっすか?」

「いえ、気になる資料を見つけまして・・・・・。翠、ここは任せました。僕は院長室に向かいます」

「また別行動っすか」

「たぶん、この件に関する資料はここにはないでしょう」

「じゃあ、翠がここで資料を調べる必要ないじゃないっすか」

「勘の域を出ない僕の憶測です。なので、翠は引き続きここで調査をお願いします。10分以内に戻るつもりですが、戻ってこなかった場合は」

「置き去りにしていくっす」

「・・・もう少し躊躇して欲しいですが。まぁ、そうしてください」


 ドライな後輩を置いて、僕は資料室を出る。そのまま院長室に向かうはずの僕だったが、


「なっ」


 資料室の扉を閉めると同時に、後ろから口元に何かを当てられる。それはとても甘い匂いだった。

 目が回るほどに。

 意識が遠のく程に。


「だ、誰ですか?」


 僕は後ろを向こうとしたが、後頭部への痛みと共に意識を放してしまった。




 ひんやりとした床の冷たさで半分目が覚め、その後に来た後頭部の痛みのせいで完全に意識が覚醒する。辺りをきょろきょろと見回すと、数多くのベッドと様々な医療器具、それに数人の人影。室温は大分低いみたいで、吐く息が白くなっている。


「ん・・おはようございます」

「起きるのが遅いっすよ、桜先輩」


 僕の隣では縄で縛られている翠がいた。もちろん、と言って正しいのかはわからないが、僕も縄で身動きがとれないでいた。

 サスペンスドラマの定番といってもいいだろう。後ろから薬品を嗅がされ、後頭部を殴られ、起きたら何かで縛られている。テンプレートでお腹いっぱいだ。


「おはよう風乃坂君、それに水樹さん」


 目の前には姉崎百合さん(男)と屈強な男達。どれ程お約束を守る連中なんだと言いたいところだが、自分の危うい立場故に、不用意な発言は控えることにした。

 しかし、彼女は違う。空気を読まないことと、人を怒らせることに関して、他の追随を許さない系女子が隣にいた。


「べたべたっすね。もう少しこう、捻りっていうやつが」

「翠、空気を呼んでください」


 この後輩には本当に怖いものはないんじゃないかと思えてくる。彼女には目の前の屈強な男達が目に入らないのだろうか?

 連れて来る人材を間違えたかもしれない。


「はっはは、思いのほか元気で結構。で、君達、どこまで知りましたか?」

「何の話かさっぱ」

「この病院が欠陥工事っていうのは掴んだっす。材料費をケチるなんて、院長っていう職業はそんなに儲からないんすか?」

「・・・」


 翠を連れて来たのは失敗じゃないかと、割と本気で思ってしまう。

 彼女が今口に出した内容はこの件とは無関係であり、彼とも無関係だ。それよりも危険なことがこの病院にはある。それを僕が知ったとしれれば、どこぞの山に埋められかねない。そう考えれば、建築費の改ざんしか調べられなかったマヌケとして、この場をやり過ごすのがベストだろう。僕は後輩の思わぬファインプレーに感謝する。

 いや、なんやかんや気の利く翠のことだから、嘘八百を並べ立てることで僕を助けようとしているのかもしれない。

 前言撤回。

 なんて気くばりのできる後輩だ。


「そういえば桜先輩、他に調べることあるって言ってたっすけど、結局何だったんすか?」


 ・・・この後輩、僕を助ける気なんてさらさらない。

 僕を落としれることが趣味のようなこのだめ後輩に、救いを期待した僕が馬鹿だった。


「ほぅ、それは興味深いね。風乃坂君、何を調べようとしてたのかな?」


 姉崎百合(男)と後ろの男達の視線が、俺に痛い程突き刺さる。周囲の気温が低いのにも関わらず、僕の額からは大量の汗が流れる。


「はて、あなたがたが嗅がせた薬のせいで、記憶が曖昧になってしまい」

「クロロホルムにそんな効果はないはずだが」

「これまたベタですね。これは豆知識なんですが、クロロホルムは確かに人の意識を朦朧とさせる麻酔のような効果がありますが、一瞬で人の意識を奪うような性能はありませんよ。ここの病院の医院長の長男なら、これぐらいのことは知っていて当然だと思いますが」

「・・・」


 彼のリアクションを見る限り、知らずにクロロホルムを使用したらしい。

 まったく、推理ドラマの見すぎだ。


「た、確かに、その件に関しては僕の勉強不足みたいだ。反省しよう」


 僕の指摘が琴線に触れたみたいだが、彼は無理やり怒りを飲み込み、冷静を装う。その姿勢も含めて、3流の悪党に見えて仕方ないのだが、命が惜しいため、僕はそれを口にしない。


「それにしても、ここはいったいどこなんすかね?」

「ここは誰も寄り付かない場所だよ。助けは来ない。君達がいた病院から車で1時間走ったところにある場所で」

「翠、ここは先ほど僕達がいた病院内のどこかです」

「そうっすか。なら安心っす」


 僕の言葉にまたも怒りのリアクションを見せる姉崎百合さん(男)。話しを遮られたことに怒ったのか、僕がこの場所を言い当てたのに怒ったのかは定かではない。それにしても、僕も翠と同じく、人を無意識に怒らせてしまうタイプの人間らしい。


「僕が先程‘ここの病院の医院長の長男なら’と言った時、あなたは何もリアクションを見せませんでした。今僕達がいる場所が病院の外なら、‘ここの病院’と僕が言った時点で、あなたは僕がまだ病院内にいるという勘違いをしているということに気付き、なにかしらのリアクションを取るはずです。ここから大分離れた場所にある病院を、‘ここの’と言うのはおかしな話ですからね」

「お前」

「まぁ、これも鎌かけでしたが。本当にここは、先ほどの病院の中のどこかみたいですね」

「・・・」


 今回の件の主要人物は素直で助かる。隣にいる後輩も、これくらい素直でわかりやすかったらよかったのに。

 昔は、中学生の頃は素直ないい子だったのに。いい子というか、お嬢様だった。今の翠からは想像できないだろうが、本当にいいとこのお嬢様だったのだ。

 それがなんでこんな風に・・・


「ここの場所がわかったからといって、君達の立場が変わったわけじゃない。君達には悪いが、近くの山にでも生き埋めにさせてもらうよ」


 この近くの山というと・・・木斗目山?

 先日の白骨死体はまさか・・・いや、確証はない。確証はないが怪しいのは事実だ。ここを無事に脱出することができたら、調べてみるのもいいかもしれない。‘無事’脱出できたらの話だが。


「おいお前達、こいつらを車まで運べ」

「「「はい」」」


 男達が猿轡さるぐつわ片手に僕達に近づいてくる。

 このままだと本当に洒落にならない。そう思った僕は、時間稼ぎのために彼に語りかける。


「生き埋めにされる前に、あなたの質問に答えるとしましょう」

「質問?あぁ、君が何を知ったかという話しだったか」

「臓器売買」


 僕の言葉に対し、彼は頬を吊り上げる。


「・・・ほう?」

「この病院では、臓器売買を行っていますね」


 僕が見つけた資料は、何の変哲もないただの患者名簿だった。その月の、年の診察した人、入院患者、退院患者の数が書かれたものだ。資料自体はきちんと出来上がっていたのだが、事前に厳丈先生から渡された、この病院の患者名簿とは異なるものだった。最初は厳丈先生のミスを疑ったが、あの人に限って、こんな初歩的なミスをするはずがない。ならば、残る可能性は1つ。この病院には表と裏、2つの患者名簿があるということだ。

 この資料はその年に使用した、薬品や医療器具などの経費が書かれた書類の前にあった。恐らく、資料の改ざんの際に必要だったのだろう。

 厳丈先生からもらった資料を表であり偽物と、ここで見つけた資料を裏であり真実とすれば、この病院では、41名もの入院患者が消えている計算になる。退院以外の理由で。

 人を存在ごと隠すのは至難の業であり、リスクの大きい行為である。そんなリスクを冒してでも、この病院は人を管理した。その事実は、リスクを上回るメリットがあるということになる。例えば、人が金になるとか。

 人を金に換える現実的で残忍な答えは‘人身売買’、または‘臓器売買’だ。だが、僕達の周りにある血塗れのベットを見る限り、臓器売買の線が濃厚そうだ。

 今回の場合、1番の問題は患者の親族や友人への説明だ。身元がはっきりとわかる人を扱う場合、これを避けることは難しいだろう。そこで彼らは篠原先輩に目をつけた。淫魔の血を引き、人の記憶を改ざんできる彼女に。彼らがどのような経緯で彼女の正体を知り、どのような方法で彼女を利用したかはわからない。

 確証がない。

 こんな行き当たりばったりの捜査なら当然だが、それでも僕はその確証のない推理を披露しなければならない。口を回さなければいけない。そうでないと、僕達は彼らに埋められてしまう。今すぐにでも捕まり、木斗目山へ連れてかれてしまうだろう。


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